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第三章 郊外訓練編

あらやだ! 郊外訓練の開始だわ!

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 この二週間、あたしらは何があってもええように自分にできることをなんでもやった。
 努力は決して裏切らへん。それは前世でも異世界でも同じやと思う。いくら奇想天外で荒唐無稽な魔法っちゅうもんがあったとしてもや。

 それは何故か?
 いや、そないなもんは問われなくても決まっとる。
 努力が人を裏切らへんのは、懸命に生きる人間が居る限り、誰にも覆せん不文律やからや。
 一種の精神論やけどもな。それでも唱え続ければ現実となるんや。

 義信ら子供たちにも教えとったことやってん、あたしも実践せんとあかん。
 死んだとしても、転生したとしても、あたしはあの子らの母親なんや。
 それだけは曲げられんのや。

「えー、これから郊外訓練の説明を行なう。心して聞くように」

 早朝に集められた一年生。ほんで目の前で説明をし始めたんは男の先生やった。確か名前はゴルド先生やったっけ。中肉中背の結構がたいのええ身体しとる。片眼鏡、モノクルっちゅうもんを左目につけとって、教員よりも学者向きな感じやな。

「まず、三人ずつチームを組んでもらう。しかし注意してもらいたいのが、ランクB~CとランクS~B+の二つに分かれたランク帯ごとに課題が異なることだ。必然的に課題が違う者同士で組むことは許されない。ランクCとランクAが組んだりは出来ないということだ」

 隣におるイレーネちゃんはホッとしたらしい。あたしらは組む約束しとったからな。郊外訓練やから二人か三人、多くて四人やと思っとったから、予想通りと言えばそうなるなあ。

「組み合わせは一年生同士、ランクが同じであれば自由に組んで良い。それではチームができた者たちから私の前に来るように。なお課題はそれぞれのランク帯ごとに四つ。計八つに分かれているが、同ランクであれば、難易度はそれほど変わらない。早かろうか遅かろうか構わないが、その分課題に取り組む時間が少なくなるだろう。以上だ」

 なんや質問を受け付けたりせえへんのかい。まあええわ。あと一人誰にするかやな。
 周りがざわつく中、イレーネちゃんと固まっとると――

「ねえ、あなたたち。一人足りないんじゃないの? 私が加わってもいいわよ?」

 高慢な言い草に振り返ると、デリアが不敵な笑みを浮かべとった。

「うん? デリアか。あんたは取り巻きの連中と組むとちゃうん?」
「ああ。あの子たちは全員ランクBなのよ」
「なるほどなあ。イレーネちゃん、デリアと組むけどええか?」
「えっ? そんなあっさりと決めていいんですか?」

 そりゃまあデリアの態度や行ないを見ると、あんまええ子やと思われへんけどな。

「せっかくデリアから申し出てくれたんや。仲よーするんがええやろ」
「ユーリがそう言うのなら、私はいいですけど……」
「あなた。何か文句あるわけ?」

 じろりと睨むデリア。イレーネちゃんは怯むかと思ったんやけど「食べ物を粗末にする人は信用できないです」と言い返した。おお、成長したやんか。

「食べ物を粗末? それがどうかしたの? 食べ物なんて腐るほどあるじゃない」
「――っ! ふざけたこと言わないでください! 農家の人が苦労して育てているんですよ!」

 なんやケンカになりそうやったんで「二人ともちょい待ち」と声をかけた。

「これから組むんやから、今までのことは水に流すんや。課題が終わってから、好きに言えばええ。今大事なんは、チームワークや」
「……ユーリが言うなら」
「ふん。まあいいわ」

 うーん。このチームなんか問題あるなあ。緩衝材になるんやろかあたしが。
 まあなんとかなるやろ。そう楽観的に思うことにした。

「よっしゃ。ほんじゃあ課題を貰いに行くで。早いほうが有利かもしれんしな」
「仕切らないでよ。でもまあ賛成だわ」
「どないやねん。ゴルド先生のところへ――っと」

 課題を配っとるゴルド先生のほうを見ると、ランドルフとクラウス、エーミールが一緒におった。

「なんや。その三人で組むんか?」

 近づいて声をかけるとランドルフは「ああ。エーミールなら安心だからな」と答えた。

「あ、あんまり期待しないでほしいな」

 エーミールはもじもじしとる。謙遜ではなく弱気なんやな。

「何言っているんですか。攻撃魔法をまともに撃てるようになったのは、あなたとデリアさんだけじゃないですか」

 クラウスの言葉にデリアは「まあ貴族なんだから当然よ」と偉そうに言うた。
 この二週間、攻撃魔法をまともな威力で撃てたんはエーミールとデリアだけで、あたしらランクSはなかなか上手くできひんかった。
 まあそれ以外に『武器』はあるから平気やと信じたい。

「期待しているぜ。でもな、プレッシャーを感じなくてもいい。気楽に行こう」
「は、はい! ランドルフさん!」
「同い年なんだからランドルフでいい」

 それからランドルフは「意外だな。デリアと組んだのか」と言うた。

「そやねん。自分から組んで言うたんや」
「ちょっと! あなたたちが二人で困ってたから、加わってあげたのよ!」
「いや、二人のとこに一人が加わったんをよーそない言えるなあ……」
「あなたはライバルだけど、今回だけは協力してあげるわよ」
「期待しとるでー。せや、早よう課題貰わな」

 っちゅーわけでゴルド先生の元に集まった生徒の後ろに並んで、課題をもらいに行ったんや。
 ゴルド先生は意外そうにこんなことを言うた。

「ほう。ランクS同士で組むと思ったんだがな」
「あはは。そしたらめっちゃ難しい課題を与えたんとちゃいますか?」
「当たらずとも遠からずだな。もしかして、それを見通したのか?」
「そんな能力、あたしにはないわ」

 うん。あたしにはあらへんけどクラウスにはあったんやな。「もしかしたらランクS同士で組むとやばいかもしれないですよ」っちゅー助言がなかったらやばかったなあ。

 ゴルド先生はあたしをじっと見つめた後「四つの内から選べ」と丸まった羊皮紙を四つ差し出した。
 さて。イレーネちゃんか、デリアか。はたまた自分か。悩んで決めたんは――

「デリア。あんた選ぶか?」
「別にいいけど、どうして私なのよ?」
「なんか運が良さそうやからな」

 デリアはよー分からん感じやったけど「分かったわよ」と素直に頷いた。四つ横に並んだ羊皮紙。選んだんは真ん中の右やった。

「課題は向こうで開けてくれ。後が詰まっているからな」
「中身確認せんでええんですか?」
「心配しなくても魔法で分かるようになっている」

 ほほう。凄いなあ。改めて魔法って便利やなと思うわ。
 ゴルド先生の言うとおり列から外れて羊皮紙を広げた。
 そこに書かれてたんは――

「ラクマ山の頂上に生えるスイセンの花を取ってくる、か」

 ラクマ山は古都から北にある山のことで、魔物がぎょうさんおると言われる魔境や。富士山みたいに高い山っちゅーわけちゃうけど、それなりに標高が高いから、準備と覚悟は必要やな。

「他の課題は知らんけど、比較的に簡単そうやな」
「ユーリ、山登りしたことあるんですか?」
「何回かはあるなあ」

 高校時代の夏休み、柔道部の合宿で山を走って往復したんを思い出すわ。

「まったく。山登りなんて優雅な私には似合いじゃないわ」
「ほんでも頂上の眺めは結構ええで。多分やけど」
「憶測でそんなこと言わないでくれる?」
「文句言わないでください。あなたが引いたんですから」

 イレーネちゃんの厳しい言葉にデリアは言葉を飲み込んでしもうた。
 あかんな。あたしはイレーネちゃんに注意する。

「イレーネちゃん。そないなこと言わへんの。もしかしたらあたしが引いたらもっと厳しい課題が与えられたんかもしれへんよ?」
「それは……すみませんでした」
「デリアも気を落とさんといてな? むしろ簡単なほうやと思うし」

 まあゴルド先生が『難易度はそれほど変わらない』言うてたし、あながち嘘やないやろ。

「気を落としてないわよ! それで、これからどうするの? まさかこのまま行くわけないでしょ?」
「羊皮紙には期限が八日って書かれとったなあ。とりあえず古都で最低限の食料品と飲料水、それからラクマ山の地図を買うてから行こか」
「山まで歩くと時間がかかりますけど、どうしましょうか」
「うーん。しゃーない、金かかるけど馬車使おうか」
「それなら、麓の近くの村で食料品とか買ったほうがいいんじゃない?」

 デリアの提案に「いや古都のほうがええかもしれへんで」と言う。

「どうして? 余計な荷物を持っていかなくて済むじゃない」
「理由としては古都のほうが安いし、量も多くあるし、物がしっかりしとる。加えて村の食材がぎょうさん用意されとるとは限らへん」
「なんでよ? もう収穫期が終わったのよ。食べ物があるに決まっているじゃない」
「……収穫期が終わったからです」

 イレーネちゃんに言葉にデリアは首を傾げた。

「うん? どういうことなのよ?」
「村には冬を過ごす為の備蓄しかありません。収穫が終えるとすぐに税として納めるか、売りに出されるか、交換材料にされます」
「はあ!? じゃあほとんど残らないじゃない!」

 イレーネちゃんは悲しげに「だから村は、村人はいつまでも貧乏なんです」と言うた。
 そういえば、イレーネちゃんは田舎の出としか聞いたことなかったけど、さっきのやりとりといい、この知識といい、多分農民なんやろな。

「そういうこっちゃ。それに他の組のこともある。課題が四つしかない言うてたし、同じように麓の村で買おうっちゅう生徒がおるかもしれん。せやから、古都で買うたほうがええんや」
「分かったわ。地図も同じ理由なのね」
「そうや。でももしかしたら麓の地図のほうが正確かもしれん。そうなったらもったいないけど買い直しや」

 方針が決まったところで、あたしたちは魔法学校を出た。八日しかないんやから、早いほうがええ。
 そういえば、ランドルフたちはもうおらんくなってしもうた。行動が早いなあ。見習わんと。
 そんで早朝からでもやっとる市場に行くことにしたんや。

「なあ兄ちゃん! これ負けてえな! 高すぎるやろ!」
「ちょっと! 何みっともないことしているのよ!」
「何言うてんねん! 出費を抑えるんは大事なことやで!」
「恥ずかしいって言っているのよ! 恥じらいはないの!?」
「……無駄です。ユーリに今何を言っても駄目です。向こうに居ましょう」
「あ、地図買っといてえな! できるだけ詳しい地図がええわ!」

 そんなこんなで準備が整ったんは昼前になってしもうた。

「そんじゃあ馬車乗ってラクマ山の近くの村へ行くで。そこで一泊や」
「すぐに登らないんですか?」
「うん。どうせ日が暮れるからなあ」
「妥当ね。私も賛成よ」

 そんなわけで出発進行や。
 馬車に乗って揺れとると、なんやしれんけど、どきどきしてきた。
 初めての魔物との戦いや。胸が苦しゅうなって抑えるんでいっぱいやった。ああ、なんて情けないんや。二人を守らんといかんのに。

「あなたは槍を使うのね」

 デリアがイレーネちゃんに向かって言うた。ランドルフに教わって、それなりの扱いはできるけど、実戦経験がないのが辛いな。

「素人なのであまり期待しないでください」
「元から期待してないわ。私の魔法があれば、魔物なんて一撃よ」

 二人は対象的やな。自信不足と自信過剰。足して二で割ったら十分やのに。
 そんな益体のないことを思いながら、あたしたちを乗せた馬車はラクマ山へと向かう。
 何事もないようにと祈るんは無意味やろか。魔物がぎょうさんおる山に行くんに。
 それでもあたしは祈っとった。
 せめてイレーネちゃんとデリア、二人に怪我がありませんように。
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