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第二章 魔法学校編

あらやだ! ちょっとした諍いだわ!

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 魔法学校は六年制、つまり六年間はこの学び舎で過ごすことになっとる。まあ日本でいう中高一貫校みたいなもんや。
 とはいうものの、四年生から六年生はほとんど学校にはおらへん。実戦経験言うて外で魔物退治したり、本格的な軍事訓練を受ける者もおる。もちろん学校に篭もって魔法研究に勤しむ生徒も少数ながらおったりする。なんちゅうか、三年くらい魔法について学べば一端の魔法使いとして認められるらしい。

 しかし当たり前やけど、上級生にも進級試験は存在する。なんでも噂によると共通課題と個別課題があって、進級するだけなら共通課題をクリアすればええらしい。だったら個別課題はいらんやんと言いたいが、ところがどっこい個別課題は卒業後の進路に関する重大な査定となるらしい。つまり十分な評価を得なければ卒業してもろくなところはいかれへんらしい。
 共通試験がどんなもんか。個別試験とはいかなるもんか。まだまだ分からんことばかりや。

 それはそうと、古都は首都プラトと違って湿気が多い。周りが山々に囲まれとる盆地やからと思うけども。暦の上では秋やのに、じめっとした暑さが纏わりつく。
 しかも冷房や除湿機もないから、ひたすら耐えるしかないねんな。

「うー、イレーネちゃん。どないしたらええんや」
「ユーリは暑いのが苦手なんですね。水と風の二重属性だからですかね」

 起き上がる気がせえへんから、ベッドに転がったまま、同部屋のイレーネちゃんにだらしない姿で声をかける。
 イレーネちゃんは湿気に慣れとるのか知らんけど、平気な顔で三つ編みをセットしとる。
 寝苦しい夜を越えて、ようやく朝を迎えたんやけど、満足に眠れんかったから、どうも目がしぱしぱする。

「属性が関係あるんー?」
「昔から水か風の属性を持つ人は夏に弱いとされますね」
「えっ? 根拠あるの?」
「ないですね。迷信のようなものです。でも不思議と当たるんですよね」

 血液型占いみたいなもんか。でも属性がどうのこうのよりもこの暑さをなんとかしてほしいなあ。外に出れば違うんやけども、室内はやばいなあ。

「ところでイレーネちゃんの属性ってなに?」
「私ですか? 土ですよ。六属性の中でも防御に優れた魔法が多いんです」
「ふうん。なんや便利やな」

 魔法はまだ習っとらんのでよう分からん。でもまあ守りに秀でてそうやもんな土は。

「早く仕度してください。朝ご飯に遅れますよ? 売店は昼前しか開きませんから、食堂でしか食べられないんですから」
「なんで売店朝からやらへんのー?」
「ユーリみたいに朝寝坊してくる生徒を無くすためじゃないですか?」
「ああ。それ答えやわ。イレーネちゃんは賢いなあ」

 仕方なしに起き上がる。そこからなるべく急いで身支度を済ませた。化粧せんくてええんは子供の特権やな。
 そんでイレーネちゃんと一緒に食堂に向かう。道中、すれ違う生徒に見つめられることが多かった。虎柄のローブがそないに珍しいんやろか。

 食堂に着くと、結構生徒がおった。とりあえず並んで食堂の人からパンとスープをもらう。そして空いとる席でイレーネちゃんと向かい合って食べ始める。
 あんま美味しくないなあ。パンは固いし、スープは薄味やし。

「先が思いやられるで……」
「へえ。ユーリでも不安に思うことがあるんですね。心配しなくても朝は慣れますよ」

 いやまあ、ちょっとちゃうんやけど、まあ黙っておく。
 薄いスープを飲んどると味噌汁が飲みたくなるんは贅沢な悩みやろか。うーん、今度クラウスに相談するか。

「ねえちょっと。そこどいてくれる? 邪魔なんだけど」

 もう少しで食べ終わるところで、なんや知らんけど偉そうな台詞を吐かれた。
 顔を上げると傲慢そうな女の子が冷たい眼でこっちを見とる。いや見下しとるな。
 その女の子だけやない、後ろに五人ほど取り巻きっぽい生徒がおる。男の子が二人、女の子が三人や。

「座る場所がないのよ。だからさっさと退いて」
「ちょい待ちいな。今食べ終わるから」

 イレーネちゃんがこっちを不安そうな顔で見てくる。別に平気やこんなもん。

「私は今すぐどいて欲しいのよ」

 ドスの効いた、上級階級にしか出せへん、それでいて下品やない命令口調。ちょっと興味が湧いたから、女の子の顔をよく見てみる。
 ほう。えらいべっぴんさんや。金髪を縦ロールにセットしとる。つり目。勝気な顔。明らかに貴族やな。
 しかしどこかで見覚えのある顔や。貴族と縁のないはずやのに。すれちごうたことがあるんやろうか。
 あかん、思い出されへん。

「なに人の顔をじろじろ見ているのよ」

 おっといかん。つい誰か思い出そうとして不躾に見てもうた。

「いや。えらいべっぴんさんやから、見惚れてしもうた」
「へえ。お世辞ぐらい庶民でも言えるのね」
「そらそうや。口がついとるもんな。美人さん、お願いやからちょお待って。後もうちょいやねん」

 そう言って食事を再開しようとして――

「あなた、生意気ね。このデリア・フォン・ヴォルモーデンに対して、ね」
「ヴォルモーデン……? ああ、貴族様やないの」

 プラトの有力貴族で、職人の家に産まれたあたしでも知っとる名家やった。
 まったく。貴族の子は勘違いしとるのう。

「ユ、ユーリ。ここをどきましょう。もういいから」
「なに言うてんねん。あんたまだ食べ終えとらんやろ。ちゃんと食べな成長せえへんで」
「で、でも……」

 イレーネちゃんはビビリすぎや。相手は子供なんやから――

「いいから退きなさい!」

 待ちきれなくなったんか、それとも一向にビビらないあたしに苛立ったんか、ヒステリックに怒鳴ってきた。ほんで取り巻きの男の子に目配せして、テーブルに置かれたパンとスープを払いのけさせた。
 がしゃんとスープの器が床に転がり、案の定、中身がこぼれてしまう。
 あーあ、もったいないなあ。

「なにすんねん。もうちょい待たれへんの?」
「さっさと退かないからそうなるのよ。なんで私が庶民と一緒にこんな不味くて貧しいものを食べないといけないのよ」

 あかんなあ。これはあかん。きちんと教育されてへん。取り巻きの子もにやにや笑っとるし。ここはガツンと言わなあかん――

「なんてことするんですか! せっかくの食事をなんだと思っているんですか!」

 意外にも先にキレたんはイレーネちゃんやった。そういえば健啖家で食に対してえらい執着があったなあ。

「何よ。退かないあなたが悪いじゃない」
「早く起きて場所を取らなかったあなたたちに問題があるんじゃないですか!?」

 正論や。まったくもっての正論。しかし時として正論の通じひん相手もおるわけで、それは庶民の言うことなど全然聞かへん貴族様がその相手やった。

「あなた生意気ね。あなたたち、この子を痛めつけなさい」

 取り巻きの子たちがイレーネちゃんに歩み寄る。
 顔を引きつらせたけど、怖がっとるけど、決してイレーネちゃんは退かんかった。謝らへんかった。
 その心意気はとても立派やった。

「その辺にしときいや。ワレなにしくさりやがっとんのや」

 言いながら立ち上がる。取り巻きたちがあたしに注目する。

「あんた勘違いしとるで。デリア」
「……貴族でもないのに馴れ馴れしく呼ばないでくれる?」
「それやねん。貴族やから偉いわけあらへんねん。人間皆平等や」

 ざわつく周囲。どうやら食器を払いのけた時点で注目を集めてしもうたんやな。
 ほんでこの発言や。階級社会が当たり前に感じとる貴族や庶民の子らには衝撃的やろうなあ。
 でも生憎あたしは平等が大好きやねん。

「はあ? 何を言っているの?」
「はっきり言うで。あんたは偉くない。偉いとすればきっちり仕事しとる親もしくは貴族と認められたご先祖さまで、あんたはその威光に胡坐かいとるワガママな子供に過ぎひん」
「――っ! ふざけたことを!」
「ふざけとらんし、大真面目や。あんたのことな、虎の威を借る狐って言うんや」

 すると顔を真っ赤にして「この無礼者!」と大きく右手を挙げて頬を叩こうとする。

「図星やから叩くんか」

 その言葉にぴたりと動きを止める。もしも叩けばあたしの主張を認めたことになる。

「叩きたかったら叩けばええ。場所を取りたかったら好きにせえ。せやけどな、そうやって貴族であることで偉そうにしとったら、あんたは終いやで」
「何が終わりだと言うのよ!」
「あんたという人間や」

 本来なら引っ叩いて説教するんやけども、この子は叱られたことがないねん。やから凝り固まってしもうた。可哀想な子なんや。
 せやから優しく説く。それが三人産んだ経験を持つ人の親の役目や。

「貴族であることは驕りではなく誇りであるべきなんや。それくらい、あんたは分かるやろ」
「……うるさい」
「あんたは自分の価値を自分から貶めとるんやで?」
「うるさい……!」
「っちゅーか、貴族やったらこんなくだらんことを――」
「うるさい! 黙れ!」

 机をばしんと叩くデリア。まさにこれは健太が言うてた煽り耐性なしっちゅうやつやな。

「庶民ごときが偉そうに……! あなたたち、思い知らせてやりなさい!」

 男の子の一人が右手で殴りかかってきた。この子はケンカ慣れしとらん。動きで分かった。だから腕を左手で掴んで首元を持ち、そのまま柔道の技、一本背負いで床に叩きつける。案の定呻いて動かんくなってしもた。
 もう一人の子は怯んでしもうたけど、結局はあたしに襲い掛かってくる。それは単純な動きやった。人間やけになったらあかんな。この子は払い腰で対処した。

「ふう。これで満足か?」

 辺りを見渡すと唖然としとった。まあ初めてみる柔道の技やもんな。そういう反応にはなるか。
 あはは。イレーネちゃんも仰天しとるわ。

「な、なんなのよ! あなたは!」

 デリアは怒りと恐れが七三くらいの割合でブレンドされた感情をあたしにぶつける。

「あたしの名はユーリ。姓はない。今回はあたしの勝ちやな。床掃除は任せるで。ほら、イレーネちゃん。部屋戻ろ」
「え、あ、はい」

 たくさんの視線を浴びながら、そのまま食堂を後にする。あんま気持ちええことやないなあ。

「ユーリ強いじゃないですか! 誰に習ったんですか!?」
「うん? まあその、いろいろや」

 尊敬の眼差しであたしを見つめるイレーネちゃん。なんか気恥ずかしいなあ。

「お腹空いとらんか?」
「え? その、少しだけ。足りなかったので」
「飴ちゃんあげるわ。これでちょいとやけど足しにはなるやろ」

 ポケットからオレンジ味を取り出してイレーネちゃんに渡した。嬉しそうに笑う彼女を見とると素直が一番やなと実感した。
 しかし今回は軽率やったかもしれん。
 暴力では何も解決せえへんし、それにデリアはあのままやと救われん。
 はあ。どないしよか。
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