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第二章 魔法学校編

あらやだ! いきなり事件だわ!

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 古都テレスは本や噂やと廃れてしもうたとされとるけど、そないなことはない。魔法学校だけやなくて、騎士学校もあるおかげで結構賑わっとる。学生相手に物を売り付ける商売人がぎょうさんおって、市を見るだけでも退屈せえへん。まるで前世の学生街みたいやな。それでいて侘しい雰囲気もあって、あたしはこの街が好きになってしもうた。
 登録を終えて暇になったあたしとイレーネちゃんは荷物を部屋に預けた。奇しくも同部屋やった。いわゆるルームメイトってやつやな。それから早速市場へと向かった。

「なあにーさん。これ負けてえな。プラトなら半額やで?」
「おいおい。お嬢ちゃん勘弁してくれよ。ここいらじゃああんまり手に入らないんだぜ?」
「せやかて、これはぼりすぎやろ。無知な学生騙して楽しいか?」
「……はあ。負けたよ。ほら、お嬢ちゃんの言い値でいいぜ。その代わり、他の店で買わないでくれよ?」
「なんやえらい素直やの。どないしたん?」
「目の肥えた顧客は、なかなか売れない珍しいモノを買ってくれるんだ。商売人の知恵って奴だな」
「なるほどな。気に入った。今日からあんたをひいきするわ!」

 交渉成立。そんなわけであたしは念願の香水を手に入れた。少しだけつけて匂いを確かめる。なんや前世のことを思い出すなあ。

「ユーリ、香水なんて高い物を買って大丈夫なんですか?」

 値引きの様子を呆然と眺めとったイレーネちゃんにあたしは「平気や。小遣いもろたからな」と笑顔で返した。

「それに安くしてくれたしなあ。予定よりも浮いてしもうたわ」
「そうですか……ユーリはたくましいですね」
「厚かましいとも言うけどな」
「自覚あったんですか!? というより自分で言わないでください!」

 おお。ナイスツッコミや。やっぱりあたしの目に狂いはなかったなあ。

「イレーネちゃんは何か欲しいもんあるん?」
「そうですね。本が欲しいです。歴史書が良いですね」
「なんやイレーネちゃんは歴女かいな」
「れきじょ? それはプラトの流行り言葉ですか?」
「うんにゃ。ちゃうで。歴史好きの女の子。略して歴女や」

 エルザと違って、前世の言葉に疑問を持たれるなあ。ちと気ぃつけんといかんな。

「そうやなあ。あそこの本屋なんてどうや?」

 指差したとこは古都の街並みの中でも特に歴史がありそうな、侘しい建物やった。看板に人の名前の後に書店と書かれとったから、本屋に違いないやろ。

「あそこは格式ありそうですね。私のお小遣いで買えるかどうか……」
「なら冷やかしでもええやん」
「そ、そんな失礼なことできませんよ!」
「まあとりあえず入ってみよ。案外安いかもしれへんよ」

 そないなこと言いながらイレーネちゃんの手を引っ張って店の中に入る。

「ごめんやでー」
「失礼します……」

 中は昼間やというのに薄暗かった。カーテンか何かで仕切られとるからかもしれんな。人の気配もはっきりとせん。ちょっとしたお化け屋敷や。

「誰かおらんの?」
「ユ、ユーリ……もう出ましょうよ」
「なんやねん。まだ入ったばっかやん」

 ガタガタ震えるイレーネちゃんの手をしっかり握り締めて奥へ進む。物凄い大きい本棚に本がぎっしり詰められとる。しかも全部異世界では高価とされとる紙製の本やった。
 感心しとると清算台の前に人が前後に揺れとるのが見えた。イレーネちゃんも見たらしくぎゅっと手を握ってくる。
 あたしも少しだけ緊張しつつ、近づいて、その人物を見た――

「……ぐう」
「って寝てんのかい!」

 清算台に人物の頭をはたく。ここで突っ込まんといつ突っ込むねんっちゅう話や。

「……? うん? ああ、客か」

 ゆっくりと目を開けたんは、白髪頭のおじいちゃんやった。禿げとらん頭に長髪がだらんとしとる。細目で起きとんのか寝とんのか曖昧な感じ。もう一回はたこうとするが、イレーネちゃんが必死で止めた。涙目になっとる。

「客ならさっさと本をここに置け。テキトーに値段をつけてやる」
「じいちゃん客商売舐めとんのか」
「ユ、ユーリ! 失礼ですよ!」

 いや、失礼なんはこのじいちゃんやと思うんやけど。とりあえずあたしは「歴史書が欲しいんや」と注文した。

「歴史書ならそこの棚に置いてある。手に取ってもいいが汚すなよ」

 そう言うてまたこっくり船を漕ぎ出すじいちゃん。あたしは呆れながらイレーネちゃんに「こんな店信用ならんから帰らへん?」と訊ねると、同じ思いなんか縦に首を振った。まだ怖いからかもしれへんけど。
 こんな店、二度と来るかとこのときは思ったんやけど、この後何度も訪れることになるんや。まあこれはまた別の話やな。
 その後は定食屋に行ってご飯を食べたりした。意外にもイレーネちゃんは健啖家で惚れ惚れするほどたくさん食べた。いつかお好み焼きを作ってあげたいと思うた。
 魔法学校の寮に戻るとアリニウスさんに貰た本をイレーネちゃんに渡した。案外喜んでくれたんは予想外やったな。そんなことやったらあの本屋に行かんくても良かったわ。





 そんで入学式の当日や。あたしはいつもの虎柄のローブを着てイレーネちゃんと一緒に会場である講堂へと向こうた。

「複雑な気分です。期待と不安が入り混じったような、なんともいえないです」
「そうやなあ。あたしも同じ気持ちやわ」

 入学式は前世で何度も経験したんやけど、それでも不思議と慣れることはないなあ。なんでやろ?

「あれ? 何か騒がしいですよ? ほらあそこ」

 イレーネちゃんの指差す方向を見ると何や揉め事が起きとるようやった。気になったんでゆっくり近づくと、なんや知らんが、生徒同士がケンカしとる――いや、片方が一方的に痛めつけとる。

「おら! こんぐらいで倒れているんじゃねえぞ!」
「や、やめて、ください……」
「はっ。ランクAなんてこんなもんか。だけどなあ、それくらいじゃあ満足しねえぞ!」

 片方は一年生らしいけど、痛めつけとるほうは二年生か三年生くらいの男の子や。黒いローブに一年生よりも大きな体躯。厳しい目つき。前世で言うなら不良に見える。
 正直、見ていて痛々しい。おそらく魔法が使えん一年生に魔法が使える先輩がいたぶっとるって構図やな。

「これで、とどめだ!」

 赤い光――おそらく魔法を込めた拳をもう戦意のない一年生に向かって叩きつけようとする――

「やめや。勝負はついとる」

 その腕を掴んで拳を止める。力強いけどこの体勢やったら少しの力でも止められた。

「なんだてめえ……女か。離れていろ」
「あんた、何するつもりや」
「叩きのめすだけだ。上下関係はしっかりしないとなあ」

 あたしは腕を掴んだまま、放さんかった。力を込めても放れんのを不思議に思うたんか、年上の男の子は「……魔法を使っているのか?」と訊ねてくる。

「あほう。入学したての一年生が魔法を使えるかいな」
「俺は女と戦う趣味はねえよ」
「それは女性を尊重しとるんか、蔑視しとるんか分からへんけど、放すわけにはいかんへんなあ」

 目の端でイレーネちゃんがあたふたしとるのが見えた。堪忍やで。

「……三秒待ってやる。放さなければ――」

 おそらく暴力に訴えてくるやろ。そう思うて身構える――

「待ちな。そのケンカ、俺が代わりに買ってやるよ」

 なんや乱入者かいな。声のするほうを向くと、灰色のローブを着た、かなり背の高い男の子が立っとった。顔つきは幼さと厳つさが入り混じっとって、どう評してええんか分からん。
 せやけど、明らかに格が違う。さっき乱暴しとった男の子を不良にたとえたけど、この子はなんちゅーか、極道の貫禄があるんやな。

「……生意気な一年生が多いな。まとめて相手してやるよ」

 黒いローブの男の子はあたしの手を払いのけた。灰色のローブの男の子は格闘家のような構えを取る。
 一触即発な空気。二人がケンカしたらただでは済まんと周りに居る野次馬の生徒たちも思ってしもうた。自然と後ずさりする。
 こういうときは――

「はいはい! ケンカはやめえや! せっかくの入学式やないの!」

 空気をぶち壊してしまうんが一番やな!

「……お前、何言って――」
「あんたの名前は知らんけど、これあげるからやめな!」

 ポケットの中から飴ちゃんを三つ取り出して強引に手渡した。

「……なんだこれは?」
「飴ちゃんや。なんや知らんの?」
「あ、飴ちゃん?」
「包装紙取って、飴ちゃん口に入れれば甘いで! 食べや!」

 気を削がれてしもうた黒いローブの子は素直に飴ちゃんを食べた。ほんで「……甘いな」と呟く。

「ほら。あんたも食べえや!」

 ぽかんとしていた灰色のローブの子にも飴ちゃんを渡す。

「い、いや。俺は――」
「ええから食べ! ケンカっぱやいんは糖分足りてへん証拠やわ!」
「なんだと? 糖分って――」
「ほら。あーんされたいんか?」
「分かった! 自分で食べる!」

 一応倒れとる子にも飴ちゃんをあげた。幸い意識はあるようやった。

「君も食べや。うん? 口の中切れとるんか?」
「あ、ありがとう、ございます……」
「お礼なんかええよ。怪我早く治るとええなあ」

 そうしてから二人の男の子に向かって言う。

「ええか? ケンカするんは別にええけど、時と場合考えろや。今日は晴れの入学式。めでたいはずや。それを血で汚すんはよーないやろ?」
「…………」
「……俺はまだ、ケンカしていないが」
「口答えすな!」
「無茶苦茶だな、あんたは」

 そうこうしとるうちに騒ぎを聞きつけた先生たちがこちらに駆けてくる。黒いローブの子は舌打ちして、どっかに行こうとする。

「覚えていろよ。そこのでかいの。女は忘れていい」

 捨て台詞を吐いて人ごみの中を割って進んで、そのままおらんくなってもうた。

「ふう。聞き分けのええ子で良かったわ」
「いや。あんたは全然説得してねえ」

 灰色のローブの男の子は呆れながら言う。あたしは笑いながら「ええやん。無事に解決したんやから」と応じた。

「それよりも気になることがある。あんたに対してだ」
「あんたって失礼やな。これでもユーリって名前があるんや」
「……悪かった。ユーリさん、もしかして――」

 その先、何を言おうとしとったんか知らんけど、突然、イレーネちゃんが後ろから抱きついてきた。

「ユーリ! なんで無茶するんですか! 危ないじゃないですか!」
「あー、ごめんな。イレーネちゃん」
「謝るくらいならしないでください!」

 そらそうやな。ちょっとだけ反省する。
 その後、先生に事情を報告して無事に入学式を迎えることとなった。
 まあ、こんな出来事よりも驚くことがすぐ起こることになるんやけども。
 未来が見えんあたしには予想もできひんかった。
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