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異世界編 2章

第107話 始動

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 ―― 翌朝

 皆は車庫に集まっていた。

 今から完成したレオパルト2Adの試験へと出発するからだ。
 そんな中、スイは一人だけ涙目になりながら、ふて腐れていた。

 「嫌なのですー! スイも一緒に行くのですっ!」

 「だから、駄目だと何度も言わせるなっ!」

 言うことを聞かないスイに貞宗も声を荒げていた。

 「イーヤーでーすー! ご主人様と一緒がいいのです!」

 「おい山崎! なんとかしろっ、お前の奴隷だろ」

 「いやいや、スイは奴隷じゃないし」

 「奴隷です! 私はタメツグ様の奴隷なのでそばに居るのです!」

 「奴隷はともかく、どうしても一緒がいいみたいだしねぇ。俺が無理矢理言うのもどうかなって」

 「スイちゃんだけには、行かせないんだよ」

 「なんだ? シムリも行くのか?」

 「当然だよ、お姉ちゃん」

 「ったく、どうしようもねぇな」

 「お土産みやげ、忘れないでちょうだい」

 お土産をねだるマヨーラはともかく、今回のお出掛けは正秀と為次。
 二人の特訓の成果を試す為の、お散歩でもあった。
 戦車の試験運用も兼ねて、雪山へ行くことになったのだ。
 貞宗が言うには、魔獣が多いので腕試しにはもってこいらしい。

 「まあ、スイが一緒に行きたいって言うし、しょうがないよねぇ」

 「駄目だ、それは許さんぞ山崎」

 「行くったら、行きます!」

 「抜け駆けは許さないんだよ」

 「シムリ様も一緒でも構いません」

 「お土産は何がいいかしら?」

 当然、為次はそんな危険な場所へ行くのは反対すると思われた。
 しかしながら、意外にも二つ返事で承諾したのであった。

 「スイの譲ちゃんよ、お前が一緒だと山崎の為にならんのが分からんのかっ?」

 「そうだぜスイちゃん、為次を甘やかしても本人の為にならないぜ」

 「ですが……」

 「私に甘えてもいいんだよ、タメツグさん」

 「お土産は、エレメンタルストーンが沢山欲しいわね」

 為次は初めからそのつもりだった……

 雪山の調査には行きたかった。
 今までは燃料の問題もあったので行くのを躊躇ためらっていた。
 だが、レオパルト2の改造が終わった今ならば話は違う。
 魔導機関による水素燃料エンジンならば、燃料の心配はもう無い。
 しかも、空まで飛べるのだ。

 そんな飛行試験で雪山に行こうと思った矢先だ。
 魔獣が多く出没するから、特訓の成果を見せて来いとの貞宗の提案である。
 もちろん断る理由など無かった。
 魔獣が出ても、正秀とスイに任せておけば問題ない。
 それにイザとなれば戦車砲だってある。
 自分は何もしなくても大丈夫であろうと、高を括っていた。

 それなのに……

 「山崎! キサマの不抜けた考えなど、お見通しだ」

 「んもぅ」

 「サボることばかり考えやがって」

 「だってぇ……」

 「ちょっと、こっちへ来い」

 そう言いながら、為次を引っ張る。

 「え? ちょ」

 「お土産の相談かしら?」

 戦車の反対側へ回り、皆と距離を取った。

 「なあ山崎よ」

 「なんすか?」

 「お前は、あのむすめを日本に連れて行くのか?」

 「……それは」

 「それならば、もう何も言わん」

 「…………」

 「だがな? もし、この世界に残して行くというなら、その後は誰が面倒を見る?」

 「誰って……」

 「あの娘は奴隷だ。お前が否定しようとも、この世界では奴隷だ」

 「まあ……」

 「俺なら面倒を見てやれる」

 「っ!」

 「もちろん帰れると決まった分けではない、むしろ帰れる可能性は低いだろう」

 「うん」

 「だがな、可能性はゼロではない」

 「その時が来たら、お前はスイをどうするんだ?」

 「……見てくれるんですか?」

 「ああ、任せておけ」

 「本当に信じていいんですね?」

 「俺しか居ないだろう? 他の誰が面倒を見れる? クリスだってスイのことは気に入っている」

 「んー……」

 「なっ?」

 「まあ…… はい」

 「よし、決まりだな」

 話が決まり、皆の所へ戻る。
 そこでは、クリスもスイのことを説得していた。

 「ですが……」

 「タメツグさんはね、強くならないといけないのよ」

 「ご主人様は、私が守ります」

 「それでは、これから先もタメツグさんは馬鹿にされっぱなしよ?」

 「ご主人様はバカではないのです!」

 「それは知ってるわ。でもね? みんなは違うのよ。冒険者として生きて行く為には、今のままじゃダメなの」

 「はう……?」

 「スイちゃんがモンスターを倒して、お金を稼いで生活するのもいいわ」

 「そうなのです」

 「でも、それだとタメツグさんはヘタレでバカなダメダメ人間になってしまうわ。今ですらどうしようもない性格なのに、益々バカになる一方よ」

 「なんですと!?」

 「そうならない為にも、もう一回り男として成長しなくてはならないの」

 「スイも、お手伝いをするのです」

 「本当にお手伝いをするつもりなら、今回は笑顔で見送ってあげましょ?」

 「お見送り…… ですか?」

 「ねっ?」

 「はう……」

 「心配しなくても、直ぐに戻って来るわ」

 「本当ですか? スイを置いてどこにも行かないですか?」

 「ええ、きっと立派になって帰って来るわ。スイちゃんの為にも」

 「私の…… 為……」

 「そうよ」

 そこへ貞宗がやって来た。

 「どうだ?」

 「あなた」

 と、クリスは頷いた。
 為次もスイに近づいて言う。

 「スイ、お留守番よろしくね」

 「ご主人…… 様。……はい ……です」

 「私は行ってもいいんだよね?」

 「駄目だ、シムリの譲ちゃんも留守番だ」

 「えー、なんだよ……」

 「お土産、よろしくね」

 知らぬ間にすれ違う、お互いの気持ち。
 いずれ別れの時が来るのかは定かでは無い。
 だが、永遠の命を持った人々でも、300年後には……
 否、その前に魔獣に滅ぼされてしまうかも知れない。

 だから今は暫しの別れを惜しみ、前へと進む。

 ……………
 ………
 …

 ドルゥン! ドルゥン! ドドドドドゥ

 コントロールスクロールに触れると、エンジンが始動する。
 どことなく乾いた感じのエンジン音だ。
 水素燃料エンジンは問題無く稼働している様子であった。

 尚、コントロールスクロールは長いので、コンスクに略す。

 「エンジン始動おけ、電圧、油圧共に異常無し。エレメンタルストーン開放率30パーセント」

 新しく開発した鏡式コンスク。
 スマホのように触れて操作可能と同時に、戦車のパラーメータも表示される。
 これを作るのに、マヨーラは完成間近になると徹夜までしていた。
 地球の技術を魔法で管理するなど、並大抵の苦労ではなかったろう。

 「開けるぞっ」

 車庫の扉に手を掛ける貞宗。
 正秀はキューポラから上半身を出して見ている。

 「了解」

 ガラン ゴロン ゴロン

 車庫の大きな横開きの扉が開く。

 「いいぜ、為次」

 「りょかーい」

 アクセルをゆっくり踏み込むと、レオパルト2もそれに呼応してゆっくり前進する。
 車庫から出ると、快晴の空に浮かぶ眩しい太陽が迎えてくれた。
 陽の光に照らされた車体は、新しく塗装したオリーブドラブが輝く。
 自衛隊オリーブドラブなので、ちょっと黒っぽい感じもする。

 「エレメンタルストーン開放、50パーセントー、リバースグラビティ始動、97パーセント」

 サスペンションが浮き上がる。

 当初、リバースグラビティは謎であった。
 この魔法を付与した物体は軽くなる。
 重力を無効化すると思っていた。
 しかし、色々と実験する内にその性質が分かってきた。

 どうやらリバースグラビティの本質は、引っ張りの力に対して反対方向へと力を与える魔法らしい。
 付与された物体を後ろから押せば、普通に力が加わり前進する。
 後ろから引けば逆方向へと力が加わり、物体は前進しようとするのだ。
 これで、正秀が大剣を持ったまま飛んで行ったのが理解できた。

 大剣を振った力はそのまま加わる。
 しかし、振った大剣を止めようと引っ張る力で支えると、その力まで飛んで行く方向へと加わるのだ。
 結果、振った時の地面に対する反力を、そのまま大剣に戻してしまうことになる。

 分かったのは、重力そのものを制御する魔法ではないと言うことだ。
 重力が減れば、魔法の効きが悪くなるとの情報とも一致する。

 「水素パルスエンジンテスト開始」

 パン! パン! パン!

 車体の左右に装着された長四角い箱状の物体。
 各所には、お椀型の反射プレートが見受けられる。
 これこそが、空間移動用のエンジンだ。

 下部の反射プレート内で爆発が起こると、60トンの車体はゆっくりと浮上する。
 それを見たスイは、慌てて駆け寄る。

 「ご主人様ぁぁぁ! 早く帰って来て下さいねぇ!」

 「うん、てか、早ければ今日中に帰るけどね」

 「それでは、行ってきます」

 「行ってらっしゃい。正秀さん、為次さん」

 クリスが優しい笑顔で手を振ってくれる。

 「寂しいけど、行ってらっしゃいなんだよ」

 「気を付けてな」

 シャルは手も振らず頷くだけである。

 「しっかり、修行して来るんだぞ」

 「もう一発くらい寄こせっての」

 為次が文句を言うのも無理はない。
 砲弾は一発だけである。

 「お土産も寄こしなさいよ」

 今回はの目的は特訓の総仕上げだ。
 戦車には頼らせないとの、貞宗の気配りなのだ。
 まったく持って、余計なお世話である。

 「為次」

 「はいはい。セット200、点火」

 ババババババァン!

 反射プレートに秒間200回の連続爆発が起こると、車体は上空へと舞い上がる。

 青空に舞う空飛ぶ戦車。
 なんだか、異様な光景である。

 上昇して行くレオパルト2に向かい、手を振るマヨーラ。

 「お土産、忘れたら承知しないわよぉ!」

 と、叫ぶのであった……
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