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余計なお節介かとは思ったけど、タオルが役に立って良かったな。
でも、鞄の中にトランプが入れてあることを見られたのはちょっと恥ずかしい。
「あ、べつに学校で遊んでるわけじゃないんです」
あわてて隠そうとすると、彼が人差し指を立てながら落ち着いた声で私にささやいた。
「キミは看護科なんだよね。看護科の生徒は大学病院の小児科病棟でボランティアをしているって聞いたことがある。そのために用意してあるんじゃないかな?」
「え、うそ、どうして?」と、思わず手をたたいてしまった。「そうなんですよ。ホームズ並みの完璧な推理ですね」
「初歩だよ、ワトソン君」
せっかくの決め台詞なのに、ずいぶんと照れくさそうで、耳が真っ赤だ。
ちょっと声も裏返ってたし、また汗流れちゃってるし。
「あれ、もしかしてワトスン派?」
どっちでもいいし。
でも、なんだか不思議な気分だった。
初めて話すのに、ずいぶん前から知っていたような気がする。
私はボランティアの話に戻した。
「トランプで手品をするんですよ」
「へえ、すごいね」と、彼は素直に感心してくれる。
「子供たちって、目の前で手品を見たことがないからか、みんな本物の魔法みたいって驚いてくれるんですよ」
「それはやりがいがあるね」
「でも、おかげで、今度ハロウィンの時には、本当に魔法使いの格好させられることになってるんです。なんか照れちゃいますよね」
「キミならきっと似合うよ」
それって、私の見た目が魔女みたいってこと?
「人はみんな魔法使いだからね」
え?
「だって、この世は魔法で満ちているんだ」
だといいですね。
「せっかくだから、私の得意な手品を見せましょうか」
「魔法じゃないの?」
「手品ですよ。あ、でも、魔法の手品です」
私はカードを扇形に広げて彼に差し出した。
「一枚引いてみてください。どれを引いてもハートのエースになる魔法です」
と、そこまで言っておいて困ってしまった。
そうだった。
ハートのエースをあげてしまったんだっけ。
あの後、アオイちゃんには会えていない。
ヒロトくんが退院してしまったからだ。
『うれしいことなんだけどね』と、マユとミサキはちょっと寂しそうだった。
固まってしまった私を、彼が不思議そうに見ている。
私は正直に伝えた。
「ごめんなさい。このトランプ、ハートのエースだけないんです」
「タネがないんじゃ、手品はできないね」と、彼は朗らかに笑いながら胸ポケットからトランプを一枚取り出した。「じゃあ、オレのをあげるよ」
それはハートのエースだった。
――え!?
なんで?
どういうこと?
「どうしてこんなの持ってるんですか?」
「さあ、なんでだろう」
まるで本当に分からないかのように、彼は首をかしげながらハートのエースを見つめていた。
「そっちの方がよっぽど魔法みたいじゃないですか」
カン、カン、カン……、ンゴン、ゴン、ゴン。
小さな踏切を通過して電車が減速する。
慣性の法則で思わず彼にもたれかかってしまった。
「あ、ごめんなさい」
「いや、大丈夫だから」
電車が一つ目の無人駅に到着した。
「あ、ごめん。オレここで降りるんだけど、タオル洗って返すから」
「いえ、いいですよ」と、私が手を差し出そうとすると、彼はホームに降りてしまった。
かかとを軸にして彼が振り向く。
「今度さ、看護科まで返しに行くよ」
「分かりました」
ドアが閉まる直前、彼が自分を指さした。
「オレ、カイト」
「私は……」
言おうとした時、ドアが閉じてしまった。
電車が動き出して、あっという間に彼が見えなくなる。
まあ、いいや。
言わなくても伝わるし。
きっと、驚くだろうな。
彼の顔を思い浮かべると頬が熱くなる。
窓に映る自分を見なくたって分かる。
今、私は、笑顔だ。
たぶん、きっと、これが魔法ってことなんだろうな。
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