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 重たそうな雲の切れ間から光が差し込む放課後の校庭へ、運動部の連中が一斉に駆け出していく。
 梅雨の晴れ間で久しぶりだからか、ランニングのかけ声もやたらと威勢がいい。
 昼まではぬかるんでいたグラウンドも、足跡をくっきりと残したまま乾き始めている。
 晴れていたわけでもないのに気温は三十度近くあって、地面から蒸発した濃厚な湿気が水飴みたいにまとわりつく。
 夏服だからワイシャツだけで上着は着ていないけど、生地が張りついて汗まみれなのが丸わかりなのは困る。
 下にTシャツを着ていなかったら、透けて大惨事だ。
 六月ももうすぐ終わりで、七月に入れば期末試験。
 その頃には梅雨も明けてくれるだろうか。
 帰宅部のオレは額に噴き出る汗を拭いながら駅へと急いだ。
 この高校は昭和の時代に三つに分かれていたのを、平成の時代に統合してできた総合高校で、普通科の他に看護科が併設されている。
 新興住宅地の周囲に造成された広大な敷地に商業施設や大学病院を誘致して、オレたちの高校もそこに新設されたのだ。
 ガラス張りのエレベーターとエスカレーターのある五階建て校舎が三つ並び、校庭には観客席付きの野球場、天然芝のサッカー場、テニスコートが四面、温水プール、生徒集会にも使われる二千人収容の音楽堂、そして、エアコンと床暖房完備の体育館も二つある。
 それでも公立高校なのだから、老朽化する一方の他校の連中からはうらやましがられるのを通り過ぎて憎しみの目で見られているらしい。
 とはいえ、創立当初は予算の関係から校舎と体育館くらいしかなく、少しずつ増設を重ね、令和になってやっと完成したということから、長いこと『サグラダファミリア高校』と呼ばれていたのも地元では有名な話だ。
 それに、そんな我が母校にも贅沢な悩みはある。
 学校の敷地が広すぎて校門を出るのにも時間がかかるし、県下最大級と言われるショッピングモールと、その広大な平面駐車場の反対側に駅があって不便なのだ。
 朝は開店前だから外周を回り込まなければたどり着けないせいで、「あの高校の生徒は一年中マラソン大会をやっている」と近所の住民からは揶揄されているらしいし、放課後はエアコンの効いた店内を通り抜けることができるのは良いけれど、たいしたショートカットにはならない。
 しかも、オレの地元駅は一時間に一本の各駅停車しか止まらない。
 それを逃すと、無駄にショッピングモールで時間を潰さなければならなくなるのだ。
 むしろ楽しそうでいいじゃないかって?
 そりゃあ、カノジョとは言わないまでも、友達と一緒ならいくらでも遊んでいきたいだろうし、実際、そういう連中で放課後のフードコートは大盛況だ。
 でも、オレみたいなボッチにとって、そんなリア充どもの聖地は見えないハードルで何重にも囲まれた魔窟なのだ。
 そんな結界を跳び越えようなんて思わない。
 つまずいて転んで、アイツ一人で何やってんだって笑われるくらいなら、ぐるりと迂回していくに限る。
 触らぬ神にたたりなし。
 身の程をわきまえろ。
 空気として存在を消せ。
 高校に入学して三ヶ月。
 ボッチ道を歩むオレが守ってきた信条だ。
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