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第8章 恋の迷路で捕まえて

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 園内同様、フードコートも混んでいて、私たちは注文に並ぶ人と、席を取る人に別れることにした。

「さっきは姫子さんに並ばせちゃったから、私が買いに行くよ」

 真由ちゃんがそう言うので、私は探偵くんを付き添いで行かせた。

「ジュースこぼさないで運んでよ」

「探偵の仕事ではないが、僕に不可能はない」

 つねに失敗ばかりしているへっぽこ探偵が何を言ってるんだか。

 逆にできることを聞かせてほしいくらいですけどね。

 まあ、暗算は速いから、合計金額の計算くらいは役に立つかな。

 それだってレジの器械の方が早いだろうけど。

 私と姫子さんは空席を探して、なんとか隅の方のテーブルを確保できた。

 丸いテーブルに向かい合って座ると、私はテーブルの上に両手を置いた。

「では、私たち二人になったところで、謎解きといきましょうか」

「あら、なんのことかしら?」と、姫子さんが視線を斜め上にそらしながら不敵な笑みを浮かべた。

「ミニキャットの中の人はあなたですね、姫子さん」

「あら、あなたも夢のない方ね。中の人なんていませんのに」

 そして、姫子さんも前のめりになってテーブルに手を置いた。

「証拠はありまして?」

「物的証拠はありません。でも、推理で結論を導けます」

「よろしい」と、うなずくと、椅子に背を預ける。「聞かせていただきますわ」

「姫子さんはさっき、ジェットコースターの出口に私たちを迎えに来ました。それが不自然だからです」

「どうしてですの?」と、余裕の表情で私を見つめる。「入り口に出迎えに行く方がおかしいのではありませんこと?」

「姫子さんはポップコーンを抱えながら出口の正面に向かって私たちのところへやってきました。出口にまっすぐ迎えに来たのは、私たち三人がジェットコースターに乗ったことを知っていた証拠です。先に入口側に行って私たちがいないのを見てから来たのなら、建物沿いに移動してきたはずだからです。その一方で、私たちをジェットコースターに送り出したのはミニキャットでした。中の人が姫子さんだったからこそ、私たちが出口から出てくることを知っていたわけです」

「それでしたら単純なことですわ」と、姫子さんが両手を広げた。「わたくしがポップコーンを買って戻ってきたら、ジェットコースターに乗っている三人の姿が見えたからですもの」

「いいえ、それは不可能です」

 私の指摘に、それまで冷静だった姫子さんの表情に一瞬だけ隙ができた。

「なぜなら、あなたには私たちの姿は見えなかったはずだからです」

「どういうことかしら?」と、冷静さを取り戻した姫子さんが落ち着いた声で先をうながす。「論理的に説明していただけないと納得できませんわね」

「姫子さんはさっき私たちを出迎えた時、目の上に右手をかざしていましたね」

「そうだったかしら。そのような細かなことまで覚えていませんわ」

「出口は北向きで、姫子さんは南に向かって私たちを見上げていたから、太陽がまぶしかったんでしょうね」

「それがどうしたというのですか?」

「私たちもジェットコースターが出発してから右向きに急降下して、その後太陽が目に入ってまぶしかったんです。つまり、ジェットコースターは南に向かって走っていた。ということは、北側からは見えなかったはずです」

「それはおかしいですわ」と、姫子さんが笑みを浮かべる。「ずっと南に向かって走っているわけじゃありませんでしょう。もしそうなら、ジェットコースターが乗降口まで戻ってこられないではありませんか」

「ええ、それはもちろんそうですけど、北向きになって戻ってきても乗り場の建物が邪魔になって見えないんですよ。私たちが並んだ場所は日陰だった。つまり出入り口は建物の北側にあるということになります。建物の南側にレールが組まれたジェットコースターは北側からは見えません」

「いろいろ理屈をこねていらっしゃるけど、ただ単に、わたくしが戻ってきたタイミングと、あなた方が出てきたタイミングが一致していただけなのではないかしら。そう、ただの偶然ね。残念ながら偶然は偶然。論理的に説明することは無理でしょうね」

 逃げ切れると思っているのか、姫子さんは目を細めながらツンと鼻先を上げて私を観察している。

 私はVの字に指を立てた。

「あなたは二つミスをしました」

「いちおう聞いてあげましょうかしら。それはいったい何かしら?」

「ミニキャットは真由ちゃんにスマホで写真を撮れと指示をしていました」

 姫子さんの笑顔が消えた。

「それはつまり、『中の人』が私たち三人の中でスマホを持っているのが真由ちゃんだけだと知っていたからです」

 その瞬間、ふうっとため息がこぼれ落ちた。

「なるほど、観察力が鋭いですわね」と、姫子さんは晴れ晴れとした表情で視線を流した。「で、もう一つのミスは何かしら?」

「単純なことですよ」と、私は人差し指を振った。「そもそもポップコーンを買いに行っていた人が、私たちがミニキャットと写真を撮っていたなんて知らないはずでしょう」

 ハッとした表情に変わった姫子さんが、次の瞬間クスクス笑い出した。

「こんな単純な罠に引っかかるなんて、わたくしとしたことが何という失態でしょう。そうですわね。あなたがミニキャットの話を持ち出した時に、わたくしは『なんの話ですの?』とたずねるべきでしたわね」

「初歩的なミスでしたね」

「ええ、本当に」

 すっかり観念した姫子さんはミニキャットの真相を教えてくれた。

「この遊園地はうちの伯父が社長をしているのです。それで、ミニキャットの着ぐるみを用意してもらったのです」

「ここの関係者だから、今日の無料招待券も出してもらえたんですね」

「そういうことですわ」

 これですべての謎が解決……したよね。

 そのはずなんだけど、なぜだろう。

 なんかまだどこかモヤモヤしている。

 と、そこへ真由ちゃんと探偵くんがジュースを持ってやって来た。

「お待たせ」

「ありがとう」

 受け取った私たちはカップを掲げて乾杯した。

「そういえばさ」と、真由ちゃんがスマホを取り出した。「姫子さんとスマホの連絡先を交換しておこうよ。さっきラブリーキャットと撮った写真も転送したいし」

「わたくしと連絡先を交換したいというのなら仕方ありませんわね」と、もったいぶった表情でスマホを差し出す。「わたくし、やり方がわかりませんの。やってくださるかしら」

「うん、いいよ」と、真由ちゃんはこころよく操作してあげていた。

 探偵くんはまるで興味なさそうにポップコーンを口に放り込んでいる。

 それにしても、姫子さんはこんなへっぽこ探偵のどこがいいんだろう。

 ……なんて言ったら失礼か。

 いちおう眼鏡を外せばイケメンなんだし。

 鍵をかけたり、謎を出したりしてラブリーランドへ誘い出し、着ぐるみまで用意していたなんて。

 そこまでして探偵くんと写真を撮りたかったんだね。

 そんな姫子さんのけなげさがとても微笑ましく思えた。

 ――だけど、私は何もわかっていなかった。

 恋の競争相手どころか、一番初歩的な事実を勘違いしていたのだ。

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