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 と、そこへ真由ちゃんが一人で戻ってきた。

「ごめんね。女子トイレ混んじゃってて、時間かかっちゃった」

「大丈夫だよ。まだ、順番来てないから間に合ったよ」

 私としてはこんなへっぽこ探偵と二人でいる気まずい時間は長すぎたけど、それは言わないでおいた。

「あれ、姫子さんは?」と、真由ちゃんがあたりを見回す。「まだ戻ってないの?」

「うん。来てないよ」

「おかしいな。ポップコーン屋さんも行列できてて時間がかかりそうだったから、姫子さんが買っておくからって言ってくれて、私だけトイレに行ってたんだけどね。さっき見たらポップコーン屋さんにいなくて、もう戻ってきてるのかと思ったのに。探しに行ってきた方がいいかな」

「そうなんだ。困ったね」

 どうしたらいいんだろう。

 ジェットコースターの列もだいぶ進んできて、探しに行っている間に順番が来てしまうかもしれないし、行き違いになったり、はぐれたりするかもしれない。

「ねえ、真由ちゃんのスマホで電話してみたら?」

 真由ちゃんはスマホの入ったポシェットのストラップをギュッと握りしめて首を振った。

「私、小学生の時はスマホを持ってなかったから、姫子さんの連絡先を知らないのよ。今は別のクラスでしょ。今日会ったのが久しぶりだったから、まだ聞いてないのよね」

「ああ、そうか。じゃあ、だめだね」

 便利な電子機器でも、つながらなければ意味がない。

 態度だけはご立派なうちの探偵並みに役に立たない。

「やっぱり一緒に行動しなきゃだめだったね。私、探しに行ってくるよ」

 責任を感じた真由ちゃんが列を抜けようとした時だった。

 ラブリーキャットが私たちの前に現れた。

 でも、それは、さっきまで近くにいたのとは違っていた。

 私たちと同じくらいの背丈のミニキャットだったのだ。

 それがいきなり探偵くんの腕をつかんだかと思うと、ぐいっと引き寄せて隣に立ち、猫の右手で真由ちゃんを招いて写真を撮るジェスチャーを示す。

「え、写真を撮れってことですか?」

 真由ちゃんが素直にスマホを取り出して構えると、ミニキャットはノリノリで探偵くんに密着してポーズを決める。

「ねえ、せっかくだから、眼鏡を外して撮れば」

「なんでだよ」

 横から出した私の提案を探偵くんはあっさりしりぞける。

 ミニキャットもなぜか「違う」と言っているかのように手を振っていた。

 二人というか、探偵くんとミニキャットの眼鏡コンビで写真を撮ったら、今度は遊園地の人がサービスで真由ちゃんのスマホを預かって、ミニキャットと私たち三人の写真も撮ってくれた。

「姫子さんも一緒に撮れればよかったのに、間に合わなかったね」

 真由ちゃんが申し訳なさそうにスマホをしまう。

 するとなぜか、ミニキャットはつま先立ちで背伸びをして真由ちゃんの頭をヨシヨシと撫でてくれた。

 と、そこで、ジェットコースターの順番も来てしまった。

「どうしようか。姫子さんを待つか、探しに行くか」

 すると、探偵くんがなんてことのないように言った。

「今さら列を離れてもしょうがないから、とりあえず三人で乗ってしまって、それから探しに行けばいいじゃないか」

「でも、それじゃ、姫子さんだけかわいそうだよ」

 だけど、ミニキャットまでドウゾドウゾと言わんばかりに私たちを押すので、結局、三人で乗ることにした。

 うまいぐあいに、私たちに回ってきたのは一番前の席だった。

 三人一列の席で、探偵くんを真ん中にして私と真由ちゃんが両脇に座った。

「うわあ、私、ジェットコースターの一番前って初めて」

「私もだよ。緊張するね」

 女子二人にはさまれて、探偵くんは涼しい顔をしている。

「何よ、こわくないの?」

「当然さ。探偵はつねに冷静沈着。僕くらいになると……」

 と、いきなりガクンとジェットコースターが出発した。

 ガタガタガタと揺れながら坂道を上がっていく。

「僕くらいになると、何?」

 たずねても返事がない。

 チラリと横を見ると、安全バーをがっちりつかんで歯をカタカタ鳴らしながら目をつむっている。

 ちょ、え、まだ助走なんですけど。

 あれだけ自信満々だったくせに。

「眼鏡吹っ飛んじゃうといけないから外しておいたら?」

「キミはどうして、いつもそんなことを言うんだ?」と、探偵くんが叫ぶ。「探偵は素顔をさらすわけにはいかないんだ」

「もしかして、お守りみたいなものなの? かけてないと不安だとか?」

「そんなことあるわけ……ウワアアアアアアアアアアア!」

 ジェットコースターが右下にひねりながら一気に駆け下りる。

 もはや探偵くんの叫び声しか聞こえない。

 ウワ、ウワアアア!

 オウッウオッフホッ!

 ギョエオワアアアアアア!

 あまりの悲惨な叫び声に真由ちゃんが笑い出す。

 右かと思えば左、落ちたかと思えば空へ向かって飛び出しそうにふわりと浮かび、また急降下。

 太陽がまぶしかったり、風圧に吹き飛ばされそうだったり、私もこわかったけど、隣で絶叫してくれる人のおかげで笑ってしまい、一周あっという間で楽しかった。

 降りた時に探偵くんの膝はガクガクで、つなぎ方を間違えた操り人形みたいな動きだった。

「苦手なものなんかないんじゃなかったの?」

「と、当然だろ。だ、誰も苦手だなんて言ってないぞ。ちょっと重力に振り回されただけだ。いくら名探偵でも、宇宙飛行士の訓練を受けているわけではないのだからな」

 それを苦手って言うんでしょうが。

 宇宙飛行士と比べちゃって、まったく、もう、月にでも行くつもりなの?

 何でもないみたいだから、放っておこうっと。

「先に行ってるよ」

 私も真由ちゃんも軽やかな足取りで出口に向かおうとすると、探偵くんは壁に右手をつきながら、ずれた眼鏡を左手で直した。

「ちょ、ちょ、待てよ」

 出口の階段を下りたら、ちょうど正面から姫子さんが戻ってくるところだった。

 ポップコーンのバケツを抱えながら、目の上に右手をかざして私たちを見ている。

「あ、姫子さん」と、真由ちゃんが手を振る。

「みなさん、ちょうどお楽しみだったようですわね」

「ごめんね、私たちだけで乗っちゃって」

「いいえ、かまいませんわ」と、姫子さんは後から出てきた探偵くんにポップコーンを差し出した。「どうぞ召し上がれ。できたてでおいしいですわよ」

「あ、ああ、どうもありがとう」と、眼鏡をクイッと上げてからバケツを受け取る。

 何かっこつけてるのよ。

 さっきまでヨレヨレだったくせに。

「いただきます」と、真由ちゃんが横からキャラメル味に手を伸ばす。「んー、やっぱりたまらないおしいさだね」

 私もキャラメル味をもらって口に放り込んだ。

「こういうところで食べると格別だよね」

 チーズ味もちょっぴり塩味が効いていておいしいし、二種類まとめて口に入れると、甘塩っぱくてもう最高。

 これだけ食べに来る価値あるな。

「だけど、今までどこにいたの?」と、なんとなく私はたずねた。「ポップコーン売り場にいなかったって聞いたけど」

「ええ、最初に並んでいたワゴンの機械が故障してしまって、他の売り場に行っていたものですから」

「ああ、だから、姿が見えなかったんだ。大変だったね」

「姫子さんも、ジェットコースター乗るでしょ。もう一回並ぼうか」

 真由ちゃんが気をつかってたずねると、姫カットの髪を揺らしながら首を振る。

「いえ、わたくしは結構ですわ。他の乗り物にいたしましょう」

「じゃあ、何にしようか。好きなの選んでいいよ」

「そうですわね」と、見回しながら姫子さんがフードコートを指さした。「先に何か飲み物でもいかがかしら。ポップコーンもあることですし」

「あ、それもいいかも」と、真由ちゃんがパチンと手をたたく。「ジェットコースターであんまり笑いすぎて喉渇いちゃったし」

 行こう行こうと、四人でフードコートへ向かいながら、私の心はすっと静まっていった。

 ――ああ、まただ。

 みんなではしゃいでいる時に限ってこの感覚にとらわれる。

 私は気づいてしまったのだ。

 姫子さんの違和感に。

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