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 十一月、大津祭。
「夏、彦根に行こうって約束だったでしょ。かわりに今度こそ四人で遊ぼうよ」
 美来の提案で、浜大津の駅前で待ち合わせることになった。
 遠野と黄瀬川さんは京阪で来る。
 僕と美来は家から歩くことになった。
『たまにはあんたにつきあってあげるよ』とスマホに入っていた。
 家を出ると、いつものように琵琶湖競艇場前の歩道橋で美来が待っていた。
「あら、私服、おしゃれじゃないの」
「黄瀬川さんに選んでもらった」
「どこで?」
「近江八幡のイオン」
「いろんなとこ、行ってるんだね」
「そっちは?」
「比叡山」
 つい笑ってしまった。美来も笑う。
「……けっこう、おもしろかったんだ」
 そっか、僕の知らない笑顔だ。
「圭介」
「ん?」
「ありがと」
「何が?」
「なんでもないよ。こっち見んな」
 僕らは歩道にはめ込まれた大津絵のタイルを眺めながら歩いていた。押さえ込まれた地震ナマズとか、鬼の相撲とか、雷様など、伝統的手法の絵画がプリントされたタイルをたどって歩く。疎水を渡って琵琶湖畔まで来ると、お祭りの人出でにぎわっていた。外国人の団体客もいる。
「ユーイチ来てるよ」
 美来が空を指す。浜大津駅前の立体遊歩道スカイクロスはお祭りの飾り付けで華やかだ。天上の藍色が深くなっていく。
 遠野も僕たちに気づいてスカイクロス先端の展望台から手を振っている。
 美来が階段を駆け上っていく。僕は歩いてついていった。
「ユーイチ、お待たせ」
「俺もさっき着いたところだよ」
 美来が遠野の腕にからみつく。
「おい。みんな見てるだろ」
 遠慮すんなよ、委員長様。
 スマホが震えた。黄瀬川さんだった。
『もうすぐ着くよ』
 京阪電車が浜大津駅のホームに入ってくる。
「あの電車みたいだよ」
「おう、そうか」
「じゃあ、駅の方で待ってようよ」
 僕らは改札口の方へスカイクロスを移動した。
 美来は遠野の腕にからみつきながら前へ行ったり後ろへ行ったり、遠野は歩きにくそうだ。
「祭りで何食べるんだ?」
「ええとね、綿あめ」
「デザートじゃんか」
 美来の腕を振りほどこうとして遠野が腕を頭上に回す。
「あの大阪のおばちゃんのヘアスタイルみたいなやつだろ」
 僕が言うと、美来がこっちを向いて片目をつむる。
「そう、レインボー綿あめ」
 腕をあきらめた美来は遠野の腰にからみつく。遠野は美来をヘッドロックする。
「それからね。タコヤキ、ヤキソバ、イカ焼き、それとね……」
「そんなにかよ」
 あきれかえる遠野に美来が笑顔で返す。
「二人で一緒にね。おごりでしょ」
 そうか、二人で一緒なんだ。
 よかったな、と僕は思ったけど、遠野は文句を言った。
「おごりかよ」
「ブラッディ・ミライ様の食欲をなめるんじゃないよ」
「俺の財布空っぽになっちゃうよ。帰ろうかな」
「えー、ユーイチ、ひどーい」
「俺、ヒロカズだし」
 美来は一歩後ろに跳び退いてスカイクロスの真ん中に立つと、舞台セリフのように大げさな身振りをつけて言った。
「ああ、私に優しいあのユーイチはどこへ行ってしまったのかしら」
 スカイクロスを行き交う人たちが僕らを見て苦笑している。
「バカ、やめろよ」
「ユーイチ、ああ、私のユーイチはどこ?」
 遠野は背中を向けて関係ないふりをしている。
「私をさらって唇を奪っていったあの情熱的なユーイチは、私を捨ててどこへ行ってしまったの?」
 遠野があわてて振り向く。
「おい。バカ」
 へえ、そうなんだ。
 奪っちゃったんだ。
 やるじゃん、委員長様。
「俺はここにいるって。分かったよ。全部おごるから勘弁してくれ」
 頭を下げる遠野の前で美来が得意げに胸を張る。
「おまたせ。もうみんな来てたんだね」
 黄瀬川さんが改札口から出てきた。
 美来が遠野の腕を引っ張っていく。
「行くよ、ユーイチ」
「分かったからはなせよ」
「乙女に恥をかかせた罰として永遠の呪いをかけました」
 絡ませた腕を美来が締め上げる。
「もうユーイチはあたしから離れられません」
 連行されている人みたいだ。
「どうしたの?」
 二人の様子を黄瀬川さんが不思議そうに見ている。
「なんでもないよ」
「ふうん、……仲いいね」
 美来が振り向く。
「良くない!」
 下手なウィンクやめろって。
 黄瀬川さんが僕を上から下まで眺めて微笑んでいる。
「この前買った服だね」
「どうかな?」
「似合うよ。私が選んだんだから」
 黄瀬川さんは僕がジャケットの下に着たパーカーの襟を少し直して微笑んだ。フローラル系の香りが漂う。
「二人とも、おなかすいた。はやくお祭りいこうよ」
 美来が手招きしてる。僕たちも歩き出した。
 人の間を縫うように歩いていると、一瞬、黄瀬川さんがいなくなってしまうような気がした。
 僕はとっさに彼女の手をつかんだ。
 黄瀬川さんが僕の方を向く。
 ジェーン・グレイの微笑みが重なる。
 もう大丈夫。この手を離すことはないよ。
 それが僕たちの愛の証なんだから。
「やっと手をつないでくれた」
 彼女が僕に寄り添って歩く。
「また五百年先かと思ってた」
 何の冗談ですか。
 綿あめ屋さんでさっそく美来が特大レインボー綿あめを買っている。
「次、タコヤキ行くよ」
「おい、これ食ってからにしろよ」
「持ってて、ユーイチ。逃げるなよ」
 二人の様子を見ながら、黄瀬川さんが僕の腕に手を絡めてきた。
「仲いいね」
 祭囃子を聴きながら、僕たちはお互いのぬくもりを確かめあっていた。
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