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   ◇

 黄瀬川さんは衣装合わせで家庭科室に行って、僕は一人で教室に向かった。教室には遠野がいた。僕は早速尋ねた。
「なあ、出かけなかったんだって?」
「ああ」
「なんで?」
「べつに理由はないよ」
 理由はないということは、まさに夏期講習とか家の用事とかではなかったということだ。ようするにそれは深刻な理由ということだ。
「美来は楽しみにしてたぞ」
「そもそも、どうしておまえが俺たちの予定を知ってるんだよ」
「美来に聞いたから」
「だよな」
 遠野がため息をついた。教室には人が多くなってきたので、ベランダに出た。
 遠野は右手の拳を左手にぶつけた。もう一度繰り返した。
「岩瀬さんには、やっぱりおまえの方がお似合いだよ」
「まだそんなこと言ってるのかよ。中学が同じだっただけだって」
「いや、いいんだよ、もう」
「なんだよ、始まってもいないだろ」
「すまん、もう忘れてくれ」
 遠野は僕をおいて教室に入ってしまった。他の同級生達が次々に打ち合わせに来るので話しかけるタイミングを見つけることはできなかった。
 写真部の小坂さんとフォトショ担当の一万田さんが写真撮影の準備を始めた。
 金目鯛の目みたいなレンズの一眼レフデジカメだ。
 無地の背景に左右からライトを二つ立てて、レフ板の位置を調節する。
「ねえ、委員長。滝沢君も、立ってみて」
 小坂さんが僕を呼ぶ。二人並んで露出の確認をする。
「二人ともせっかくだから、ちょっとポーズとってみてよ」
「そうだよ。情熱的なポスターにするんだからさ」
 一万田さんが僕らを向かい合わせにさせて、抱き合わせようとする。
「おい、何の罰ゲームだよ」
 遠野が露骨に嫌がる。
「ウホ、魅惑の掛け算の始まりだよ」と一万田さんがからかう。
「滝沢も、何赤くなってんだよ」
 嫌だからだよ。
 小坂さんは淡々とレフ板とライトの角度を調整している。さすが写真部だな。仕事に集中している。
 美来が教室に入ってきた。
「お待たせ、二人の準備できたよ」
 遠野が僕を突き飛ばすようにしてセットから離れる。ひどいよ委員長。
 教室に現れた柏井さんの姿にみんな息をのむ。
 白いタキシードにピタッと固めた髪。王子様だ。
 黄瀬川さんは胸にパットを入れたのか、この前よりも少しボリュームのあるドレス姿だ。かがんでも胸元が開かないようにぴっちりと調整されている。
「やーん、すごい。写真撮らせて」
 女子がスマホを出して急に賑やかになる。だからこれから撮影をするんじゃんか。
「はいはい、先にポスター撮影ね」
 小坂さんが二人に立ち位置を指示する。
 何枚か試し撮りをしてポーズを変えていく。
「もう少し顔を近づけて。床に右膝をついて綾ちゃんを抱いてみて」
 柏井さんが言われたとおりに眠れる美女を迎えに来た王子様のような姿勢で顔を近づける。女子から悲鳴が上がる。
「あとでうちらにもやって」
 二人の姿勢に合わせて一万田さんがレフ板を動かす。小坂さんは淡々と撮影を進めていく。シャッターの電子音がいいリズムを奏でている。
 黄瀬川さんが目を閉じて柏井さんの顔が近づく。
 美来が僕の脇腹をつつく。
「あんた、何赤くなってんの?」
「え、そう?」
 僕は返事を間違えたらしい。
 美来が今までになくにやにやしている。
「あら、自分のこと思い出しちゃったのね」
「ナンノコトデショウカ」
 小坂さんが親指を上げた。
「はい、オッケー。いいのが撮れたよ」
 カメラの画像を一万田さんのパソコンに移してみんなで確認する。
「ウホすげえ情熱的」
「あたしも見つめられたいわ」
「ねえ、柏井さん、私と写真撮って」
 女子が群がってスマホが並ぶ。
「あの、お姫様抱っこしてもらえないかな?」
 他の女子が割って入る。
「あんたなんか重いからムリに決まってんじゃん」
「うっせー、あんたもだろ」
「じゃあ、柏井さん椅子に座って、あたしを膝の上に載せて」
 いいよと優しく抱き寄せる。柏井さん、紳士だ。
「ずるい、あたしも」
 みんなが殺到して大騒ぎだ。
 スマホのシャッター音が鳴り響く中で、遠野と小坂さんは一万田さんのパソコンをのぞき込んで真剣に画像を検討している。
「これピン甘いね」
「これは影が入ってる」
「こっちにフィルターかけるとこんな感じ」
 スマホの撮影会が終わって教室が落ち着いたところで、柏井さんが背伸びをしながら黄瀬川さんのドレス姿を見つめていた。男前な視線で、ちょっと嫉妬してしまう。
「柏井さん、お疲れさま」
 黄瀬川さんの言葉に、目を見つめてほほえみかける。
「けっこう疲れちゃったよ」
「大丈夫?」
「私、中学の時からバスケやって急に背が伸びちゃってね。背骨が痛くて医者に通ってるんだ」
 それは知らなかったな。
「やばいじゃん。大丈夫?」
 僕が尋ねると、腰に手をやって背筋を伸ばす。
「うん、ちょっと腰痛いや。でも、みんな喜んでくれたからよかったよ」
 男前すぎるよ。でも、柏井さんが意外なことを言った。
「私、本当はさ、乙女になりたいのよ。背が高いってだけで男みたいに言われて、イヤになっちゃう」
「ああ、そうなんだ」
 黄瀬川さんが柏井さんの手を握って微笑む。
「ね、このドレス着てみない?」
「え、いいの?」
 柏井さんが見せたことのない笑顔でドレスを見つめている。
 美来も話を聞きつけてそばにきた。
「じゃあさ、被服室で着替えてこようよ」
 三人は教室を出ていった。
 僕は小坂さんにセットを片づけないで待っててくれるように頼んだ。
 ジェーン・グレイの衣装を着た柏井さんが戻ってくると、教室内がまた大騒ぎになった。
「ケースケくん、お姫様抱っこしてあげなよ」
 黄瀬川さんが無邪気に言う。
 柏井さん、僕より背が高いのに?
 嫌だと言っては失礼なので、僕は柏井さんの膝と背中に手を回してお姫様抱っこしてみたけど、倒れそうになってしまった。
「うわ、これ相手をこっちに引き寄せて密着しないと上がらないんだね」
 柏井さんも僕の首に手を回してしがみつく。よいしょっと、なんとか持ち上がった。
「わあ、夢みたい。ありがとう。この体勢からだと、滝沢君もイケメンに見えるよ」
 黄瀬川さんが笑っている。
 小坂さんがカメラを向けると柏井さんがいい笑顔を向ける。重いけど、耐えなくちゃ。脚が震えて全然大丈夫じゃない。
「滝沢君、大丈夫? 汗かいてるよ」
「まあ、滝沢なんで、大丈夫だよ」
「ありがとう。一生の思い出にするね」
 いや、そんなたいしたもんじゃないですから。こちらこそ、イケメンでなくてすみませんね。
 柏井姫を下ろして腰をさすりながら僕は遠野に言った。
「遠野もやってみろよ」
「遠慮しておくよ」
「やってみろって。将来の練習になるだろ」
「なんだよ、将来って」
 柏井さんが間に入る。
「やめて、私のために争わないで」
 みんなが大笑いした。柏井さんもお約束のセリフを言えて満足そうだ。
 遠野が照れながら柏井さんを抱っこする。熊みたいなやつだから僕よりしっかり抱きかかえている。首にしがみつく柏井さんを左右に振り回すサービスぶりだ。
「わ、滝沢君より、こっちの方が乗り心地がいいや」
「乗り心地って、俺はカボチャの馬車じゃないよ」
 小坂さんがカメラを向ける。
 ふと見ると、美来がうらやましそうに遠野を見ている。おまえもやってもらえよ。
 僕の視線に気づいて、目をそらす。
「なによ、こっち見んな」
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