上 下
1 / 5

1

しおりを挟む
 自室で書き物をしているときだった。数回のノックののちに、女中が顔をのぞかせる。

「修二さまがお見えになっています」
「……修二さん?」

 修二と言うのは、俺の婚約者の弟だ。
 約束もなしに来るなんて迷惑だが、円滑な結婚のためには愛想よくしなくてはなるまい。

「応接室に通しておけ。すぐ行く」


「お待たせしました」

 書き物を終わらせて応接室に向かうと、修二は紅茶を飲みながら待っていた。
 姉の婚約者の家だというのに、ソファーに足を組んで座ってやがる。
 足がくっそ長くて顔がいいのも腹が立つ。

(結婚さえしたら、こんな生意気な態度できないように、教育してやるからな!)

 そんな感情はおくびにも顔に出さず、俺も向かいに座った。

「いえ。それほど待っておりません。紅茶も美味しくいただいてましたし。お約束もなしに申し訳ありません」
「まぁ、たまたま家にいてよかったですよ。予定が詰まっていることのほうが多いので。はっはっはっ」

 言外に、というかはっきり言っている気もするが、『こちとら忙しいんだよ!』と訴えかける。

「ところでご用向きは?」

 まさか姉の婚約者と仲良くお茶を飲みたかったわけでもあるまい。
 何度か顔を合わせたこともあるが、別に親しくはない。というかそんなに話したことはない。
 修二はにっこりと胡散臭い笑顔を浮かべた。

「姉との婚約を破棄してください」
「婚約破棄……ですか?」

 修二の申し出に、俺は思わず茫然とした。
 彼の申し出を受け入れるのならば、こいつは婚約者の弟になるんだな。
 双方ともに利のある納得した婚約で、もうすぐ式をあげるところだったのだが。
 こんな申し出をされるのなら、お茶なんか出させるのではなかった。

「はい。そう言いましたよ。正人さん」
「冗談にしては笑えないですね」

 今さら婚約破棄するのは影響が大きすぎる。
 というか、

「どうしてあなたが? 理由は置いておいてもし本当に婚約破棄するのなら、ご両親が来られるのが筋でしょう」
「僕が伺った理由はあとでお話しますよ。単刀直入に言いますが、代わりに僕と婚約してください。そしたら家のつながりがなくならないでしょう」
「……は?」

 何を言っているのだろう。
 見た目は完全に男だが、弟ではなく妹だっただろうか?
 顔立ちは姉に似て端正だが……。
 一瞬困惑したが、いや、やっぱり弟だったはずだ。のどや骨格の作りは、完全に男だ。

「……おっしゃっている意味が分かりません。あなたに子供は産めないでしょう? 俺にも当然産めません」

 後継ぎが産めないのに、婚約も何もない。
 それ以前に男同士で結婚なんかできるはずがない。こいつ頭いかれてるのか?

「子供のことはあとでどうにでもなりますよ。まずは家同士のつながりを強固にすることが大事でしょう。
 これは譲歩ですよ? 慰謝料払わされた上、お父上に見放されたくないでしょう?」
「婚約破棄を言いだしてきたのはそちらなのに、なぜ俺が慰謝料を払わなくてはならないんですか」
。見覚えあるでしょう?」

 修二は、懐からとりだしたものを、俺の目の前でひらひらさせた。

「それは……!」

 一瞬でそれが何か分かった。
 女の子たちに出した恋文だ。婚約者がある身でそのようなことをしたことが分かれば、確かに俺のほうが分が悪い。かすめ取ろうとしたところを、一瞬でひっこめられる。

「おっと」

 修二は再びそれを自分の懐にしまった。

「なぜあなたがそれを……!」

 女の子たちからどうにかして入手したのだろう。
 ぎりぎりとにらみつけると、修二はせせら笑った。なぜか俺の隣に座りこむ。

「僕が持っている理由を知ったところで今さらだ。大事なのはこれからどうするかじゃないですか。ああ、もっと重大な証拠もありますからね? あなたの不貞を裏付ける」
「何が……目的だ」
「穏便にすませたいだけです。ねぇ、これは契約ですよ。僕とあなたとの」

 修二はくいっと俺のあごを持ち上げた。
 顔が、近い。
 見栄えがいいから不快ではないが、男とこの距離に近づくのは初めてだ。

「いいだろう」

 修二の目的は分からないが、証拠を握られている以上、こいつの要求を呑むしかない。
 そして、隙を見て奪う。それしかない。

「成立ですね」

 俺の唇に、修二のそれが触れた。
 
 ちゅ、ちゅ。
 静かな部屋の中で聞こえるのは、唇の触れ合う音と、衣擦れの音だけだ。

(! キスなんか、男も女も一緒だ!)

 これは男じゃなく女だ。
 目をつぶった俺は必死に念じた。
 だけれど力強いキスは、オレが交わしてきた女性たちのそれとは違っていた。
 上唇と下唇を交互に甘噛みされていたが、唇の間に生ぬるい、にゅるりとしたものが滑り込んだ。
 
(うげ……舌だ)

 嫌がらせで舌までいれるか?
 普通!
 背筋がぞわりと泡立つ。

「ふ……んっ」

 やられっぱなしでは腹が立つので、俺も彼のものに絡ませた。
 すっと修二に腰のあたりを抱き寄せられる。
 彼の舌に吸い付き、側面をなぞる。
 もし人に見られていたら、情熱的な恋人同士のように見えただろう。
 
「あ……」
(やばい)

 覚えのある感覚に、俺はもぞもぞと落ち着かずに足を動かした。

「もう……いいだろっ」

 俺は修二の胸を押して、無理やりキスを終わらせた。

「ふふ。あなたもやる気があるみたいで嬉しいですよ」
「うるせぇ。もういいだろ、帰れ」

 ふい、と俺はそっぽを向いた。

「ええ、帰りますよ。今日はね」

 とっとと帰れ!
 そしたら、さっさとこれを処理して……。
 修二が俺の耳元に唇を寄せてささやいた。

「そうなるくらい感じてくれて嬉しいですよ。本当は僕が処理したいところだけど、今日は止めておきます。この後用事もあるので」

 ぼっと頬が熱くなるのが分かった。
 バレてた。

「もう、いいから帰れ!」

 クッションを投げつけると、修二はくすくすと笑いながら部屋から出て行った。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 前話 【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

ゆうべには白骨となる

戸村井 美夜
キャラ文芸
誰も知らない「お葬式の裏側」と「日常の謎」を題材とした推理小説の二本立て。 どちらからお読み頂いても大丈夫です。 【ゆうべには白骨となる】(長編) 宮田誠人が血相を変えて事務所に飛び込んできたのは、暖かい春の陽射しが眠気を誘う昼下がりの午後のことであった(本文より)――とある葬儀社の新入社員が霊安室で目撃した衝撃の光景とは? 【陽だまりを抱いて眠る】(短編) ある日突然、私のもとに掛かってきた一本の電話――その「報せ」は、代わり映えのない私の日常を、一変させるものだった。 誰にでも起こりうるのに、それでいて、人生で何度と経験しない稀有な出来事。戸惑う私の胸中には、母への複雑な想いと、とある思惑が絶え間なく渦巻いていた―― ご感想などお聞かせ頂ければ幸いです。 どうぞお気軽にお声かけくださいませ。

聖女(仮)~名ばかりの召喚聖女は退職金でスローライフを目指します~

ケロ王
ファンタジー
ブラック企業に勤める二階堂悠里は、ある日会社帰りにトラックに轢かれたことで、神様に会うことになった。 とても運が悪い彼は、しかし、同時にとても身体が頑丈だった。そのため、トラックに轢かれたにも関わらず死んだわけではなかった。 それじゃあ、なぜ神様に呼ばれたかと言えば……。 「二階堂悠里よ。お前は聖女として異世界グロウワーズに行くのだ」 それは異世界からの聖女召喚に選ばれたせいだった。男なのに女にされて異世界へと送られた彼に与えられた特典は『聖女(称号)』のみ。 名ばかり聖女とされた悠里は、平穏無事に聖女を辞めて、退職金でスローライフな余生を目指す。 しかし、大司教であるロベルトや王太子であるカイルをはじめ多くの人たちから何故か絡まれるようになってしまう。 聖女ユーリは彼らの魔の手をくぐりぬけ、無事に退職金を手にしてスローライフを送ることができるのだろうか? ※なろう、カクヨム、アルファポリス、ハーメルンにて投稿(予定)しております。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

転生皇太子は、虐待され生命力を奪われた聖女を救い溺愛する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

処理中です...