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二章 スピード婚と結婚生活

馬車の中で

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 馬車の中でも、手は繋いだままだった。
 聖堂を出てから、アンセル様も私も、まったく口を開いていない。
 アンセル様は繋いだままで平気なのかな。もう神父様の前ではないのだし、手を繋ぐ必要はないのに。
 こっそりその横顔を盗み見たけれど、いつも通りの平然とした顔で、表情は読み取れなかった。
 繋いだ手がやけに熱くて、緊張した。
 気になると余計緊張してきて、でも振りほどくのも申し訳ない気がして、私は気を紛らわすために話をすることにした。
 アンセル様に「家のために結婚した」とはっきり言われて、なんだか気まずかったのだけれど。このままずっと話をしないというわけにもいかないし。

「私が結婚の申し入れに来たとき、『初めまして』とご挨拶したのですが、本当はあの時が初対面ではないのです、覚えていらっしゃいますか?」
 多分覚えていないだろうな、と思いながら私が何気なく口を開くと、アンセル様の反応は私の予想と全く違っていた。

「………プリシラ……!?」
 驚愕、というのがこれほどふさわしい表情はないだろう。
 アンセル様は険しい顔を近づけてきて、怖いほどだった。
 手を離して、私の両肩を掴んだ。ぎりぎりと指が食い込んで、痛い。
 その反応に戸惑いながら、
「あ、アンセル様。肩、い、痛いです」
「……ああ。すまない」

 恐る恐る言うと、アンセル様はぱっと肩から手を離してくれた。また私の手を握る。
 握る必要ないと思うけれど……。
 疑問に思いつつ、私は言葉を続ける。
 
「私たちお会いしているんです。この聖堂で」
「聖、堂……?ああ……」
 アンセル様は私の言葉に目を見開くと、嘆息した。どこかがっかりしたように。安心したように。
 その時のことは覚えていらっしゃるみたいだけど、まるで、聖堂で会ったことが私たちの初対面ではない、とでもいうような反応だった。
「父の知人の娘さんの結婚式でした。父の意向であまり外出しないようにしていましたので、久しぶりで……。
 参列者の席で、何気なく振り返ったら、アンセル様がいたんです。王子様みたいに綺麗な容姿だったので、よく覚えています。
 でも、アンセル様は覚えていらっしゃらないと思ってました。私は平凡な容姿ですし」
 その時のことを思い出しながら言うと、アンセル様も懐かしむような顔をした。

「王子様、ね……」

 その時のアンセル様の呟きは小さすぎて、私の耳には届かなかった。
「何ですか?」
 首を傾げると、アンセル様は繋いでいないほうの手で、私の髪を一房つかんだ。そこに口づけながら、私を見つめる。熱っぽい声で、

「忘れるはずがない。君のこの、美しい桃色の髪。アメジスト。声。一度見たら忘れるはずがない……」

 その目線に心臓まで射られるようで、私の心臓はぎゅっとなった。
 アンセル様に覚えていていただいて、嬉しい。
 一方で、
「声、ですか……?」

 その時、私とアンセル様は少しの間目を合わせただけだった。離れた場所にいたし、私の声を聞くことなどなかったと思うのだけれど……。

「ああ。声」
「私たち、あの時お話していませんよね?」
 私は首を傾げたけれど、アンセル様は結局馬車が屋敷に着くまでなんだかんだとはぐらかして教えてくださらなかった。
 
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