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一章 出会い編
彼女と僕の回想 出逢
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「どうしてこんなところにいるの?ケーキが嫌なら、サンドイッチもあるわよ?」
草陰に隠れていた僕を見つけたのは、彼女だった。
世界の光を全て集めたような、美しい髪を持つ少女。腰まで届くその髪に、僕は言葉を失って、見とれた。
彼女は慣れているのか、少し照れたような顔をして、だが自慢げに髪を少しつまんだ。
「綺麗でしょ?自慢なの」
髪があまりにも綺麗だったので、僕はバカみたいに、黙って頷くしかできなかった。
髪だけではない。
彼女はその姿全てが美しく、僕を惹きつけた。
紫色の瞳は、世の中の美しい物だけを映してきたように曇りなく、ひたすらに綺麗だ。穢れなど一度も映したことがないように。
不健康でない程度に白い肌は透き通るようで、頬はほんのりと紅を落としたようだ。唇は朝摘みの薔薇のようにみずみずしく赤い。
その頃の僕は病気がちで、普段は屋敷に引きこもりがちな生活を送っていた。
たまたまというか不運なことに(最も彼女に出会ったことはその日、いや今まで生きてきた不幸な出来事を全て帳消しにするほどの僥倖だが)その日は体調がすこぶるよく、父に無理やり参加させられた父の友人の主催するお茶会で、貴族の子息どもにからかわれ、すっかり嫌になっていた。
だから庭の隅で時間が過ぎるのを、ひっそりと待とうと思ったのだ。
にこにこ黙って彼女が見つめてくるので、僕は居たたまれなくなって口を開いた。
「いじめられるから。行きたくない」
「どんなふうに?」
彼女が首を傾げると、腰まである髪が、ゆっくりと肩から流れた。
「『お前は次男だから、爵位は受け継げない。何も持ってない』って」
「まぁ」
彼女が驚きで目を丸くした。
「何も持ってないってことは、何でも手に入るってことじゃない。爵位を受け継がないってことは、自由に何でもできるってことよ?
私だって女だけど、お父様の子供は私だけだから、好きには結婚もできないだろうし、……あなたがうらやましい」
次男であることを、「うらやましい」などと言われる日が来るとは思わなかった。彼女はお世辞などではなく、本心から言っているようだった。
あ、ちょっと待ってて」
言いおいて、彼女がしばらくして戻ってきた。
小さなトレーの上に、ティーカップが二つと、サンドイッチや菓子のもられたプレートが載っている。
「あなたが会場に行きたくないなら、二人でお茶会しましょ。私、プリシラ。あなたは?」
にこにこと満開の薔薇のような笑顔を浮かべ、彼女は名乗った。花のようで、彼女にぴったりの名前だと思った。
ごくっと息を飲んで、僕も名乗った。
「僕は、アンセル。アンセル・ド・パリスター」
★★★★
デザートのケーキを幸せそうにほおばるプリシラを眺めていると、
「私の顔に何かついていますか?」
不思議そうに瞬いて、首を傾げてきた。
窓から差し込んだ太陽の光で輝いた髪が、さらりと肩から流れる。僕の要望で、プリシラは屋敷の中では髪を下ろしたままにしている。
あまりに長く、不躾に見つめすぎていたのかもしれない。
「ああ、いや。なんでもない」
ずっと見ていたかったが、僕はプリシラから視線を外して、紅茶を口に含んだ。
プリシラはなおも不思議そうな顔をしているのが分かったが、それ以上何も言わなかった。
(僕はあの日のことも、君と過ごした日々も一度だって忘れたことはない。全部覚えている。
だけど、君は……プリシラは覚えていない)
覚悟は決めたはずなのに、忘れられているというのは想像以上に、辛い。
だが僕は、分かっていて近づいた。誓った。
一瞬沈みそうだった心に僕は鞭を打ち、心の中で小さく嘆息する。
プリシラが結婚の申し入れに来たとき交わした、誓いのキス。
あれは二人にとって、初めてではなかった。
確かに心が通じ合っていたとき、幾度か交わした。お互い幼かったため、プリシラがしてきたような、拙いキスを。
だから一瞬、あの頃を思い出した。
苦しみを伴うなら、過去は思い出さなくてもいい。
(僕のお姫様は手に入れた。君が覚えていなくたって、思い出さなくたって、別にかまわない。僕は全部覚えているから)
これからもう一度、僕らの関係を構築すればいい。
例え、僕の本当の気持ちを伝えられなくても。
草陰に隠れていた僕を見つけたのは、彼女だった。
世界の光を全て集めたような、美しい髪を持つ少女。腰まで届くその髪に、僕は言葉を失って、見とれた。
彼女は慣れているのか、少し照れたような顔をして、だが自慢げに髪を少しつまんだ。
「綺麗でしょ?自慢なの」
髪があまりにも綺麗だったので、僕はバカみたいに、黙って頷くしかできなかった。
髪だけではない。
彼女はその姿全てが美しく、僕を惹きつけた。
紫色の瞳は、世の中の美しい物だけを映してきたように曇りなく、ひたすらに綺麗だ。穢れなど一度も映したことがないように。
不健康でない程度に白い肌は透き通るようで、頬はほんのりと紅を落としたようだ。唇は朝摘みの薔薇のようにみずみずしく赤い。
その頃の僕は病気がちで、普段は屋敷に引きこもりがちな生活を送っていた。
たまたまというか不運なことに(最も彼女に出会ったことはその日、いや今まで生きてきた不幸な出来事を全て帳消しにするほどの僥倖だが)その日は体調がすこぶるよく、父に無理やり参加させられた父の友人の主催するお茶会で、貴族の子息どもにからかわれ、すっかり嫌になっていた。
だから庭の隅で時間が過ぎるのを、ひっそりと待とうと思ったのだ。
にこにこ黙って彼女が見つめてくるので、僕は居たたまれなくなって口を開いた。
「いじめられるから。行きたくない」
「どんなふうに?」
彼女が首を傾げると、腰まである髪が、ゆっくりと肩から流れた。
「『お前は次男だから、爵位は受け継げない。何も持ってない』って」
「まぁ」
彼女が驚きで目を丸くした。
「何も持ってないってことは、何でも手に入るってことじゃない。爵位を受け継がないってことは、自由に何でもできるってことよ?
私だって女だけど、お父様の子供は私だけだから、好きには結婚もできないだろうし、……あなたがうらやましい」
次男であることを、「うらやましい」などと言われる日が来るとは思わなかった。彼女はお世辞などではなく、本心から言っているようだった。
あ、ちょっと待ってて」
言いおいて、彼女がしばらくして戻ってきた。
小さなトレーの上に、ティーカップが二つと、サンドイッチや菓子のもられたプレートが載っている。
「あなたが会場に行きたくないなら、二人でお茶会しましょ。私、プリシラ。あなたは?」
にこにこと満開の薔薇のような笑顔を浮かべ、彼女は名乗った。花のようで、彼女にぴったりの名前だと思った。
ごくっと息を飲んで、僕も名乗った。
「僕は、アンセル。アンセル・ド・パリスター」
★★★★
デザートのケーキを幸せそうにほおばるプリシラを眺めていると、
「私の顔に何かついていますか?」
不思議そうに瞬いて、首を傾げてきた。
窓から差し込んだ太陽の光で輝いた髪が、さらりと肩から流れる。僕の要望で、プリシラは屋敷の中では髪を下ろしたままにしている。
あまりに長く、不躾に見つめすぎていたのかもしれない。
「ああ、いや。なんでもない」
ずっと見ていたかったが、僕はプリシラから視線を外して、紅茶を口に含んだ。
プリシラはなおも不思議そうな顔をしているのが分かったが、それ以上何も言わなかった。
(僕はあの日のことも、君と過ごした日々も一度だって忘れたことはない。全部覚えている。
だけど、君は……プリシラは覚えていない)
覚悟は決めたはずなのに、忘れられているというのは想像以上に、辛い。
だが僕は、分かっていて近づいた。誓った。
一瞬沈みそうだった心に僕は鞭を打ち、心の中で小さく嘆息する。
プリシラが結婚の申し入れに来たとき交わした、誓いのキス。
あれは二人にとって、初めてではなかった。
確かに心が通じ合っていたとき、幾度か交わした。お互い幼かったため、プリシラがしてきたような、拙いキスを。
だから一瞬、あの頃を思い出した。
苦しみを伴うなら、過去は思い出さなくてもいい。
(僕のお姫様は手に入れた。君が覚えていなくたって、思い出さなくたって、別にかまわない。僕は全部覚えているから)
これからもう一度、僕らの関係を構築すればいい。
例え、僕の本当の気持ちを伝えられなくても。
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