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第一話「城木」
1-2 彼女達を助けたくて
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(あっ、森野舞ちゃんだ…そう言えば私の電車より一本早いのに乗ってたんだっけ)
たまたま早起きした美果がいつもより早く駅にたどり着いたことで、駅のホームで電車に乗り込む前の舞に遭遇した。痴漢に遭遇する前にこのホームでその姿を見たのは初めてだった。
美果は驚きつつも彼女の並ぶその背後に静かに並んだ。時期的に考えて今日辺りに痴漢に遭うはずである。被害の後から彼女は学校へ来なくなるはずだ。つまり彼女はまだ痴漢にあっていない。ふと、痴漢に遭う前ならば彼女を助けられるのではないかと考えていた。美果は思わず彼女に声をかけた。
「あ、あの」
「はい?」
森野舞はくるりと振り返り返事をした。言葉を交わせたことに驚き、美果は思わず言葉に詰まりそうになったが慌てて話しかけた。
「前からその制服可愛いな、って思ってて、えっと、学校名聞いても、良いかな?」
まるで慣れないナンパをしているような気分である。美果は自分が述べた苦しい台詞に冷や汗をかきながら舞の返答を待った。声をかけられた舞は一瞬きょとん、とした表情を見せたがすぐにはにかんだ様な笑顔になった。
「中央高校だよ、私この制服が可愛かったから受験したんだ」
舞は同い年で高校一年生の美果に警戒心を抱かず、すぐさま打ち解けた。美果もこんなにも話の合う少女だとは思っていなかったため、新鮮さと驚きを感じながらすぐさま互が共通で持っているアプリのIDを交換した。気づけば二人は電車に乗り、舞は痴漢に遭わず自分の目的の駅で降りていった。美果も次の駅で何を目撃することもなく無事に電車を降りたのだった。駅を出て、心臓が興奮に高鳴るのを感じていた。
(出来るかもしれない…行為が始まる前に女の人達に接触すれば、もしかしたらほかの人も助けられるかもしれない!)
喜びのあまりスマートフォンを握り締めて涙ぐんでいるその後ろ姿を、痴漢目的で森野舞を見張っていた城木が見つめていることに美果はまったく気づかなかった。
***
クラスメイトの一人である立岡夕美が思案顔なのを見て、美果はぴんときた。以前の彼女なら気付かなかったか、または手を出さずに見て見ぬふりをしていたが、今回の美果は意を決して夕美の相談役に名乗り出た。
「実はね、あんまり好きじゃない先輩に告られてさ」
夕美は顔をしかめて切り出した。告白してきた相手について、顔は悪くないが自己中心的な考え方の一つ上の先輩で、どうしても好きになれず以前二度も交際を断ったのだという。にも関わらず三度目のアプローチをされて、断るのがしんどいと嘆いていた。美果は彼女の手を掴み、心底心配してみせた。
「もう関わらない方がいいよ、今度こそこれが最後ってきっぱりと言ってさ…て言うか私もついてくよ」
「いいの?」
夕美は心底ホッとした表情だった。美果は大きく頷いた。彼女を一人で行かせるとどうなるか、美果はよく知っていた。同じ事にならないようにするには夕美の性格からして告白を無視することはできないので、再び呼び出された場所に赴いて断るしかない。そのまま事件が起こってしまうのを阻止するには美果がついて行くより他になかった。
二人は指定されていた体育倉庫の中へと足を踏み入れていた。中で待っていた一学年上の男子生徒は、美果を見て驚いたと同時にひどく不機嫌になった。夕美は友人を連れてきたことは申し訳ないと謝り、「何度告白されてもやはり気持ちは受け取れない」とはっきりと断ると頭を下げて美果の手を握り体育倉庫を出た。後に残された上級生の険しい視線が背中に突き刺さるのを感じつつも、美果はまた一人救えたことに喜んでいた。
それから数日後。
今度は美術の教師黒部聡子が体育教師の倉島の車に強引に乗るように誘われているのを目撃した。美果は美術の黒部聡子の肩を叩き、大した興味もない絵画について質問があると声をかけたのだった。いつもは爽やかに笑う体育教諭の倉島が明らかにムッとした表情を見せたのは一瞬だった。
「そうか、笹野が絵画に興味があったなんてな…」
と、どこか含みのある響きで美果をちらりと一瞥し、すぐさまいつもの優しそうな表情に戻ると彼は黒部に笑いかけた。
「では、今日はこれで失礼します黒部先生」
「は、はい、倉島先生、お疲れ様でした」
明らかに胸をなでおろして黒部が、去っていく倉島の車を見送る。その車が右折して見えなくなってから黒部は美果を振り向いた。
「…ありがとね、笹野さん」
小声で礼を言ってから、黒部は気持ちを切り替えたように張り切った顔を向けた。
「それで、どんな絵画のことが知りたいの?」
「え、えーとですね」
美果は安堵しながらも、その後大して絵画を知らない事を白状させられた。呆れた黒部は「そうだ、じゃあ今度一緒に見に行きましょう」と言って課外授業の名目で一緒に美術館へ行く約束をしたのだった。
***
その後も美果は活発に動きまわった。
宮間早織と言う三年生の女子生徒が万引きを理由に弱みを握られ援交をさせられそうになるのを防ぎ、伊川愛海が喧嘩別れした元彼の復讐で拉致され輪姦されそうになるのをどうにかこうにか事前に防ぎ、彼女たちとそれぞれ交流を持つようになった。
そうして美果の周りでは何も起こらない平和な日常が続いた。ひどい目に遭う運命だった女性達を事前に助ける事で心を痛めない日々を手に入れた事に幸せをかみしめていたある日、美果は悪夢を見た。
あの目出し帽の変質者が現れ激しく犯されるという悪夢である。
そして夢の最後には首を絞められ殺されてしまうのだ。その夢を見る度に悲鳴を上げて目を覚ますが、それは夢であり時間は元に戻ってはいなかった。それに気づいて安心しつつも、家中の戸締りを確認してからでないと寝付けなかった。
美果は最終的に自分に降りかかる最大の難関をこの調子で上手く乗り越えてみせる、と恐怖を押しのけて強く自分に言い聞かせた。
***
その日、美果は父親におねだりして買ってもらった新品のワンピースを来て待ち合わせの場所に立っていた。
「ごめん美果ちゃん、待った?」
「ま、待ってないです!」
「良かった、じゃあ今日はいっぱい遊ぼう」
「はい!」
美果との待ち合わせ時刻の五分前に現れた青年の名前は時村翔。二十歳の大学生である。
翔は細身だが身体はよく鍛えていて背も高く、流行りの髪型や服装をセンスよく取り入れるモデル顔負けの美青年だった。
歩き始めてすぐに時村はそっと手を差し出した。
「手、繋ぎたいんだけど…駄目かな?」
「だ、ダメじゃないです!」
美果の返事に時村は嬉しそうに笑い、そっと彼女の片手を握った。
「美果ちゃんは可愛いからさ、手をつないでないと危ないじゃん?」
少しはにかみながらそんな事を言ってぎゅっと美果の手を握る時村。
「うっ!!!」
「え、どうしたの!?」
美果は思わず胸を押さえて目をつむった。供給過多である。美果は彼の尊さと眩しさに心臓が止まりそうなほど胸を高鳴らせて「大丈夫、です」と息を乱しながらも手を握り返したのだった。
(まさか、こんな素敵な人とデートできる何て…夢みたい)
そう、美果に人生初の彼氏が出来たのである。
(その上優しくて、気遣いが上手くて、話し上手の聞き上手で、頭も良くて私の宿題もすごく分かりやすく教えてくれるし、料理も上手で、映画の知識も豊富で、話も面白くて、人脈も広くて、何よりこの王子様みたいなルックスと柔和な笑顔で見つめられたらもう、もうっ、最高の彼氏!!!!)
彼がハイスペックなのは美果の贔屓目ではなく事実だった。
時村は親に負担をかけたくないと猛勉強の末に大学入試で非常に優秀な成績を収め、見事に医大に現役合格した特待生である。
誰とでもすぐに打ち解けるコミュニケーション力の高さ、困難な状況下でも他者が思いもしない解決策を閃く優秀さ、そしてモデルとしても生計を建てられそうな整った顔立ち。そこまでの強力な武器を兼ね揃えているにも関わらず、彼はごく普通の女子高生である美果に告白し、それ以降は彼女を溺愛していた。
美果が夢中になるのも仕方ないだろう。
そんな二人の出会いはというと。
ひと月前から森野舞と同じ電車に乗ることにした為、美果は以前よりも早い時間の電車に乗るようになった。
すると同じ車両に乗っていた時村を美果は見つけた。
(凄いイケメン、モデルみたい)
思わず目で追っていると、時村も視線に気付いたのか目が合った。
(うわ、目が合っちゃった、見てたのばれる!)
慌てて目を逸らそうとした美果に、時村は優しく微笑んだ。その笑顔に胸を射抜かれ、美果は毎朝のように時村を見かけては目で追うようになった。
そして奇跡としか言い様のないことだが、何と時村の方から声をかけてきたのである。心の底から驚きつつも美果は二つ返事で時村と連絡先を交換し、数日後には交際が始まったのである。
(もしかして、舞ちゃんを助けたから神様がご褒美として翔さんと巡り逢わせてくれたのかな?)
散々酷い男たちばかりを見てきたせいでこの世界に不信感ばかりを募らせていた美果だったが、この奇跡のような出会いには大いに感謝していた。
そして二人が付き合いだしてひと月後には、翔のやや強引なアプローチの末に身体を重ねるまでになっていた。美果はまだ早いと感じてはいたが、翔に求められるならばと恐々ながらも身をゆだねた。その甲斐もあって二人の仲は更に深まり幸せな時が流れたのだった。
***
しかし全てが上手くいっていると思っていた美果の身に、まるでツケが回ってきたとでも言うような悪夢が始まろうとしていた。
それは朝の駅のホームで乗り換えの電車を待っている時だった。
「あれ、舞ちゃん居ないなあ」
いつもならば舞がすでにいるはずなのだが、辺りを見回しても今日はその姿が見えない。その時メールが届いているのに気がついた。舞から届いたそのメッセージには今日は体調が悪いから学校を休むと言う内容が書かれていた。同じ電車での僅かなひと時を一緒にいられる友人なので残念だと思いつつ、美果は一人で電車に乗った。
いつも混雑するため後ろから思い切り押される前にと、美果は一番奥のしばらく開かない扉の前までさっと歩み寄りホッと息をついた。
(舞ちゃんは明日は来れるかな、すぐ治るといいけど)
そんなことを考えていた美果はふと、背後でモゾモゾと動く気配があることに気がついた。誰かの手の甲がスカートの上からこちらの太ももに当たっているようだった。美果は眉をひそめて目の前の扉にもっと体を寄せた。隙間を作ったつもりだったが、手は更にぴったりと張り付いてくるようだった。
まさか、と美果は腰を動かし位置をずらしてみるが手の感触はついてくる。以前森野舞が痴漢に遭っていた光景を思い出し、ゾッとして次の駅で電車を降りようと反対側の扉まで移動するため足を踏み出そうとした。しかしそれよりも早く背後の人物は美果の肩を痛い程の力で掴みその場に押さえつけた。顔だけどうにか振り返ると背広を着た男が立っており、その顔には見覚えがあった。
(いつも舞ちゃんを襲ってた痴漢だ!)
逃げようとする美果に痴漢の男…城木は折りたたみナイフを突きつけた。
「逃げようとしたら刺す、抵抗するな」
「…っ」
美果は目を見開いて驚いた。
繰り返されるこの世界で今までに何度も舞を痴漢している男だが、刃物で脅すことなど一度も無かった筈である。しかし、それは舞が激しい抵抗を見せず逃げることもできなかったがために刃物を見せる事もなかっただけのようだ。美果は脇腹に押し当てられた刃物の感触に鳥肌を立て、踏み出しかけた足を元の場所に戻した。
「…いい子だ、そのままじっとしてろ」
美果はギュッと足を閉じ身を固くして扉に出来るだけ身体を密着させた。城木はニヤついた笑みを見せるとゆっくりと背後から美果に覆いかぶさった。傍から見るとまで仲の良いカップルのようだった。しかし城木の股間の硬く膨らんだものは制服のスカートの上からグリグリと尻の割れ目に押し付けられ、片手はブラウスの中に潜り込み胸を掴み、もう片方の手はスカートの中に伸ばされた。
たまたま早起きした美果がいつもより早く駅にたどり着いたことで、駅のホームで電車に乗り込む前の舞に遭遇した。痴漢に遭遇する前にこのホームでその姿を見たのは初めてだった。
美果は驚きつつも彼女の並ぶその背後に静かに並んだ。時期的に考えて今日辺りに痴漢に遭うはずである。被害の後から彼女は学校へ来なくなるはずだ。つまり彼女はまだ痴漢にあっていない。ふと、痴漢に遭う前ならば彼女を助けられるのではないかと考えていた。美果は思わず彼女に声をかけた。
「あ、あの」
「はい?」
森野舞はくるりと振り返り返事をした。言葉を交わせたことに驚き、美果は思わず言葉に詰まりそうになったが慌てて話しかけた。
「前からその制服可愛いな、って思ってて、えっと、学校名聞いても、良いかな?」
まるで慣れないナンパをしているような気分である。美果は自分が述べた苦しい台詞に冷や汗をかきながら舞の返答を待った。声をかけられた舞は一瞬きょとん、とした表情を見せたがすぐにはにかんだ様な笑顔になった。
「中央高校だよ、私この制服が可愛かったから受験したんだ」
舞は同い年で高校一年生の美果に警戒心を抱かず、すぐさま打ち解けた。美果もこんなにも話の合う少女だとは思っていなかったため、新鮮さと驚きを感じながらすぐさま互が共通で持っているアプリのIDを交換した。気づけば二人は電車に乗り、舞は痴漢に遭わず自分の目的の駅で降りていった。美果も次の駅で何を目撃することもなく無事に電車を降りたのだった。駅を出て、心臓が興奮に高鳴るのを感じていた。
(出来るかもしれない…行為が始まる前に女の人達に接触すれば、もしかしたらほかの人も助けられるかもしれない!)
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***
クラスメイトの一人である立岡夕美が思案顔なのを見て、美果はぴんときた。以前の彼女なら気付かなかったか、または手を出さずに見て見ぬふりをしていたが、今回の美果は意を決して夕美の相談役に名乗り出た。
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夕美は顔をしかめて切り出した。告白してきた相手について、顔は悪くないが自己中心的な考え方の一つ上の先輩で、どうしても好きになれず以前二度も交際を断ったのだという。にも関わらず三度目のアプローチをされて、断るのがしんどいと嘆いていた。美果は彼女の手を掴み、心底心配してみせた。
「もう関わらない方がいいよ、今度こそこれが最後ってきっぱりと言ってさ…て言うか私もついてくよ」
「いいの?」
夕美は心底ホッとした表情だった。美果は大きく頷いた。彼女を一人で行かせるとどうなるか、美果はよく知っていた。同じ事にならないようにするには夕美の性格からして告白を無視することはできないので、再び呼び出された場所に赴いて断るしかない。そのまま事件が起こってしまうのを阻止するには美果がついて行くより他になかった。
二人は指定されていた体育倉庫の中へと足を踏み入れていた。中で待っていた一学年上の男子生徒は、美果を見て驚いたと同時にひどく不機嫌になった。夕美は友人を連れてきたことは申し訳ないと謝り、「何度告白されてもやはり気持ちは受け取れない」とはっきりと断ると頭を下げて美果の手を握り体育倉庫を出た。後に残された上級生の険しい視線が背中に突き刺さるのを感じつつも、美果はまた一人救えたことに喜んでいた。
それから数日後。
今度は美術の教師黒部聡子が体育教師の倉島の車に強引に乗るように誘われているのを目撃した。美果は美術の黒部聡子の肩を叩き、大した興味もない絵画について質問があると声をかけたのだった。いつもは爽やかに笑う体育教諭の倉島が明らかにムッとした表情を見せたのは一瞬だった。
「そうか、笹野が絵画に興味があったなんてな…」
と、どこか含みのある響きで美果をちらりと一瞥し、すぐさまいつもの優しそうな表情に戻ると彼は黒部に笑いかけた。
「では、今日はこれで失礼します黒部先生」
「は、はい、倉島先生、お疲れ様でした」
明らかに胸をなでおろして黒部が、去っていく倉島の車を見送る。その車が右折して見えなくなってから黒部は美果を振り向いた。
「…ありがとね、笹野さん」
小声で礼を言ってから、黒部は気持ちを切り替えたように張り切った顔を向けた。
「それで、どんな絵画のことが知りたいの?」
「え、えーとですね」
美果は安堵しながらも、その後大して絵画を知らない事を白状させられた。呆れた黒部は「そうだ、じゃあ今度一緒に見に行きましょう」と言って課外授業の名目で一緒に美術館へ行く約束をしたのだった。
***
その後も美果は活発に動きまわった。
宮間早織と言う三年生の女子生徒が万引きを理由に弱みを握られ援交をさせられそうになるのを防ぎ、伊川愛海が喧嘩別れした元彼の復讐で拉致され輪姦されそうになるのをどうにかこうにか事前に防ぎ、彼女たちとそれぞれ交流を持つようになった。
そうして美果の周りでは何も起こらない平和な日常が続いた。ひどい目に遭う運命だった女性達を事前に助ける事で心を痛めない日々を手に入れた事に幸せをかみしめていたある日、美果は悪夢を見た。
あの目出し帽の変質者が現れ激しく犯されるという悪夢である。
そして夢の最後には首を絞められ殺されてしまうのだ。その夢を見る度に悲鳴を上げて目を覚ますが、それは夢であり時間は元に戻ってはいなかった。それに気づいて安心しつつも、家中の戸締りを確認してからでないと寝付けなかった。
美果は最終的に自分に降りかかる最大の難関をこの調子で上手く乗り越えてみせる、と恐怖を押しのけて強く自分に言い聞かせた。
***
その日、美果は父親におねだりして買ってもらった新品のワンピースを来て待ち合わせの場所に立っていた。
「ごめん美果ちゃん、待った?」
「ま、待ってないです!」
「良かった、じゃあ今日はいっぱい遊ぼう」
「はい!」
美果との待ち合わせ時刻の五分前に現れた青年の名前は時村翔。二十歳の大学生である。
翔は細身だが身体はよく鍛えていて背も高く、流行りの髪型や服装をセンスよく取り入れるモデル顔負けの美青年だった。
歩き始めてすぐに時村はそっと手を差し出した。
「手、繋ぎたいんだけど…駄目かな?」
「だ、ダメじゃないです!」
美果の返事に時村は嬉しそうに笑い、そっと彼女の片手を握った。
「美果ちゃんは可愛いからさ、手をつないでないと危ないじゃん?」
少しはにかみながらそんな事を言ってぎゅっと美果の手を握る時村。
「うっ!!!」
「え、どうしたの!?」
美果は思わず胸を押さえて目をつむった。供給過多である。美果は彼の尊さと眩しさに心臓が止まりそうなほど胸を高鳴らせて「大丈夫、です」と息を乱しながらも手を握り返したのだった。
(まさか、こんな素敵な人とデートできる何て…夢みたい)
そう、美果に人生初の彼氏が出来たのである。
(その上優しくて、気遣いが上手くて、話し上手の聞き上手で、頭も良くて私の宿題もすごく分かりやすく教えてくれるし、料理も上手で、映画の知識も豊富で、話も面白くて、人脈も広くて、何よりこの王子様みたいなルックスと柔和な笑顔で見つめられたらもう、もうっ、最高の彼氏!!!!)
彼がハイスペックなのは美果の贔屓目ではなく事実だった。
時村は親に負担をかけたくないと猛勉強の末に大学入試で非常に優秀な成績を収め、見事に医大に現役合格した特待生である。
誰とでもすぐに打ち解けるコミュニケーション力の高さ、困難な状況下でも他者が思いもしない解決策を閃く優秀さ、そしてモデルとしても生計を建てられそうな整った顔立ち。そこまでの強力な武器を兼ね揃えているにも関わらず、彼はごく普通の女子高生である美果に告白し、それ以降は彼女を溺愛していた。
美果が夢中になるのも仕方ないだろう。
そんな二人の出会いはというと。
ひと月前から森野舞と同じ電車に乗ることにした為、美果は以前よりも早い時間の電車に乗るようになった。
すると同じ車両に乗っていた時村を美果は見つけた。
(凄いイケメン、モデルみたい)
思わず目で追っていると、時村も視線に気付いたのか目が合った。
(うわ、目が合っちゃった、見てたのばれる!)
慌てて目を逸らそうとした美果に、時村は優しく微笑んだ。その笑顔に胸を射抜かれ、美果は毎朝のように時村を見かけては目で追うようになった。
そして奇跡としか言い様のないことだが、何と時村の方から声をかけてきたのである。心の底から驚きつつも美果は二つ返事で時村と連絡先を交換し、数日後には交際が始まったのである。
(もしかして、舞ちゃんを助けたから神様がご褒美として翔さんと巡り逢わせてくれたのかな?)
散々酷い男たちばかりを見てきたせいでこの世界に不信感ばかりを募らせていた美果だったが、この奇跡のような出会いには大いに感謝していた。
そして二人が付き合いだしてひと月後には、翔のやや強引なアプローチの末に身体を重ねるまでになっていた。美果はまだ早いと感じてはいたが、翔に求められるならばと恐々ながらも身をゆだねた。その甲斐もあって二人の仲は更に深まり幸せな時が流れたのだった。
***
しかし全てが上手くいっていると思っていた美果の身に、まるでツケが回ってきたとでも言うような悪夢が始まろうとしていた。
それは朝の駅のホームで乗り換えの電車を待っている時だった。
「あれ、舞ちゃん居ないなあ」
いつもならば舞がすでにいるはずなのだが、辺りを見回しても今日はその姿が見えない。その時メールが届いているのに気がついた。舞から届いたそのメッセージには今日は体調が悪いから学校を休むと言う内容が書かれていた。同じ電車での僅かなひと時を一緒にいられる友人なので残念だと思いつつ、美果は一人で電車に乗った。
いつも混雑するため後ろから思い切り押される前にと、美果は一番奥のしばらく開かない扉の前までさっと歩み寄りホッと息をついた。
(舞ちゃんは明日は来れるかな、すぐ治るといいけど)
そんなことを考えていた美果はふと、背後でモゾモゾと動く気配があることに気がついた。誰かの手の甲がスカートの上からこちらの太ももに当たっているようだった。美果は眉をひそめて目の前の扉にもっと体を寄せた。隙間を作ったつもりだったが、手は更にぴったりと張り付いてくるようだった。
まさか、と美果は腰を動かし位置をずらしてみるが手の感触はついてくる。以前森野舞が痴漢に遭っていた光景を思い出し、ゾッとして次の駅で電車を降りようと反対側の扉まで移動するため足を踏み出そうとした。しかしそれよりも早く背後の人物は美果の肩を痛い程の力で掴みその場に押さえつけた。顔だけどうにか振り返ると背広を着た男が立っており、その顔には見覚えがあった。
(いつも舞ちゃんを襲ってた痴漢だ!)
逃げようとする美果に痴漢の男…城木は折りたたみナイフを突きつけた。
「逃げようとしたら刺す、抵抗するな」
「…っ」
美果は目を見開いて驚いた。
繰り返されるこの世界で今までに何度も舞を痴漢している男だが、刃物で脅すことなど一度も無かった筈である。しかし、それは舞が激しい抵抗を見せず逃げることもできなかったがために刃物を見せる事もなかっただけのようだ。美果は脇腹に押し当てられた刃物の感触に鳥肌を立て、踏み出しかけた足を元の場所に戻した。
「…いい子だ、そのままじっとしてろ」
美果はギュッと足を閉じ身を固くして扉に出来るだけ身体を密着させた。城木はニヤついた笑みを見せるとゆっくりと背後から美果に覆いかぶさった。傍から見るとまで仲の良いカップルのようだった。しかし城木の股間の硬く膨らんだものは制服のスカートの上からグリグリと尻の割れ目に押し付けられ、片手はブラウスの中に潜り込み胸を掴み、もう片方の手はスカートの中に伸ばされた。
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