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ボクとおれ……じゃなくて、わたし
サッカー男子と謎の女子
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告白。
成功すれば、晴れて恋人同士の関係に。しかし失敗すれば、絶望の底。最悪の場合、ショックで命を絶ってしまう人もいる。
言ってしまえば、拳銃の引き金と同じ。一度引けば、結果がどうあれ、その後の人間関係が大きく変わる。確実に当てたければ、より慎重にならなくちゃいけないし、結局、引き金を引く勇気が出ずに、小学、中学と、過ぎ行く時間を焦れったく思いながら眺めているだけの、思春期の少年少女も少なくない。
そんな大事な引き金を、友達ですらない赤の他人が勝手に引くなんて、決してあってはならないことなのである。
──菊水安樹の愛読小説『奪っちゃいLOVE! ~どきどき♂♀共同サンカク社会~ 』より抜粋。
* * *
「……!」
「……!」
つい、口に出してしまった。
言う気は全くなかったのに、強く意識するあまり、混乱と共に口から飛び出してしまった。
後悔しても、もう遅い。覆水は盆に返らない。
少しの間凍っていた時間は、みるみるうちに溶け出した。
「あっ……!?」
風太は、すぐさま両手で自分の口を塞いだ。しかし、もう口から出てしまった言葉を頭の中でリピートすると、冷や汗が止まらなくなった。
「うっ、うん……!」
突然の爆弾発言に、安樹も赤面していた。風太の前で初めて動揺したような素振りを見せ、わざと視線をそらしている。
「い、言った……!?」
「な、な、何を……?」
「お、おれ……お前に……なんて言った……!?」
「えっ!? えっと、そのっ、今、キミは」
「うんっ……!」
「ボ、ボクのことが好きだって……」
「あ、ああ……あ、あああ……」
風太はこれ以上ないくらいに真っ赤になり、沸騰したやかんのような湯気すら出し始めた。そして、風太の中のメーターがMAXになると、ボンッと小さく頭が爆発した。
「ち、ちぁっ、違うんだっ……! みみ、美晴が……お前を……しゅ、好き、なんだ……!!」
「いや、あの、だから、み、美晴っていうのは、キミのことだろうっ!? 戸木田美晴って名前だし!!」
「そっ、そうじゃない……そうじゃないんだって……! だから、その、うぅっ、うわぁああーーっ!!!」
静寂なる図書室に、『美晴』の悲鳴がこだました。そして『美晴』は叫び声を発したまま向きを変え、ダダダダ……と、どこかへ走り去ってしまった。
「あっ、待って!」
手を伸ばしても、もう遅い。風太と同じく真っ赤になっていた安樹は、その場に一人取り残された。
「こ、告白なんだよね? 今の……」
安樹はキャスケット帽をさらに深く被り直し、手のひらをパタパタとうちわ代わりにして、自分を扇いだ。
「すごく……あっつい……! 好きだって言われると、あつくなるんだな……」
* *
その日の夜。
戸木田美晴の自室。
「どうしよう……どうしよう……! ヤバいだろ、これ……!」
部屋の主はベッドの上でうつ伏せになり、枕に顔面を埋めている。
「お、おれが……美晴の代わりに……安樹に……告白……!? これは……マズいって……! 本当に……何をやってるんだ、おれは……!」
手足をバタバタと動かし、もどかしそうに暴れている。
「わ、わざとじゃない……んだけどっ……! 美晴のことは……許せない……けど……、これは……やりすぎ……だよな……。好きな人への……秘密の気持ちを……勝手に伝えるなんて……、人間として……最低の行為だ……。おれは……最低の……男だ……」
今度は、ゴロゴロと左右に転がっている。
「言っちゃったこと……取り消せないかなぁっ……! あいつ……おれの言ったこと……忘れてくれないかなぁっ……! わあぁぁーーーっ……!!」
* *
次の日、風太は久しぶりに図書室に行かなかった。
また安樹と会った時に、自分はどんな顔で、何を話せばいいのか、頭の中で整理がつかなかったからだ。それに加えて、安樹から返ってくるであろう言葉を聞くのも怖かった。
「はぁ……。面倒くさいことに……なっちゃったな……。この問題を……片付けずに……元の体に戻るわけには……いかないよなぁ……」
責任を感じていた。美晴側の問題を、余計にややこしくしてしまった、と。
(やっぱり、他の人に勝手に告白なんてされたら、嫌だよな。そんなの、おれだって嫌だし……)
自分に置き換えて、考えてみる。
◇
「あのね、風太くんがあなたのこと好きだって言ってたよ」
「えぇーーっ!? ふ、風太くんがーっ!? きゃあーーっ!!」
「風太くんね、いつもあなたのこと考えてるってさ。ご飯の時も、お風呂の時も、夢の中でも!」
「ひゃあーっ、気持ち悪ーい!!」
◇
……やはり、卑劣きわまりない最低な行為だ。しかし、それと同じ事を、風太はやってしまったのである。
「きっと……美晴が知ったら……、おれが……仕返しで……わざと告白したと……思うだろうな……。そして……それに怒った美晴は……さらなる仕返しで……雪乃に……」
そんなことを考えながら、風太は憂鬱な一日をすごした。全く授業には集中できず、目立たないような小さな失敗もたくさんしてしまったが、なんとか全ての教科を終え、現在は放課後。
風太は校庭の隅を一人でトボトボと歩き、帰り道へと続く校門に向かっていた。すると、そこへ……。
「ん……? なにか……転がってる……」
コロコロ……コロ……。
風太のそばへ、どこからかサッカーボールが転がってきた。そのボールには、所有するクラスが書かれている。
「6年……1組……!? おれの……クラス……の……サッカーボールだ……!」
風太は足元にボールを寄せ、転がして遊びながら懐かしい気持ちになっていた。
「そういえば……最近……サッカー……やってないな……。思い切り……体を……動かして……、気分転換……したいな……」
ここしばらく、モヤモヤや鬱憤が溜まっているのは、外に出て体を動かしていないからかもしれない。軽く運動して脳をリフレッシュすれば、問題解決の糸口が、何か見つかるような気がする。
風太が謎のサッカーボールにわずかながらの希望を見出していると、今度はそのボールの持ち主たちが、風太のそばまでやってきた。
「あ、あった! おーい! そのボールとってくれーっ!」
「えっ……!?」
(け、健也っ……!!?)
そこには、元クラスメートの健也がいた。どうやら、6年1組の男子を集めて、校庭でサッカーをしているらしい。ちなみに、健也のすぐ後ろには勘太もいたのだが、風太の視界には入っていなかった。
健也は、風太にとって一番の親友だ。放課後はもちろん、休みの日なんかも、いつも一緒に遊んでいる。文武に秀で、男女ともに人気のある健也は、風太にとっての憧れであり、ライバルであり、そして良き理解者でもあった。
そんな親友の前に、風太は初めて女子になった姿を晒した。
「け……っ……、健……っ……」
「ああ、それだよ。そこにあるボール、こっちに蹴ってくれ」
「んぐっ……声が……! こ、このっ……」
「ん? どうしたんだ?」
「健也ぁっ……!!」
「わっ! な、なんだっ!?」
いきなり大声で名前を呼ばれ、健也はびっくりしていた。その後ろの勘太も驚きで飛び跳ねたのだが、風太の視界には入っていない。
「初めて話す女子だな。お前、おれの名前を知ってんのか。6年生か? どこのクラスだ?」
「えっ……!? お、おれは……!」
そう聞かれて、風太は口籠もってしまった。今の自分は、健也から見れば見知らぬ他人だということを、実感したのだ。今、本当のことを言ったところで、どういう反応になるかは、あまり考えたくなかった。
健也は勘太の方を向いて「お前の知り合いか?」と尋ねたが、勘太は首を横に振って否定した。
「その……、えっと……。わ、分からない……」
「分からない? 月野内小(学校)の生徒じゃないのか?」
「いや……、あの……」
「……?」
風太は、たいして考えもせずに返答した。当然、そんな返答では、健也の中での印象は「初めて出会う女子」のまま。
それでも健也なら、今の自分の意思を理解してくれると、風太は信じていた。
「サッ……カー……」
「ん? サッカー?」
「やりたいっ……! おれも……サッカー……入れてくれっ……!」
「えっ!?」
いつもなら、遊びに入れてもらうための軽いお願いも、今の風太にとっては、必死な願いだった。
「う、うーん……。そうだなあ……」
素性も分からぬ謎の女子の懇願に、健也は少し戸惑った。しかし、その女子の真剣な眼差しと、つまらない仲間ハズレはしないという「健也流遊び信条」により、健也はすぐに優しい笑顔になった。
「よし。じゃあ、おれたちと一緒にやるか? サッカー」
が……。
「えーっ!? あいつもサッカーに入れるの? おいおい、女子だぜ?」
「「……!」」
勘太が口を挟んだ。
「いいだろ、別に。やりたがってるんだから」
「ケガさせたらどうすんだよ。怒られるのは、おれたち男子だぜ? 最近はケガ人も多いし……。昨日、風太がケガをしたこと、忘れたのかよ。健也」
「風太のケガは、たいしたことねぇよ。あいつも明日には、サッカーやりに来るさ」
「それによぉ、女子なんか、ちょっとぶつかっただけでピーピー泣いちゃうぜ。雪乃や実穂ならともかく、あいつはどう見ても運動とか出来なさそうじゃん」
「それは分かんねぇだろ。ああ見えて、めちゃくちゃサッカー上手いかもしれない」
「それから、あいつスカートはいてるじゃんか。もし、『試合中の事故』でめくれて、パンツ見られても、文句は言えねぇぞ」
「お前、スカートめくる気だろ……。やめろよ、そんなこと」
健也と勘太の言い争いを、風太は胸が締め付けられるような想いで見ていた。
健也はなんとか擁護をしてくれているが、勘太の言い分も最もだと、風太本人も感じていたからだ。
(勘太の言うことも、間違ってないけど……。でも、それでも、おれは……!)
『美晴』は立派な男子である、と。同じ性別である男子たちに、認めてもらいたかったのかもしれない。
その気持ちが届いたのか、ブツクサ文句を言う勘太を、健也は少し強引に説得し、こちらを向いて大きく手を振った。
「おーい! 一緒にサッカーやろうぜ。謎の女子!」
「えっ……!? う、うんっ……!」
「じゃあ、そのボールをこっちに蹴ってくれよ!」
「分かった……!!」
曇りかけていた風太の表情が、一転パァッと明るくなった。さっきまで揉めていた健也と勘太も、その明るく咲いた花を見て、照れくさそうに笑っている。
「よ、よーし……いくぞ……!」
風太はボールを前に転がし、助走をつけた。
久しぶりだが、なんてことはないインサイドキック。風太の脳内には、足の内側で完璧にボールを捉えてキレイに蹴る、「男の」自分の姿があった。このイメージ通りに、1、2、3歩のリズムに合わせてキックをすれば……。
……すかっ。
「えっ……?」
「えっ……!?」
「えぇっ……!?」
どすんっ……!!
失敗した。
華奢な脚がボールに触れることはなく、風太は勢い余って豪快に尻もちをついた。まるでド素人のような、不様かつ滑稽で、笑いを誘う珍プレー。
「ぷっ」
耐えられず、勘太は噴き出した。
「おい、勘太……!」
「ぷぷっ、ご、ごめん、健也。だ、だって、あれ、くくっ」
「黙れって……!」
「いひひっ、いや、だって、できると思うじゃんっ。もしかしたら上手いのかなって、思うじゃんっ。ぶふっ、あははっ」
腹を抱えて大笑いする勘太に対して、転んだ『美晴』は、自分の肉体に戦慄していた。
「……!」
恐ろしい物でも見たかのような顔で、自分の脚をじっと見ている。スカートの裾、太もも、ひざ、すね、靴下、靴。ボールすら満足に蹴らせてくれないそれへの絶望は大きかった。
「はぁ……はぁ、はぁ……!」
動悸がする。急激に気分が悪くなり、吐き気もしてくる。
『美晴』は苦しみを抑えながら、ぷるぷると震える脚でなんとか立ち上がり、スカートに付着した土を払い除けた。しかし、その手にはだんだん力が入り、ついには、悔し涙をこらえるためにギュッとスカートを握りしめ……。
「ぐっ……! ううっ……!」
この体では、友達とサッカーすらできない。改めて直面した現実から逃げ出すように、『美晴』はこの場から立ち去った。
「あっ、待てっ!」
健也の叫び声も無視して、謎の女子は構わず走り去ってしまった。向かう方向は、おそらく誰もいない体育館裏。
健也はまず、未だに笑い続ける勘太にキレた。
「勘太ぁっ……!」
「ぷぷっくくくっ、な、なんだよ、健也? ぶふっ」
「あいつに」
「痛っ!?」
「ちゃんと」
「痛いって!」
「謝れよなっ!」
「や、やめろっ、分かったからっ! もう笑わないって!」
「……おれ、ちょっとあいつと話してくる。みんなとサッカーやって待っててくれ」
「お、おう……。いってらっしゃい。ぶふっ!」
「この野郎っ!」
勘太の坊主頭をグーで三回殴り、さらにもう一回殴ってから、健也は『美晴』が向かった場所へと走り出した。
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