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風太vs美晴

春日井雪乃という女の子

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 「はぁー……、あ゛ー……、あぁ゛ー……」
 
 うなり声まで、まるでゾンビだった。肌の色で、かろうじて生きている人間だと判断できる。
 
 「もう、お願いだから立たないでっ!」
 
 トンッ。
 美晴は、そのゾンビの肩を軽く押した。押したと言うより最早もはや、触れたと言う方が正しいかも知れない。

 「あ゛っ……!」
 
 ドサッ。
 ひざが崩れ、風太は後ろにあるベッドへと倒れ込んだ。関節のネジは緩み、立っていることすら難しい状態なのだ。パンチやキックはもちろん、さっきのような不意討ちの頭突きさえも、撃つことができない。
 これ以上はケンカにならない。しかし、それでも……。

 「あ゛ー……、はぁー……。み゛っ……、みは……る……」
 
 風太は体をグネグネさせながら、体のどこかで自重じじゅうを支えることができないかを探した。そしてベッドのふちをなんとか見つけると、そこに体を預けながら、のっそりと立ち上がった。
 
 「お゛前を……倒しでっ、倒し……て……、おれ……は……」
 「風太くんっ」
 「おれ……は……? な゛んだっ……け……? 歩いて……家゛に……帰る……??」
 「風太くん、わたしはこっちです……」
 「あ゛れ……? ほ、本棚ほんだな……か……。見間違え……た……」
 
 美晴を見失ったのは、メガネがないから、ではない。長い前髪が邪魔だから、でもない。眼球がんきゅうがまともに機能していないから、だ。
 そんな風太を見ていられなくなって、美晴は目を伏せた。

 「……どうして、ですか?」
 「あ゛……? 何……?」
 「どうしてそこまで、元に戻ろうとするんですか!?」
 「あ……?」
 「わたしの体で、『美晴』として生きるのは、あなたにもできないことなんですか!?」
 「や……」
 「もしも入れ替わらなかったら、わたしはその体で、しっ、死ぬしかなかったんですか!?」
 「そう、じゃ、な゛い゛……!」
 「えっ……?」
 「雪゛乃……だ……! おれ゛は……その体……じゃないと……、ゆ゛……ぎの……を……守れ゛ない゛っ……!」
 「……!」
 
 美晴は驚き、もう一度風太をしっかり見た。
 白目をひんむいてはいるが、口はぎゅっと固く結んで、堂々と仁王立におうだちしている。実際はギシギシの関節で、奇跡のバランスで立っているのだが、今の風太の立ち姿はとても力強く、立派だった。
 とても立派に立つ『美晴』という少女が、『風太』の目の前にいた。

 (そっか……。わたしはもう、風太くんと雪乃ちゃんには……)
 
 『風太』は小さく微笑むと、スッと目を閉じた。

 「勝てません」
 「あ……? まだ……しょ、勝……負っ、は……」
 「今のわたしでは、どうやってもには勝てないみたいです。わたしの負け……」
 「お゛い……! 最後……まで……」
 「分かってます。でも、それでもわたしは、絶対にあきらめたくないから、ここは『おれ』に全てを任せることにしますね」
 「は……? 意味が……」
 「今だけ美晴を封印ふういんして、この体に、『風太』に、精神まで染まります。わたしじゃ勝てないから、『風太くん』を呼んで、あなたを一撃で倒してもらうんです」
 「なっ……!?」
 「わたしが……おれが本物の、風太だからっ!」

 バチンと目を開いた時、そこにはもう美晴はいなかった。
 
 「……」
 
 その少年もまた、しっかりと立っている。まっすぐに、前を見据みすえて。先ほどまでの、なよなよとした女々めめしさは、もう欠片も残っていないようだ。
 
 (おれだ……。こいつ、完全におれになってる……)
 
 鏡よりも精巧せいこうな存在が、風太の前に現れた。そいつが本物だと言うなら、自分がニセモノに映ってしまうくらい。
 
 「ごめんな、美晴。これで最後にするから」
 「おれ……が……、美、晴……? この……バカ……」
 「いくぞ」
 「お゛れが……、ゲホッゴホッ、おれが風太だっ!! お前は、美晴だろうがっ……!!」

 そして、『風太』の右足の蹴りは『美晴』の腹をくだき、このケンカに終止符しゅうしふを打った。
 
 * * *
 
 ──数年前。
 二瀬風太がまだ小学生になる前の、8年も前の話。お母さんに連れられて、「春日井」さんのいえに、ごあいさつをしにいった時の話。

 「フウくん、ピンポン押したい?」
 「べつに」
 「遠慮しないのー。ほらほら、だっこしてあげるわ」
 「うわーっ、やめろーっ!」

 ピンポーン。
 
 4歳の風太と、その母親の守利がじゃれあっている場所は、「春日井」さんの家の玄関前。風太たちの「二瀬」家と、この「春日井」家に住む老夫婦ろうふうふとは、家族ぐるみでの付き合いがある。

 「ここのおじいちゃんとおばあちゃんには、いつも遊んでもらってるわよね? フウくんは」
 「うん。おかしくれるし」
 「ちょうど今朝、おじいちゃんとおばあちゃんの娘さん……つまり、ママのお友達になる人が、この家に引っ越してきたらしいのよ。それで、私らはその人にごあいさつしにきた、というわけ」
 「おひっこし? なんで?」
 「旦那だんなさんが交通事故で亡くなられてね。それで、旦那さんのおうちと娘さんが、色々あったらしくて……。まぁ、それはフウくんに言ってもわかんないか」
 「うーん、よくわかんないや。とりあえず、おれもママのおともだちに、ごあいさつすればいいってこと?」
 「それもあるけど、その娘さんには、フウくんと同じ歳の娘さんがいて……。えーっとつまり、おじいちゃんおばあちゃんのおうちに、今日から娘とまごが一緒に住むことになった、というわけ」
 「まご……?」
 「そうよ。そっちはフウくんのお友達。『ユキノちゃん』っていう女の子よ」
 「ゆきのちゃん……」
 「そう。今はお父さんがいなくなったショックで、あんまり元気がないだろうから、優しくしてあげてね。……あっ、いらっしゃったわ! こんにちはーっ!」
  
 ガチャリと扉が開き、玄関から守利より少し若い女の人が出てきた。おそらく、この人が守利とお友達になる人だろう。
 
 「こんにちは。二瀬さん……ですか?」
 「そうですっ! ごあいさつに来ましたーっ! こちらから来ちゃいましたけど、今は大丈夫ですか?」
 「はい、大丈夫ですよ。ちょうど、物の整理や片付けも一段落ひとだんらくしたところなので。ご丁寧ていねいに、どうもありがとうございます」
 「いえいえ。これからよろしくお願いしますっ!」
 「こちらこそ、よろしくお願いします。父と母から、二瀬さんのことは伺っていますよ。ほら、雪乃も隠れてないで、ごあいさつして」
 
 その女性のあしの後ろから、小さな女の子がひょっこりと顔を出した。不安そうな顔で一言もしゃべらずに、じっとこちらを見ている。

 (このちっちゃいのが、「ゆきのちゃん」……?)
 
 風太も、その子の顔をじっと見つめた。

 * *

 数日後の、ここはカナダモ幼稚園。
 風太が通う幼稚園だが、雪乃もここへ転入てんにゅうしてきた。親同士はすぐに仲良くなったものの、二人の子供の間にはまだ距離があり、表情が常に暗くてほとんどしゃべらない雪乃は、他の園児たちに対してもかべを作っていた。
 
 「なぁ、ふうた。あいつのなまえしってる?」
 「あいつ? ……どいつ?」
 「ほら、あそこでひとりでおりがみしてる、あいつ」
 「うん。かすがいゆきの、だよ。おれのいえのちかくにすんでる」
 「ゆきの、か。オレさぁ、あいつに『いっしょにあそぼうぜ』って、いったんだけどさ」
 「えっ、なたねも?」
 「うん。そしたら、なんにもいわずに、どっかににげちゃったんだよな」
 「なたねのことが、こわかったんだよ、きっと。おまえ、すぐなぐったりするし、かみのけもきんぱつだし」
 「むっ! これはきんぱつじゃないって、いつもいってるだろ! おーくだよ! このっ、このっ!」
 「いてっ、やめ、やめろっ! とにかく、あいつにはやさしくしなきゃだめだって、ママがいってたんだよっ!」
 「オレにもやさしくしろ……あっ!!」
 「ん? なんだ?」
 「あれ、みろ!」
 
 ゆびさされた方を風太が見ると、そこには隣の組である『おさる組』の、増良ましらくんと他数名ほかすうめいがいた。増良くんは、おさる組のボスのような存在で、いつも折り紙を独占どくせんして「うっきっき」と高笑いしている男の子だった。
 そんな彼とその仲間たちが、雪乃を取り囲んでいる。
 
 「おい、おまえ。いっぱいおりがみもってるな」
 「……」
 「よこせ。おりがみでバナナをつくるけいかくなんだけど、おれのくみのはなくなったんだ。だから、よこせ」
 「……」
 「きいてんのかっ!」
 「きゃっ……! やめてよっ!」

 増良くんたちは、雪乃が作った「つる」を奪い取り、開いて元通りにしたり、ぐしゃぐしゃにしたりした。雪乃は取り返そうとしたが、女の子一人の力では、到底とうてい男の子たちにはかなわない。ついには地べたに座り込んでしまい、今にも泣き出しそうな顔をしている。
 それを見た風太の行動は、まさに風のように速かった。
 
 「おれ、せんせいをよんでくるっ!」
 
 しかし、すぐに止められてしまった。
 
 「ちがうちがう! ふうた、ちがーうっ!」
 「どけよ、なたね! はやくたすけなきゃ!」
 「ゆきのがたいへん、だろ?」
 「うん、たいへんだ!」
 「たすけなきゃ、だろ?」
 「うん、たすけなきゃ!」
 「だったら、おまえがいけよ。おとこだろ?」
 「えっ……!?」

 当時の風太に、「殴り合いのケンカをする」という発想はっそうはなかった。体を動かすことは好きだが、暴力に関してはそれほど得意ではなかったし、もし誰かを殴ったりなんかしたら、殴り返される上に、先生やママからも怒られるのだ。これほど不利益ふりえきな行為はないと、風太は子供心にそう思っていた。なるべく武力行使ぶりょくこうしは避け、穏便おんびんに話し合いで解決することこそが、世界平和への第一歩だと……。
 
 「というわけだから、へいわへのだいいっぽが……」
 「なにをごちゃごちゃいってるんだ。いいわけするおとこはかっこわるいぞ、ふうた」
 「かっ、かっこわるい!? あのな、おとなはこうやってかいけつを……」
 「じゃあ、きくけど」
 「な、なんだよ」
 「『お寿司戦隊カイセンジャー』は、どうしてたたかってるとおもう?」
 「!?」
 
 『お寿司戦隊カイセンジャー』とは、日曜の朝に放送されているヒーロー番組だ。『オートロレッド』を中心に五人の戦士が悪と戦う特撮とくさつで、男子園児たちの間では絶大な人気をほこっている。もちろん、風太も毎週かかさず視聴しており、駅伝やゴルフで放送が潰れた時は、テレビの前でガクンと肩を落とすほど夢中になっていた。
 
 「オートロレッドたちのやってることが、けんかにみえる?」
 「そ、それはちがうけど……」
 「だろ? ただのけんかじゃなくて、だれかを……そしてなにかを、まもるためにたたかうんだ!」
 「まもるために、たたかう?」
 「せかいのへいわ、そしてあいするひとびとのために……!」
 「おお、おおお……!」
 「それって、すごくかっこよくない?」
 「かっこいい! うおおおお!!」
 「うわ、おとこってほんとうにばかだな……」
 「えっ? なに?」
 「なんでもないっ! ほら、これをかぶって……いってこい!」
 「おうっ!!」
 
 かぶせられたのは、「オートロレッド」のおめんだった。幼稚園児の男の子は、この仮面を被ることによって、いつもの10倍のパワーが出るのだ。こうなったらもう誰にも止められない。

 「とうっ! よわいものいじめはやめろっ! おさるたち!」
 「うわっ、だれだおまえっ!」
 「おれは」
 「このくみのやつか? おれたちのじゃまをするのか?」
 「ま、まてっ! はなしをきけっ!」
 「おんなのまえだからって、かっこつけやがって。こいつもやっちまえ」
 「お、おいっ、1たい1だぞ? ひとりずつじゅんばんに……」
 「みんないけっ! まず、おめんをうばいとってやれ!」
 「うわーっ! やめろーっ!」

 増良くんたちは全員で風太を追い回し、風太は普段の10倍のスピードで、一生懸命逃げた。もう雪乃や折り紙のことなど完全に忘れて、夢中になって追いかけっこをしている。
 そんな光景こうけいを、風太をそそのかした犯人は、あきれながら見ていた。
 
 「あーあ。やっぱりかっこわるいなぁ、ふうたは。ゆきのも、いつのまにかどこかいっちゃったみたいだし……。しかたない、ここはオレがなんとかしてやるか」

 * *

 お昼過ぎ。もうすぐ夕方。
 園児たちは、保護者のお迎えにより全員帰宅した。家に帰ってからも、子どもたちは仲の良い友達と遊ぶ約束をしていたりして、夕方まで遊ぶことが多いのだが、この子だけは違っていた。

 「……」

 暖かい縁側えんがわに座って、庭の外をぼーっと見ている。少し悲しそうな顔で、ぼーっと。
 この子の名前は、春日井雪乃。家庭の事情により、最近ここへ引っ越してきた女の子だ。

 「はぁ……」

 ため息。父親を失った悲しみは、まだ4歳の雪乃にはとてつもなく大きいものだった。雪乃の母も祖父母も、以前の明るく元気な雪乃に戻ってほしいと願っているが、未だに彼女から笑顔は見られない。

 「なんで……」

 がさっ、がさごそっ!

 「ひゃっ……!!」

 突然、庭の垣根かきねがガサゴソと揺れた。雪乃は思わず悲鳴をあげ、その垣根の様子をビクビクしながらじっと見つめた。すると……。
 
 「ふぅ。ここなら、だいじょうぶかな……?」
 
 赤いお面を被った男の子が現れ、そのまま庭の中へと侵入しんにゅうしてきた。雪乃にとっては見覚えのある、そいつがやってきたのだ。
 
 「あっ、あなたは、さっきの……!」
 「んん? ゆきのちゃん、か? こんにちは」
 「えっ、あ、こんにちは……」
 「あれ? おじいちゃんやおばあちゃんは? どこ?」
 「いまは、わたしひとりでおるすばんを……って、あなたはだれ? なにやってるの?」
 「ああ、かくれんぼだよ。ちょっとだけ、ここにかくれさせてもらおうとおもって」
 「えっ……!?」
 「なたねが、ちかくでおれをさがしてるから、ここにかくれて……」
 「でっ、でてって! でていってよ!!!」
 
 雪乃は、突然大声を出した。近くにおにがいるというのに、大声でわめかれてはたまらない。
 
 「しっ! しずかにしてくれっ!」
 「お、おにさーーんっ! ここに、へんなおめんをかぶったこがいまーーーすっ!!」
 「うわあっ、やめろよーっ!」
 「はやくきてーっ!! どこかにつれてって!!」
 「うるさいってば!」
 「だ、だれでもいいから、はやく……むぐっ!!?」
 
 パニックになったお面の男の子は、まず大声の発信源はっしんげんをなんとかしなければという考えにいたり、縁側に飛び乗って、雪乃の口を手でふさいだ。
 息苦しさと驚きで、雪乃はお面の子以上にパニックになった。
 
 「むぐっ、んっ……んんーっ!!」
 「あっ、あばれるな……! しずかにしろ!」
 「ぷはっ、やぁっ、やめてーーーっ!!!」
 「お、おい、そんなにおしたら……」
 「きゃーっ! さわらないでーっ!! たすけてーっ!!」
 「おち、おちるって……うわぁーーっ!!」

 べしゃっ!
 
 お面の男の子は、ジタバタと暴れる雪乃に振り払われ、その勢いのまま縁側から庭へと落下した。しかも、着地したのは顔面がんめんからなので、打ちどころも最悪だった。
 
 「あっ!? だ、だいじょうぶっ!?」
 
 雪乃はぴょんと縁側から飛び降り、すぐにその子に駆けよった。うつ伏せで倒れている彼の体を、ころんと転がして仰向あおむけにしてみると……。
 
 ぱかっ。
 
 お面がたてに真っ二つに割れ、中から男の子の素顔が出てきた。鼻血をブーブー吹き出しながら、目を回している。
 
 「あっ……! このこ、ママのおともだちの……!」

 *

 鼻の穴にティッシュを詰め込んで、せんをした。これで、とりあえず鼻血は大丈夫そうだ。
 縁側に二人並んで座り、現在は風太の鼻血が完全に止まるのを待っている。
 
 「うぅ……ひどいな、おまえは。おれもわるかったけど、これはやりすぎだぞ。いてて……」
 「だって、きゅうにくちふさぐから……」
 「なんで、おいだそうとするんだよ。そんなにひとりでいるのがたのしいのか?」
 「……」
 「ようちえんでも、いつもひとりだし。きょうなんか、いじめられそうになってただろ」
 「あのときも、あなたが……?」
 「そうだぞ。へへっ、おれがたすけたんだ!」
 「たすけた? いじわるするこたちを、あなたがやっつけたの?」
 「いや、それは、その……。なたねが、ぜんいんやっつけてくれたんだけど……」
 「じゃあ、あなたはなにもしてないんだ。でしゃばりのくせに、よわいんだね」
 「なんだと!? せっかくまもってあげたのに、なんでそんなこというんだ!」
 「やめてよっ! まもるとか、たすけるとか……。ひーろーごっこでもやってるつもり!?」
 「なっ!? なにがわるいんだよっ……!」
 「あなたも、ようちえんのみんなも、うるさいのっ! うるさくてじゃまだから、いつもひとりなのっ! わたしは、パパのことであたまがいっぱいなのにっ! なのに、みんな、ばか、ばっかりで……!」
 「パパ……?」
 「なにも、しらない、くせにっ……! わたしの、こと、なにもしらないくせにっ……! うぅっ、うわぁーーーんっ!!」
 「わっ、あわわわ……」
 
 思わぬ感情の爆発に、風太はきょろきょろと辺りを見回した。もし幼稚園で同級生が泣いてしまった時は、まず先生や近くの大人を呼びなさい、と教えられているからだ。しかし、家の奥から誰か出てくる気配けはいはなく、庭の外の道路にも通行人はいなかった。
 風太はとにかく雪乃をなだめようと、彼女の言うことに耳をかたむけた。
 
 「うぅっ、ぐすっ……! ひぐっ……! しらない、くせにっ……!」
 「し、しってるよ、おまえのこと。おれのママからきいたもん」
 「えっ……?」
 「おまえのパパ、じこでしんじゃったんだろ? それがしょっくだから、いまはやさしくしてあげなさいって……」
 「……」
 「えっと……。いまはつらいかもしれないけど、ようちえんでみんなとあそべば、これからたのしいおもいでが、いっぱいできるからさ。な?」
 「……」
 
 雪乃は泣きじゃくるのをやめ、うるんだ瞳で風太をじっと見ている。風太は「これはいける……!」と確信し、何か良い感じに心にくる感動的な言葉で、ズバッとかっこよくくくろうとした。が、そう思った瞬間……。
 
 「うるさいっ!!」

 ばきっ。
 
 雪乃の右ストレートが、風太の鼻を破壊した。ティッシュのおかげで止まりかけていた血が、またドバドバと溢れ出す。
 
 「いでぇっ! おまえ、なにするんだよっ!」
 「なにもわかってないっ!」
 「わかってるって!」
 「わかってないっ!」
 「だから、じこでパパがしんじゃったことが、つらくて……」
 「ちがうのっ! そうじゃ……ないよ……」
 「えっ……?」

 
 「わたしのせいなのっ!! わたしのせいで、パパはしんじゃったのっ!!」
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