おれはお前なんかになりたくなかった

みはるねえさん

クローバーの裁縫セット

　「蘇夜花っ……！」
　「言い直さなくていいの？　『蘇夜花ちゃん』って」

　ポニーテールと、この他人を一段下に見ているようなセリフ。間違いなく蘇夜花だ。6年2組での美晴に対するイジメの、主犯格しゅはんかくだ。

　ガタッ！
　
　風太は僅わずか2秒で、目の前のポニーテールの少女を敵だと判断し、立ち上がって間合まあいを取った。風太に睨まれながらも、蘇夜花は落ち着いた様子で、スッと立ち上がった。
　
　「どうしたの？　座ってお話しようよ」
　「黙れっ……！　お前……もう……許されたとでも……思ってんのか……？」
　「思ってないよ。……で？　その握りこぶしは何かな？」
　「お前……今……独ひとりだろ……！　界カイも……五十鈴イスズも……、お前の……友達は……ここには……誰もいないぞ……！」
　「つまり、ケンカをしたいの？　わたしと1対1の？」
　「ああ……。その可能性かのうせいも……ある……！」

　体はもうグロッキー状態だが、心は連戦れんせん連勝れんしょうでノリに乗っていた。それに加え、怒いかり、恨うらみ、憎にくしみで、勢いはどんどん増していく。今にも爆発しそうな気持ちを抑おさえて、風太は会話を続けた。

　「でも……！　できれば……女のお前と……殴なぐり合いなんて……したくない……」
　「おお、いいね。わたしも殴ったりとかは苦手だし」
　「だから……交渉こうしょう……だ……」
　「交渉？　へぇー、美晴ちゃんも立派になったねぇ」
　「言ってろ……！　こっちの……提案ていあんは……二つだ」
　「うーん、二つもあるのかぁ」
　「まず一つ……。お前の……スマートフォンに入っている……『トレジャーハント』の……時の……データを……消せ……！」
　「で、二つ目は？」
　「教科書に……糊のりをつけたり……、ノートを……ぐしゃぐしゃにしたり……、こそこそと……陰湿いんしつな……イジメは……やめろ……！　気に入らない……ことが……あるなら……、直接……言いに来い……よ……！」
　「……」

　蘇夜花は少しの間、黙った。
　そして、その後の蘇夜花の反応は、風太の怒りをさらに激化げきかさせるものだった。

　「ふふふっ」
　「なっ……！？　なに笑ってんだ……！？」
　「だって、美晴ちゃんの今言ったことって、要ようするに『お漏もらしが恥ずかしいからデータ消してよ！』と『もうわたしに意地悪いじわるしないで！』を、なんとなくカッコつけて言っただけでしょ？」
　「うっ……！」

　『カッコつけて』という言葉に、風太はひるんでしまった。
　　
　「交渉ねぇ。わたしがそれを断ったら、どうする気？」
　「おい……！　いい加減に……しろよっ……！」
　「あ、殴るの？　交渉っていうより、ただの脅迫きょうはくだね。きゃー、わたし美晴ちゃんに脅おどされてるー」
　「いいから……答えろっ……！　おれの提案……二つとも……聞き入れるのか……？」
　「そうだなぁー、どうしよっかなー」
　
　風太が語気ごきを強めても、蘇夜花の飄々ひょうひょうとした態度は崩れない。
　ストレスを溜め続ける風太をよそに、蘇夜花はズボンのポケットから赤いスマートフォンを取り出し、何やら画面を弄いじっている。そしてしばらく弄った後、画面をこちらに向けてきた。

　「これ、消してほしいの？」
　「……！」

　そこに映っていたのは『美晴フウタ』。画面の中の『美晴』は、足を開いた状態でトイレの便座べんざに座っていた。
　もちろん風太も身に覚えがある、あの時の映像だ。動画はまだ再生されていないが、拘束こうそくされてから失禁しっきんするまでの間の一連の流れが、そこに記録されているに違いない。
　
　「それだっ……！　『トレジャーハント』っ……！　今すぐ消せっ……！」
　「いいよ。これぐらいなら」
　「は……？　これ……ぐらい……？」
　「うん。……ってことは、こっちの動画は消さなくてもいいんだよね？」
　
　そう言うと蘇夜花は画面をタップし、別の動画のサムネイルを風太に見せた。
　そこにも美晴が映っていたが、今度は風太の身に覚えのない場面だった。つまり、体が入れ替わる前に撮られた映像なのだろう。
　動画タイトルは、「ハリ裂けミミズ」。風太は胸にザワつきを感じた。

　「な……なんだ……？　それ……」
　「あれ？　美晴ちゃん、覚えてないの？　傷痕きずあとがまだしっかり残ってるでしょ？」
　「まさか……！」
　「はい、動画を再生っと」
　
　蘇夜花はスマートフォンの真ん中を押した。
　画面には、どこかの部屋の床に座り込み、両手を後ろで縛られている美晴の姿があった。

　＊　＊　＊

　画面外にいる撮影者の蘇夜花と、画面内の美晴の会話。

　「では、これより『ハリ裂けミミズ』を執行しっこうしまーすっ！　執行人はわたし、蘇夜花ね」
　「……」
　「何か言ってよ美晴ちゃん。体はボロボロだろうけど、言葉を話すことぐらいはできるでしょ？」
　「やめ……て……」
　「そうそう、そういうのが欲しいの。じゃあ、さっそく始めるね」

　美晴は立ち上がろうとして抵抗したが、数人すうにんの女子たちに、あっさりと体を押さえつけられてしまった。さらに股を広げることを強制され、スカートの奥の下着を露出ろしゅつさせられた。
　そこへ、やっとフレームインした蘇夜花が、手を加えていく。
　
　「脱がせやすいように、スカートで来てくれたんだね。美晴ちゃんは、いじめられっ子の才能さいのうがある！」
　「きゃっ……！」
　「はいはい、脱がせてあげるよー。美晴ちゃんのスカートと、かわいいショーツ」
　「おねがいっ……！　返してっ……！」
　「だーめ。刑が終わってからね」
　
　下半身かはんしんの衣服を剥はぎ取られ、恥部ちぶを晒している。
　美晴は、恥部を見られないように再び女の子座りになり、顔を真っ赤にしながら、必死に画面に向かって訴うったえかけてきた。
　
　「と、撮らないで……くださいっ……！」
　「いや、撮るよ。記録として残しておかなきゃ」
　「だ、誰かぁっ……！！　助けてぇっ……！！」
　「おお、美晴ちゃんって、そんな大声出せるんだ。まぁ誰も来ないから、好きなだけ叫んでいいよ」
　
　美晴は泣きそうな顔で助けを求めたが、ヒーローなど現れるはずもなく、状況は何も変わらなかった。

　＊　

　そして、カメラは一旦いったん美晴から外れ、四つ葉のクローバーが描かれた可愛い裁縫さいほう道具どうぐ箱ばこを映し出した。
　
　「『6年2組、戸木田美晴』っと。これは、美晴ちゃんの裁縫セットでーす。今日はこれを、お借かりしたいと思いまーす」

　6年生は、家庭科かていかの授業で使うための裁縫セットを、学校で購入こうにゅうさせられる。裁縫セットのデザインは注文の際に選ぶことができ、美晴は「パステルクローバー」、風太は「ダークネスドラゴン」など、生徒によって違う。
　蘇夜花は、美晴の裁縫セットのフタを開けた。中は綺麗に整頓せいとんされており、家庭科が苦手な風太の裁縫セットと比べると、遥はるかに丁寧な扱いを受けてきたであろう道具達が、収納しゅうのうされている。

　「どの針はりがいいかなぁ。うーん、まち針でいっか」
　
　蘇夜花は少し迷った後、針山はりやまからまち針を数本引き抜いた。

　＊

　再び画面に、下半身裸はだかの美晴が映し出された。長い前髪で表情は隠れているものの、静かに頬ほおを伝う雫しずくが、彼女の今の感情を表していた。そんな美晴の目の前に、蘇夜花はさっき引き抜いた針を持ってきた。
　
　「借りたよ。美晴ちゃんの裁縫セット」
　「な、何……する気……？」
　「あなたの真っ白なキャンパスに絵を描くの。芸術的でしょ？」
　「……？？」
　「暴れると痛いからね。じっとしててね」
　
　身動きのとれない美晴のシャツを、下から少しめくって、へそを露出させる。そして、蘇夜花はへその下の辺りに狙いを定さだめ、手に持っている凶器きょうきをブスリと突き刺した。

　「きゃぁああっ……！！！」

　悲鳴を上げても、蘇夜花の手は止まらない。

　「いやぁっ……！！　痛っ……痛いっ……！！」
　「うふふっ、何を描こうかな。ちょうちょにしようかな」
　「お願いっ！　お願いしますっ……！　やめてくださいっ……！！」
　「あー、ちょうちょ難しいなぁ。美晴ちゃんが暴れるから、上手く出来ないよ」

　まち針が、美晴の皮膚ひふを裂きながら、きれいな曲線を描いている。針の通った跡には、赤い血がじわりと滲にじんでいる。

　「あぁっ……！　蘇夜花ちゃん、やめてぇっ……！！」
　「こらこら、暴れたらダメだって」
　「きゃあぁっ……！！　痛いっ……痛いのっ……！！」
　「ほら、言わんこっちゃない。今、わたしがどこを触さわってるか、分かってる？」
　「ひぃっ……！」
　「ね？　分かるでしょ？　中に入っちゃうかもよ？　中も血だらけにしてほしい？　大人しくして」
　「ぐすんっ……。うぅっ……」
　「そうそう。ただ泣いて耐えるのが、今は最良さいりょうの選択せんたく」
　「どうして……？　どうして……わたしに……、こんなこと……するの……？」
　「んー？　知りたい？」
　「もし、蘇夜花ちゃんが……わたしを……憎にくんで……こんなことを……しているなら、ちゃんと……謝りますから……」
　「憎にくしみ？　あははっ、そんなのないよ。美晴ちゃんは何もやってないし、何も悪くない。ただ、あなたが最高の環境を持っていただけ」
　「最高の……環境……？」
　「うん。いじめられっ子としての、ね。言葉も上手く話せない、クラスに友達もいない、家庭環境は良くない、そして非力ひりきで地味な女の子。『どうぞイジメの標的にしてください』って、言ってるようなもんだよ」
　「えっ……！？　そ……そんな……理由……で……！？」
　「そう。そんな理由で。イヤなら、大好きなお母さんに助けを求めてみたら？」
　「で、でもっ……お母さんは……」
　「巻き込みたくないよねぇ？　美晴ちゃんのお母さん、娘が学校でいじめられてるなんて知ったら、どうなっちゃうのかなー♪」
　「うぅっ……うわあぁぁぁん」
　「えへ、泣かせちゃった。じゃあ後はみんなで、お絵かきしよっか。撮影さつえい班はんの真実香ちゃんも一緒にやろうよ」

　カメラは、そばにあった棚の上に置かれ、美晴に群むらがる女の子たちを自動で撮影し続けた。
　
　＊　＊　＊

　「もういい……！　やめろっ……！」
　「ふふっ、ちゃんと思い出してくれた？　あの時の美晴ちゃんが一番かわいかったよ」

　蘇夜花はムービーを止め、スマートフォンの画面を暗くした。

　「はぁ……はぁ……。胸糞むなくそ悪わるいもの……見せやがって……」
　「もうっ！　そんな汚い言葉遣ことばづかいはダメだってば。かわいい美晴ちゃんに戻ってよ」

　風太は下腹部かふくぶにある傷痕が熱くなるのを感じていた。ズキズキとした痛みは徐々に激しくなり、強く握り締めた拳こぶしが震えた。

　「それで……？　その……動画……も……消して……くれるんだよ……な……？」
　「えーっ、これは交渉に含ふくまれてないからダメだよー」
　「そうか……分かった……。もういい……」
　「えっ？　何？」

　限界げんかいだった。

　「わっ、ちょっ、美晴ちゃん、待って！　落ち着いてよっ！　来ないでっ！」
　「……！」
　
　蘇夜花が何かほざいているが、戯言ざれごとは耳に入らない。風太は砕くだけそうなほどに歯を食いしばり、残りの体力全てを込めた一撃を、蘇夜花の腹部にぶち込んだ。

　ドゴォッ！！

　「うっ……！」
　
　声にならない悲鳴を上げ、蘇夜花は腹を押さえながら地面に崩くずれ落おちた。