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第3章 サトル、謡う
3-3-3 イケメンは怖くなかった
しおりを挟む「おはよう、サトル。あんた昨夜はいきなり倒れちゃうんだもの。ヴィっちゃんがめちゃくちゃ心配したんだからね!」
お皿を配り終えたマリーベルも、わざわざ立ち上がって挨拶してくれた。
明るい場所で見たら、大きなスミレ色の目も、長くてくるんくるんしてるグラデーションがかったピンク色の髪もすごく綺麗だ。
火のマナがマリーベルを内側からキラキラと輝かせていて、すっかり生き生きとしたピンクの花束っぷりが復活していた。
ぷうっとふくれっ面をして見せてるけど、とがった唇もほっぺも長続きしないで、すぐにまた明るい笑顔になる。
「ほら、見て! ヴィっちゃんとピルさんが整えてくれたのよ」
うれしそうに言いながら、マリーベルが華奢な指でちょいちょいっと髪の毛を揺らす。
昨夜は無残にざんばらになっていた髪がちゃんと整えられていて、前よりは短いけどちゃんとふわふわのツーテールだ。短くなっちゃったところはあえて横に垂らしてピン止めで押さえてるのがかわいい。
服もちゃんと破れてないものに着替えていて、本当に安心した。
もし着替えが使えないようだったら俺のを渡そうと思ってたから、ほっとしたよ。
「おはよう。へえ、いいじゃん。その服も似合ってるし」
「まあね! いただきものだしとは思ったんだけど、森の中だとあちこち引っかかるから、いろいろ外したのよ。布はいくらあっても困らないしね」
くるんと回った拍子にちらっと見えかけたお尻は絶妙な感じに隠れてるし、パンツが即見えるようなことがなけりゃいいな。
今度のはふわふわひらひらじゃなくて、バニラアイスみたいな白と焦げ茶の組み合わせで、実用的に必要なところだけピンク色のリボンが使われてる。相変わらずミニスカートとニーハイとガーターは健在だから、これはもうマリーベルのマストアイテムってやつらしい。
俺としては変な輩に目をつけられないか心配なんで、もう少ししっかり足を隠して欲しいけど、活動的に動く子はこんな服装が楽なのかも。
本当はまたあのピンクのひらひらも着て欲しいけどね。だってよく似合ってたし。
でも目立つと危ないから、これぐらいが落としどころかなあ。
「ほらほら、あんまりゆっくりしてると先にごはんができちゃうよ」
「あ、そうだわ。ふふん、お風呂に入るときはあたしに感謝しなさいよ!」
「もう感謝してるよ。ありがとう」
「ほい、行くぞ~」
スープをかき混ぜつまみ食いを防止して火の加減を見るヴィントと、ピルピルさんにも背中を押されて水場に行く。
幅は三メートル前後かな? そのまま飲めそうな水が柔らかな緑色の水草を揺らしながら流れてる。こうして見たらそんなに深くなさそうだ。
二十センチはありそうな魚や、小さな沢ガニの姿も見えた。
「とうちゃーく! とっとと入れー!」
「ま、待って。かけ湯しないと」
「ンなもんいいから!」
うわあ、見えちゃう!!
ばさっと外套が奪われて、俺は慌ててお湯に飛び込んだ。ちょっとぬるいけど気持ちいい!
「もう、ひどいなあ」
「ひどくない。おーい、ルー! こいつのタオルと着替えを持ってこい!」
「いいってば、そんな」
「すっぽんぽんのまま飯を食うのかー?」
なんでそうなるんだ! テントに戻って着替えれば済むことなのに。
はあ…言っても無駄そう。
諦めてずるずると沈むと、俺はお湯に入ったことでしくしくと痛み出したあちこちに、うなり声を堪えながら顔を洗った。
……うわ、なんか髪に当たったとこから黒いお湯が流れてきた。いや血か。
小川からこっちに水が流れ込むところを木の板で塞いだだけの簡単な作りだけど、こういう感じの露天風呂、あるあるだ!
マリーベルが火魔法で温めてくれたことが、湯気に混じった火のマナでよくわかる。
水と火のマナがふわふわ戯れてて、見てるだけでも楽しい。
それに、じわじわしみこむこの温もりは、まるで天然温泉みたいだなあ。魔力で沸かしたから、身体の中に火のマナがしみこんできてぽかぽかしてるのかも。
反面、身を乗り出して小川の方に手を入れたら、びっくりするぐらい冷たかった。
これはこれで気持ちいいし、木漏れ日を受けて宝石のように輝く水を手ですくってちょっと飲む。ふわっと身体の中から水のマナが染み渡った。
魔法が存在するこっちの人たちにとっては、この感覚はごく当たり前のものなんだろうな。俺も慣れる日が早く来て欲しいよ。
「サトル君、そっちは見た目より深いから気をつけてね」
「え、そうなの?」
「水がすごく透明だから浅く感じるけど、君の腰まであるところもあるんだ。底の方は流れが速いから、転んだら起きられないよ。それより本当に大丈夫? 無理して起きてない?」
そこになぜかルーファスネイトより先にヴィントが来た。あ、なにか持ってると思ったら、昨日着てた俺の服を洗ってくれたのか。
「だ、大丈夫。うわあ、それ……」
「うん、君の服だよ。ボタンはたぶん全部あると思うんだけど、もし足りなかったらごめんね」
「え、ボタンって、わざわざ拾ってくれたの!? あんな暗かったのに」
「僕たち獣人族は夜目が利くんだ。特に僕は狼族だからね」
慌てて向き直ったら、昨夜は金色に光っていたヴィントの目が、今は濃い蜂蜜色だった。
「あ、しかも直してくれたんだ……」
「おばあちゃんが縫ってくれたものなんでしょう? 勝手に直したら嫌かなって思ったんだけど」
「ううん、うれしいよ。それより、めちゃくちゃ汚かったのに、洗わせてごめん!」
「そんなの気にしなくていいんだよ。おばあちゃんほど上手く縫えてないと思うけど、おばあちゃんが生きていらっしゃったら、きっと早く直してあげたいと思っただろうなって……勝手にごめんね」
うわあ、なんでそこで尻尾がふしゃあ……って元気なくすかな!?
ちょっともう困る! 人型の黒くてでかいわんこがここにいる!!
「だからうれしいってば。ばあちゃんはほら! 俺が無事だってことをきっと一番喜んでくれたと思うしさ」
「うん…それはそうかな」
あ、しまった。無理に笑ってくれてる!
ヴィントからしたら俺は無事じゃないでしょってことなんだろう。お人よし過ぎて心配になるよ。
冒険者なんだから、そこはルーファスネイトみたいに、「生きてるなら無事と同義さ」ぐらい割り切っていいんじゃないかな!
えーと、なにか雰囲気を変えるような話題……。こういうときにがんばれよ、俺の交渉スキル!
くそ、反応しないってことは自分で考えろってか!
「あ、そうだ」
一つ気になってたことを思い出したから、それを話題にしたら一石二鳥じゃないか。
「聞いてもいい?」
「なんだい?」
視線を合わせるようにスマートな所作で岩場に片膝をついてくれたヴィントが、にこりと俺をのぞき込む。
自分が大きいから、上からだと威圧感を与えるって知ってるんだなあ。優しい人だ。
「昨夜、俺を助けてくれたときにさ、両手から剣みたいなのが生えてたように見えたんだけど」
あれ、なんでそこでピルピルさんが「ぷぷっ、生えるって」って笑うんだ?
「生え……ま、まあそうだね」
「もしかして、聞いちゃダメだった?」
やべえ、アレか。正義の味方とか魔女っ子がどう見てもおまえナントカだろって見た目でも、なぜか誰かわかんない設定で知らんふりしとかないといけなかったやつか!?
「ううん、そんなことはないよ」
ちょっと焦ったけど、ヴィントは苦笑して自分の両腕……二の腕あたりを撫でる。
「見た方が早いね」
「うわ」
褐色の大きな両手を握り、ヴィントの周りに土のマナが浮かぶと、ヴンッとなにかを切り裂くような音がして、黒い刃が生えた。
肘の少し下から二の腕全体を覆って、まるで黒い石で作ったような刃物っぽいものが出てきたんだ。
「なにこれ、かっこいい! あれ、でも刃がついてないの? 昨日これで切ってた気がしたんだけどな」
「ありがとう。今は切れないよ。切るつもりがないからね。だから触ってもいいよ」
おお、許可が出た!
指先でちょん、と触ったら、うん。やっぱり石だ。
でも冷たくない。むしろあったかい。
今度は手のひらでぺたぺたと触ってみる。
へえ、表面は滑らかだな。固そう。オニキスみたいだ。
「そいつのソレは便利だぞー? 切ってよし、盾代わりに守ってよし、しかも研ぎいらずだ」
「え、なんで!? 石っぽいから?」
ピルピルさんに教えてもらって、俺はびっくりしてもっとじっくり触ってみた。
本当にオニキスとか? あれってめちゃくちゃ固いらしいし。厚みも結構あるな。確かに頑丈そうだ。
「これは、僕の身体の一部みたいなものだからね」
「骨ってこと?」
「骨……」
あ、ヴィントの耳と尻尾がへにゃあと落ちて、ピルピルさんが「ぶはッ!」と吹き出した。
なんなんだ、俺は真面目に聞いてるのに失礼な!
「ははは……ッ! ち、違う違う! その坊主自身の『力』から出来てるんだよ。だから戦闘で受けた自分へのダメージ次第で欠けたり折れたりもするが、回復したらそれも元に戻る。タフなヴィントには打って付けなのさ。なにせ自分が消耗しない限り、それの切れ味が鈍ることがないんだからな」
「へえ、すごいじゃん! 手入れ道具がいらないなら、冒険者にぴったりだよね」
どんな武器だって手入れをしなかったら錆びたりするし。それが自分の手入れなんだったら、わかりやすくてよくない?
疲れたら休むとか、そういう風に自分自身のことを気に掛けるって、本当に大切なことだよ。
「うん、そうだね。確かに便利だって、今さら思い当たったよ」
優しく笑ったヴィントはしみじみとした声で呟きながら頷いて、石の刃を撫でるような仕草をしてそれをしまった。
不思議だなあ。そこにあるのはもう、昨夜借りた普通の黒い革の上着の袖だ。なるほど、これがマジックアイテムってやつか。
さて、謎も解けてすっきりしたし、あとはさっさと上がるだけと思ったんだけど。
「ねえ、サトル君」
でも、話はここで終わらなかった。
ヴィントの声が少し低く、表情も真顔になって蜂蜜色の目で俺を見る。
見た目がこうだから、この人の優しさを知らなかったら、竦みそうな迫力だ。
「君は昨日、ナーオットを飛び出して森の家に帰ろうとしたらしいけど……」
「うん」
本当は、この話をしに来たんだってわかる声音だ……。
ゆっくり揺れてた尻尾をふさ…っと落としたヴィントはそれでも優しい声で、そして真摯な表情で言ってくれた。
「君はまだ子どもだ。一人になっちゃいけない。困ったら、信頼できる大人を頼るんだよ」
「………」
「僕たちは出会ったばかりだし、僕たちを頼れなんて偉そうなことは言わない。もちろん、頼ってくれたらうれしいけどね。でも、ナーオットのギルドマスターのサイモンさんやマイヤは頼れる大人だし、もちろんピルさんもそうだよ。いいかい? 一人で抱え込んじゃ駄目だからね」
「うん、そうする」
見た目が子どもの俺に褒められてもうれしくないだろうけど、ヴィントって…ヴィントって本当にもう、なんっていい子なんだ…!
いやもう、どんな親御さんに育ててもらったらこんな好青年に育つんだろう!?
俺もいつかこんな息子が欲しい。……いや、このままじゃダメだ。お人好しすぎるのはやっぱり心配になる。
子どもの分際じゃ言えないけども、俺はあなたが誰かに泣かされないかが心配だよ。
もちろんめちゃくちゃ強いのはわかってるけど、ほら、心はとっても柔らかそうだし!
「約束だよ?」
慣れた仕草で頭を撫でに来た褐色の大きな手を素直に受け入れたら、表情や仕草はかっこいいスマートなお兄さん感満載なのに、立派な尻尾はすっかり元気を取り戻してふさっふさっとうれしそうに揺れるのがずるい!
「じゃあピルさん、ちゃんと見てあげてね」
「ほいほい、いいからあっち戻ってな。ボクが何人育てたと思ってるんだい?」
……本当にピルピルさんっていくつなんだろう?
首を傾げながら、俺は「本当かなあ」とでも言いたそうな心配そうな表情で、途中で振り返りながら火元へ戻って行ったヴィントを見送った。
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