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最終章 真夏の夜に馳せる音色

伊織の告白

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 運よく空いていたテーブルと椅子に腰かけると、疲れた足がすっと楽になる。
 袋から焼きそばを取り出して、割りばしを伊織くんに渡した。

「そ、その――」

「ん? 何?」

 今日は彼の顔をまともに見れていない。むずがゆい感覚が常に身に纏っている。
 ひと口食べても味がしない、こぼれないように、丁寧に食べるけれど、普段からやりなれていないので、悪戦苦闘していた。
 私は、左の髪の毛を耳にかけて食べ進め、いつまでも箸が進まないでいる彼を見てみると、こちらをジッと見つめていた。


「な、なに?」

「いや、なんでもない」

 顔を真っ赤にしながら、慌てて焼きそばを食べ始める。
 なんとも言えないホワホワした空気が私たちを包んでいた。
 でも、嫌な感じはまったくしない、むしろ、心地よく時が流れていないのでは? そんなことも考えてしまった。

 食べ終えて、ゴミ箱に捨て終えると自然と彼は私の手を握ってくる。
 私もそっと握り返すと、ぐっと力が込められた。

 それから、私たちは花火までの時間を楽しく過ごしていく。
 とくに、お店で売っていた髪飾りを彼が買ってくれ、私に手渡しきた。

 淡いオレンジ色の花飾り、なんの花なのかわからないけれど、とても綺麗で、母から借りているかんざしとは別の場所につけてみた。

「……どう?」

「うん、やっぱり似合っている」

 もじもじと、下を向きながら小さく「ありがとう」とだけ伝えると、また歩き出した。
 ふとしたタイミングで彼は、腕時計を確認すると、もう少しで花火の時間になりそうだと教えてくれる。

「行こうか」
 
 人混みが増すなか、私たちは用意された特等席へと向かっていく。
 あるラインを超えると、一気に人が少なくなり、席に到着するころには静かな空間になっていた。
 
「寒くない?」

「うん、大丈夫」

 小さな板が地面に敷かれ、その上に座ると必然的に距離が縮まる。
 そして、数分後に花火が打ちあがった。

 ドンッ‼ パンッ‼ パラパラ……――。

 いくつもの、綺麗な花火が夜空を彩っていく。
 それは、言うまでもなく綺麗で儚くて、その光に照らされた彼の横顔は、神秘的でもあり、とてもカッコよかった。

 ひゅうっと風が吹く、少し冷たい風が浴衣の間から入ってきて、寒く感じてしまう。
 でも、隣には伊織くんがいた。
 
「ちょっと、ごめんね」

 花火の効果なのか、それともまた、何か私を動かす要因があったのかは定かではない。
 だけど、そっと静かに彼の肩に頭をのせる。
 ジンワリと温もりが伝わると同時に、一瞬強張った感じがしたけど、すぐに解け私の体重を受けれてくれた。

 ただただ、そっと空を見上げるとそこには真面目な横顔と艶やかな夏の花が夜空を彩っていた。

 花火が終わると、急に寂しさが込み上げてくる。
 周りの人たちは、それぞれ帰りの支度を済ませ、わらわらと帰りだした。
 それでも、私たちは動かずにその場に座ったままでいる。

「ねぇ、もう少しだけ大丈夫?」

 彼の問いに私は小さく頷いて答えると、そっと立ち上がり今までもそうしていたかのように私の手を引っ張ってくれた。
 そして、会場から歩いて十分ほど行くと、人混みが一気に薄れ虫と草木の音だけが聞こえてくる。

「音が綺麗」

「そうかもしれないね。なんだか、さっきまで居た世界と同じとは思えない」

 あまり発展しているとは言い難い街、でも、お祭りの会場からこんなに近くで、自然を感じられるとは思わなかった。
 冷たい風はもう吹いていない、あるのはとろりと緩んだ月の灯りと舗装されたアスファルトからポロポロと崩れかけた道路に、雑草が目立つ感じになってくる。

 街の明かりを背にしながら私たちは手を繋いだまま歩く、そして、月の明かりに一瞬照らされたとき伊織くんはこちらを向いた。
 この暗い世界でもハッキリとわかるほど、顔は赤くなり緊張している。

 どちらともなく、手を離し二歩ほど距離をあけた。

「ひ、陽さん‼」

「は、はい……」

 お互い、裏返った声を出してしまい。その場の空気が軽くなった。
 そして、どちらともなくクスクスと笑いだし、先ほどの緊張感は遠くへと去ってしまう。

 潤んだ瞳に、まっすぐ伸びた背中、そして優しい顔全てが私を向いてくれている。
 
 それでも、彼はコホンっと一度咳ばらいをすると、私に小さいけれどしっかりとした口調でこう言ってきた。
 不思議と今までのドキドキは感じない、真っ白な心で彼を向いていられた。

「僕を受け止めてくれたとき、凄く嬉しかった。初めて人に認められたようで、陽さんの言葉で前に進むことができた」
 
 違う、それは私だけの力じゃないよ――。

「物静かに思えたけれど、どこか芯がしっかりしていて、僕よりも強い心を持っている」

 私は逃げ出してきた。いつも、自分に枷を感じ、殻に閉じこもることで護ってきた。だから、強いのは伊織くんあなた自身だよ。

「気が付くと、自然と目で追ってしまう。自分が今まで感じたことのない気持ちに悩んでいたけれど、わかったんだ……これが恋だって‼ だから、二戸 陽さん――僕と付き合ってください」

 トクンッ――。
 ドドドド――。
 
 今まで静かだった心臓がいきなり早くなりだし、呼吸が苦しくなる。
 だけど、目の前の彼は真剣な表情で私を見つめたまま動かない、今度は私が答える番だ。
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