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田村兄妹
ニューフェイス ⑤
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「はぐうううぁあ!」
手を握り返された会長は、奇声を発しながら後ろへダッシュで戻ると、茂みの陰に隠れてしまった。
「えっと……。 何かしましたか?」
困惑する蒲生さんに、妹の鮎子は「心配しないで、ただの病気よ」と言って鼻で笑っている。
確かに、私がイメージする田村会長のイメージではまるでない。
いったい何がどうなっているのか、先日の双腕重機の件といい、今まで私が暮らしていた世界とは違っているのではないだろうかと、思えてくる。
「そ、そうですか、それならあまり気にしないことにしておきましょう。 でわ、帰りますか?」
蒲生さんが私に手を差し伸べてエスコートしてくれた。
まだ足に若干の違和感をもっているような歩き方で、私を守りながら車までの短い道のりを案内してくれた。
「えっと、それでは御機嫌よう」
一応挨拶しておく必要もあると思い、振り返って述べると鮎子は笑顔で手を振りながら私を見送ってくれた。
会長は相変わらず隠れたまま出てこないでいる。
バタンッ。
ドアが閉まり、車が走り出した。
今日は疲れた。 いつも疲れない学園生活なのに、あの二人が加わるだけで、なんとも忙しい日となり、大切な授業内容を覚えていない。
帰ったら板書したノートを見返して復習する必要がある。
「はぁ……」
「疲れましたか?」
小さく頷くと、彼は鞄から取り出した魔法瓶を取り出してコップに注ぐと、私にそれを渡してくれる。
薄茶色の液体から、顔ってくる柑橘系の良い香りに慌ただしく感じた心が、一気に落ち着いていくのがわかった。
ひと口飲み込むと、若干温くなった液体が体中に染みわたっていく。
「おいしい、これって花林?」
「正解です」
既存のスーパー等で売っている商品をお湯で割っただけの品と言っているが、それでも十分美味しく飲める。
普段はそれほど口にしないが、興味がでてきた。
「どうですか? 落ち着きましたか?」
「えぇ、ちょっと変わった人たちに絡まれたけど、なんとか一日終われそうね」
苦笑しながら何かを察してくれたようで、あとは何も言わずにただ外の景色を眺めていく。
帰ったら、おススメのアステカ音楽を教えてもらおう。
そんなことを考えながら、澄んだ景色の奥に沈む太陽にお別れを言いながら、車の揺れを楽しんだ。
帰宅すると、すぐにベッドにダイブしながら、枕に染み込んだ自分の香りを嗅ぐ。
最近付け始めた香水の香りが馴染み始め、自分の体の一部になってきたかのように思えた。
「そういえば、おススメのアステカ音楽教えてもらうの忘れた」
枕を強く抱きしめ、両足をバタバタと泳がせると暖房が効き始め部屋の温度が徐々に高くなっていく。
制服にシワができてしまうのを忘れており、慌てて起き上がり鏡を見て入念にチェックする。
「うーん」
最初はシワの有無を調べるだけだったが、なぜか自分の足や腕、顔の部位に目がいってしまう。
自分は彼にとってどのように映っているのだろうか?
そもそも、なぜ蒲生さんの視線を気にしないといけないのか、この感覚がつかめないでいる。
今まで経験したことのない、なんとも形容しがたい感情であった。
しかし、嫌な感情でないのは確かで、もう少しだけ彼のことを知りたいという願望と、もう少しだけ自分を磨きたいという欲がでてくる。
今日の晩御飯はなんだろうか? きっと美味しいに決まっている。
それでも、口に残るあのカリンの飲み物の味が恋しくなってきた。
「お嬢様、よろしいですか?」
急に部屋の扉をノックされ、蒲生さんの声が聞こえてくる。
慌てて髪に毛をチェックし、恐る恐るドアのカギを開けて。
「どうかしたの?」
「申し訳ございませんお休みのところ、実は少し思い出したことがございまして」
何を思い出したのだろうか、彼が私にわざわざ言ってくるのだから、きっと重要なことなのだろう。
「部屋入る?」
「いいえ! そこまでしていただくとも大丈夫です。 それに、すぐ終わりますので」
「けが人を寒い廊下にずっと立たせているのも、問題あると思うけど……。 それに、ドアを開けっ放しだとせっかくの暖かい空気が全部抜けちゃうの」
少し強めに言うと、彼は観念したのか足を引きずりながら部屋に入ってくる。
さきほどは歩けていたが、無理をしているのだろう。
あんな風に腫れ上がったのだ。 早々に完治などするはずがない。
「本当にすみません」
「いいの、気にしなくとも、それより思い出したことって?」
「それなのですが、帰りにお会いした田村様ですが、おそらく以前、私と会っております」
なるほど、確かによくよく考えてみると、田村会長は元から蒲生さんを知っている様子だったので、以前どこかで会っている可能性は十分ある。
そして、彼の話では詳細は覚えていないが五年ほど前に山で遊んでいるところを、人に攫われそうになった会長を助けているのではないかと言う。
「攫われる?」
「ええ、当時の田村は飛ぶ鳥を落とす勢いのある企業で、犯行予告が届くのは日常茶飯事でした。 しかし、万が一を考慮し、ご子息である白馬様を含めご家族の護衛を我々のチームで行っておりました」
その危惧していたことが、家族で旅行にいったキャンプで会長が攫われたというのだ。
チームで手分けして探し、なんとか救出に成功した。
「でも、なんで顔を覚えていなかったの? 五年でしょ? やっぱり人って、結構変わるのかしら?」
「それなのですが……。 私は当時入社したてであまり、今のように人と接していなかったんですよ。 顔も名前も覚えるのが苦手で、唯一誇れたのは喧嘩が強かった程度で、最初の一年は本当に何も覚えられなかったですね」
ほぼ、初めての任務に近い状態で人質を死なせることもなく救出できたことが、今後の彼の会社での立ち位置を大きく決めたのは言うまでもない。
そして、時間と共に今の自分がつくられたとも教えてくれた。
「じゃあ、今のあなたは偽物なの?」
「そうかもしれません、自分でもどれが本当の自分なのかわかりませんが、これだけは言えます」
「なに?」
「私は、あなたを絶対お守りいたします」
手を握り返された会長は、奇声を発しながら後ろへダッシュで戻ると、茂みの陰に隠れてしまった。
「えっと……。 何かしましたか?」
困惑する蒲生さんに、妹の鮎子は「心配しないで、ただの病気よ」と言って鼻で笑っている。
確かに、私がイメージする田村会長のイメージではまるでない。
いったい何がどうなっているのか、先日の双腕重機の件といい、今まで私が暮らしていた世界とは違っているのではないだろうかと、思えてくる。
「そ、そうですか、それならあまり気にしないことにしておきましょう。 でわ、帰りますか?」
蒲生さんが私に手を差し伸べてエスコートしてくれた。
まだ足に若干の違和感をもっているような歩き方で、私を守りながら車までの短い道のりを案内してくれた。
「えっと、それでは御機嫌よう」
一応挨拶しておく必要もあると思い、振り返って述べると鮎子は笑顔で手を振りながら私を見送ってくれた。
会長は相変わらず隠れたまま出てこないでいる。
バタンッ。
ドアが閉まり、車が走り出した。
今日は疲れた。 いつも疲れない学園生活なのに、あの二人が加わるだけで、なんとも忙しい日となり、大切な授業内容を覚えていない。
帰ったら板書したノートを見返して復習する必要がある。
「はぁ……」
「疲れましたか?」
小さく頷くと、彼は鞄から取り出した魔法瓶を取り出してコップに注ぐと、私にそれを渡してくれる。
薄茶色の液体から、顔ってくる柑橘系の良い香りに慌ただしく感じた心が、一気に落ち着いていくのがわかった。
ひと口飲み込むと、若干温くなった液体が体中に染みわたっていく。
「おいしい、これって花林?」
「正解です」
既存のスーパー等で売っている商品をお湯で割っただけの品と言っているが、それでも十分美味しく飲める。
普段はそれほど口にしないが、興味がでてきた。
「どうですか? 落ち着きましたか?」
「えぇ、ちょっと変わった人たちに絡まれたけど、なんとか一日終われそうね」
苦笑しながら何かを察してくれたようで、あとは何も言わずにただ外の景色を眺めていく。
帰ったら、おススメのアステカ音楽を教えてもらおう。
そんなことを考えながら、澄んだ景色の奥に沈む太陽にお別れを言いながら、車の揺れを楽しんだ。
帰宅すると、すぐにベッドにダイブしながら、枕に染み込んだ自分の香りを嗅ぐ。
最近付け始めた香水の香りが馴染み始め、自分の体の一部になってきたかのように思えた。
「そういえば、おススメのアステカ音楽教えてもらうの忘れた」
枕を強く抱きしめ、両足をバタバタと泳がせると暖房が効き始め部屋の温度が徐々に高くなっていく。
制服にシワができてしまうのを忘れており、慌てて起き上がり鏡を見て入念にチェックする。
「うーん」
最初はシワの有無を調べるだけだったが、なぜか自分の足や腕、顔の部位に目がいってしまう。
自分は彼にとってどのように映っているのだろうか?
そもそも、なぜ蒲生さんの視線を気にしないといけないのか、この感覚がつかめないでいる。
今まで経験したことのない、なんとも形容しがたい感情であった。
しかし、嫌な感情でないのは確かで、もう少しだけ彼のことを知りたいという願望と、もう少しだけ自分を磨きたいという欲がでてくる。
今日の晩御飯はなんだろうか? きっと美味しいに決まっている。
それでも、口に残るあのカリンの飲み物の味が恋しくなってきた。
「お嬢様、よろしいですか?」
急に部屋の扉をノックされ、蒲生さんの声が聞こえてくる。
慌てて髪に毛をチェックし、恐る恐るドアのカギを開けて。
「どうかしたの?」
「申し訳ございませんお休みのところ、実は少し思い出したことがございまして」
何を思い出したのだろうか、彼が私にわざわざ言ってくるのだから、きっと重要なことなのだろう。
「部屋入る?」
「いいえ! そこまでしていただくとも大丈夫です。 それに、すぐ終わりますので」
「けが人を寒い廊下にずっと立たせているのも、問題あると思うけど……。 それに、ドアを開けっ放しだとせっかくの暖かい空気が全部抜けちゃうの」
少し強めに言うと、彼は観念したのか足を引きずりながら部屋に入ってくる。
さきほどは歩けていたが、無理をしているのだろう。
あんな風に腫れ上がったのだ。 早々に完治などするはずがない。
「本当にすみません」
「いいの、気にしなくとも、それより思い出したことって?」
「それなのですが、帰りにお会いした田村様ですが、おそらく以前、私と会っております」
なるほど、確かによくよく考えてみると、田村会長は元から蒲生さんを知っている様子だったので、以前どこかで会っている可能性は十分ある。
そして、彼の話では詳細は覚えていないが五年ほど前に山で遊んでいるところを、人に攫われそうになった会長を助けているのではないかと言う。
「攫われる?」
「ええ、当時の田村は飛ぶ鳥を落とす勢いのある企業で、犯行予告が届くのは日常茶飯事でした。 しかし、万が一を考慮し、ご子息である白馬様を含めご家族の護衛を我々のチームで行っておりました」
その危惧していたことが、家族で旅行にいったキャンプで会長が攫われたというのだ。
チームで手分けして探し、なんとか救出に成功した。
「でも、なんで顔を覚えていなかったの? 五年でしょ? やっぱり人って、結構変わるのかしら?」
「それなのですが……。 私は当時入社したてであまり、今のように人と接していなかったんですよ。 顔も名前も覚えるのが苦手で、唯一誇れたのは喧嘩が強かった程度で、最初の一年は本当に何も覚えられなかったですね」
ほぼ、初めての任務に近い状態で人質を死なせることもなく救出できたことが、今後の彼の会社での立ち位置を大きく決めたのは言うまでもない。
そして、時間と共に今の自分がつくられたとも教えてくれた。
「じゃあ、今のあなたは偽物なの?」
「そうかもしれません、自分でもどれが本当の自分なのかわかりませんが、これだけは言えます」
「なに?」
「私は、あなたを絶対お守りいたします」
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