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安東門々

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現実と夢

お慈悲を……

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「頼む、雪様御慈悲を」

 食事会の次の日、追試まで一週間をきり、いよいよ各自のモチベーションが否応なしに高まる時期であるが、最初から高まればよいのではというツッコミを彼は期待していない。

 両手をあわせながら頭を下げる秀は、毎度のことのように雪道へ勉強を教えてもらうためにお願いをしている。

「あのね、秀はいつも追試になってから頼むのよくないよ」

 雪道の隣には毎度のことのように、寧音がいて、秀を叱りつけるが、これも定例行事になっている。

「そこをね、頼む。」

「いいよ、俺の復習にもなるから」
 
「感謝!」

「雪は甘すぎるのよ。 もっと厳しくいかないと」

 冷たい目線で秀を睨めつけるが、その視線から逃れるように雪道に助けを求める。

「で、今回は何が赤点なの?」

「今回は健闘したぞ! なんせ数学をギリギリだが回避して、今回は世界史と日本史だけだ!」

「日本史? 秀って日本史もとってるの?」

「いや、地理にしようかと思う。 倫理も捨てがたいけど。まあ、今回の日本史はあれだ、その」

「わかった! あなた休みの宿題やってないでしょ?」

「正解! その小テストの追試です」

「でも、それは本試験にはあまり関係ないんじゃない?」

「これ、通らないと地理に変更できないって言われた」

「じゃあ、今回の本試験の追試って世界史だけ?」

「そうだな、それともう一つだけお願いがあるんだが、俺の彼女も実は世界史落としてて」

「いいよ、二人同時に教える」

「雪様‼」

 話を聞いていた寧音は、疲れたような表情で好きにやってと、一言置いていくと、そのまま席についた。
 そして、秀も雪道もそれぞれの教室に帰っていく。
 騒がしい放課後が待っていそうな予感に、寧音は少し楽しみなような、煩わしいような、複雑な感情が全身を駆け巡っている。


 放課後になり、美化委員の仕事を手早く済ませた寧音は、教室に戻ると机の中から本を探す。
 すると、一枚の紙が入っており、名前と連絡先のIDが記載された紙で、裏には待ってます! と陽気な文字で綴られていたが、これは見なかったことにした。

 名前は知っている、確か隣のDクラスで卓球部のキャプテンを務めていた人のように記憶しているが、こういった行動は直接でないと、彼女は一切無視と決めている。

 常に学年のテストの順位は十番以内で、その美貌から彼女を狙う男子は多く、いつも一緒にいるのが、あの前髪が邪魔をしている雪道では、チャンスが自分にもあるのではないか? と淡い期待を胸に行動に移す男子が後を絶たないが、全て直接ではなく、何らかの形で間接的に距離を詰めようとしてくる。
 
 それが、彼女にとっては本気の行動のようにはけっして思えず。
 いつも、連絡や会う約束を無視している理由でもあった。

 一時期、そういった態度が気に食わないと一部の女子から嫌われて、嫌な思いもしそうになったが、そのときは秀や雪道が協力して助けてくれた。
 主に秀が行動してくれたが、雪道がうまく彼をサポートしてくれておかげで、円滑になったのは事実であり、日向と影のような存在であるが、二人は常に名コンビを築いている。

 それ以降、いくら無視をきめても誰からも咎められることはなくなり、心置きなく生活できている。
 
「さて、今日は私も教えたほうがいいのかな?」
 
 まだ来ない幼馴染と、その親友に加えて今回からは、とても可愛らしい後輩も加わる。
 彼女は少しワクワクしながら、教科書とノートを取り出して準備を進めていると、不意に教室の扉が開き、彼女を連れた秀が入ってくる。

「よーす」
 
「お、おじゃまします」

 まだ慣れていない上級生の教室に視線を巡らせながら、千香は寧音の斜め前の席に座ると、秀は寧音の隣に座った。
 
「雪は?」 

「たぶん、まだ図書室よ」

「なんだ、俺に勉強教えてくれるんじゃないのかよ」

「あなたに勉強を教えるから、自分の勉強を済ませてからくるんでしょ。」
 
「え? それだと、やっぱり迷惑ですかね?」
 
 千香が、少し困ったような顔をすると、即座に寧音が秀だけがいるいつもの感覚で会話してしまったことを悔い、そして優しくフォローを入れることにした。

「大丈夫、雪は人に勉強を教えるのが好きだから、きっと楽しみにしている」

「そ、そうですか? それなら嬉しいですが」

 とても愛らしい潤んだ瞳が彼女を見上げると、なんとも言えない感覚がこみ上げてきて、知らないうちに、優しく抱きしめていた。

「可愛い……秀にはもったいない」

「え、ちょっと先輩……‼」

 突然のことに驚きを隠せないでいる千香に対して、仮初の彼氏はなぜか顔を赤らめて、満足した表情で頷いている。

 我に返った寧音は、名残惜しそうに体を離すと、今度は秀に対して口撃を開始した。
 なぜ、こんな可愛い後輩が秀なんかに? 勿体ないなど、止めどなく言葉は発せられるが、二人は複雑な心境になっており、早く雪道が来ないかと内心では思っていた。
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