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四人組
エジプト料理に詳しい人はお好きですか?
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「更に付け加えるなら、お前が極度の人見知りって情報を俺は今日知ったぞ」
「だって、言ってないし言わなくても困らない情報だと思って」
「それはそうだけど、でも人見知りって言われてもあんまりピンとこないけどな」
「そもそも、そんなに人と会話しないしね」
「それは人見知りだからか?」
「いや、違う、ただ単純にどうやって人と話したらよいのかがわからない」
その答えに対して秀は少し笑うと、彼の隣に並び料理を切り分けるのを手伝いだした。
そんな会話を視界の端で情報を逃さないように聞きながら、千香は目の前の美人による質問の嵐をなんとか凌いでいる。
「なんで秀なの?」
「どこで知り合ったの?」
「好きな食べ物は?」
など、質問の内容は多岐にわたった。
昨日、仮初の彼氏と一緒に選んだ淡いオレンジ色のワンピースを端をしわにならない程度に握りしめて、なんとか受け答えしていると、不意に彼女の隣に秀が現れた。
「それぐらいにしてくれると、助かるな」
彼の手には綺麗に皿に盛られたスイーツを二皿もっており、千香と寧音の前に静かに置くと、今度は雪道がフォークと香りのよいお茶をだした。
「このシャーイ・ビン・ナアナアで口の中をリセットしてから食べると、より味がわかるよ」
その優雅で流れる手つきに見惚れる千香、一方寧音は雪道に素朴な疑問を投げかける。
「それって、なんていうお茶なの?」
「簡単に言うと、ハーブティーかな」
「だったら、初めからそう言ってくれると助かるけど」
「なんか、雰囲気的にそう言ったほうが良いと思って」
「いやいや、普通に考えたらそんな言葉出てこないし、どこの言葉なんだよ」
それに便乗して秀が問うと。
「アラビア語」
二人は顔を見合わせて苦笑いすると、その香り豊かなお茶をすする。
しかし、後輩の彼女は尊敬のまなざしで雪道を見つめている。
「す、すごいですね雪道先輩は、アラビア語もできちゃうんですか?」
「いや、できないよ。 ただ、このお茶つくるときに簡単に調べてただけ」
「わざわざ、調べないって」
秀が呆れたような表情で、会話を中断させると今提供されたばかりのスイーツをいただくことにした。
「な、なんだこの食感と味は、ナッツが良いアクセントになっていてシロップが大量にかかっているが、それほど甘さを感じさせない」
「なんか、秀って稀に若干だけど語彙力上がるよね」
「いや、さっきのお米のプリンも衝撃的だったけど、こっちも凄く美味しい」
「どれどれ……」
女性二人は、サクサクの生地をフォークで崩しながら口に運ぶと、その顔は満面の笑みに変わり、続いてお茶を少しのみこんだ。
「見た目も食欲をそそりますが、この香りとこの食感、凄く後味がいいですね」
「なんだろう、雪っていつも茶色い料理ばかり作っていたイメージあるけど、これは嬉しい発見ね」
「雪道先輩、ちなみにこの料理はどこの国の料理ですか?」
「これもエジプト料理で、コナーファっていうお菓子なんだけど、あっちではポピュラーなお菓子だよ」
感動する後輩と寧音を横目に、秀は落ち着きを取り戻して、今日はなぜそんなにエジプト料理にこだわるのかと、目の前で黙々と食べている親友に問いかけると。
「実は今月の頭にウガリット神話を読んだら、個人的に今エジプトブーム到来中、でも、ロズビラバンは以前から作っていたけどね」
「ごめん、最初の説明の半分以上意味がわからないんですが」
「じゃあ、昼の料理もエジプト料理を期待してもいいのかな?」
「いや、今日はおばんざい風の料理だよ」
「貫けよ! 自分を貫けよ! そこは未知の領域のエジプト料理だろ普通」
「リアルな回答を述べると、食材を揃えるのが困難な点と、家の台所に備わっている道具を考慮した結果、できないという結論にたっしました」
「できる料理探せばいいだろ、なんでその考えにはいたらなかった」
「面倒だから」
がっくりとうなだれる親友に興味がないのか、一人食べ終わると、また寧音からの質問攻めにあっている千香の隣に腰かけた。
「寧音、選手交代」
「えぇ……これからが良いところだったのに」
フグのようにホッペを膨らませる彼女を視界から追い出し、まだ緊張が色濃く残っている後輩にお茶のお替りを注ぐと、飲むように勧める。
そしてお互いが一口飲み終わると、顔を真っ赤にした彼女を見て、ますます緊張させてしまったと思った彼は、秀に助けを求めるような視線を送るが、親友は幼馴染と一緒にロズビラバンとコナーファを交互に食べて食レポバトルを繰り広げていた。
寧音の猛攻に疲れているのではと思って、ハーブティーをすすめただけなのに、更に緊張させてしまった自分の行動を後悔し、こういった場合の対処法を彼は知らないのだ。
「すまない、寧音が君に凄く興味があって、それで、あんなに質問しているけど、悪気があるわけじゃないから」
「いえいえ、こちらこそ、寧音先輩のお顔をあんな至近距離で拝見できるなんて、眼福以外の何物でもないです」
「寧音ってそんなに美人かな? ずっと一緒だから、客観的にみれなくて」
「物凄い美人さんですよ! こう、なんでしょうか……? ずっと見ていたいって思えちゃうくらい美人さんです」
「それ、本人聞いたら喜ぶと思うよ。でも、君も凄く可愛らしいと思うけどな。 秀には勿体ない」
「え……」
「その服も素敵な色合いで、似合っているし」
「ちょっ、ちょっと失礼します‼」
急いで立ち上がった彼女は、不毛な食レポ対決をしている秀の肩を掴むと、大急ぎで部屋からでてしまう。
その様子を伺っていた寧音は、してやったりとした顔で雪道に近寄ると、そこには右手に紅茶のカップを持ったまま硬直した状態の彼がいた。
長年の付き合いで、これはそうとうなショックを受けたときにする行動だと、彼女は知っている。
「なにやらかしたの?」
「それが、全然わからないんだよ」
「じゃなきゃ、あんな風にならないでしょ、とにかく、どんな会話したのよ?」
「えっと、寧音が美人って話と」
「それって、雪からみて?」
「いや、彼女のご意見です」
その答えを聞いた寧音は少しだけ、複雑な表情を浮かべると、きっとあの子とは仲良くできると、右手を握りながら嬉しそうな表情に切り替わった。
「次に、服装とか容姿について褒めた」
「雪が? それは珍しいじゃない、なんて言って褒めたの?」
「可愛いとか服も似合っているとか、そんな程度だよ」
「ショック、雪に私は言われたことないんだけど、それに、そんなふうに普段から言えるならもっと友達とかいてもよくない?」
「秀の彼女さんだから、失礼のないようにと思って、しかも、緊張していたからそれを取り除こうともしたけど、でも、そう思ったのは事実だけど」
寧音も雪道の話しの内容をきく限りでは、あまり失敗した点は見受けられず、更に雪道が女性を褒める行為を、長い付き合いだったが初めて経験したことに彼女は驚いている。
その頃、部屋の外では、顔を上げるのが不可能なぐらい染めらせた千香が、助けを秀に求めていた。
「ちょ、ちょっと! こんな不意打ちまったく想定していませんでしたよ! どうしてくれるんですか、秀先輩の情報では、雪道先輩は鈍くて、こういったことには疎いんじゃないんですか?」
「いや、さすがに雪がそんなセリフを言うのを俺は聞いたときがないが、凄いな一撃でど真ん中を撃ちぬくなんて、劇画調漫画でM16を使ったスナイパーのような的確さだね」
「なに、感心しているんですか、これ非常にまずい事態ですよ。絶対、あの二人は不審に思っていますって」
「確かに、あんな勢いで出ていったら、だれでも不思議に思うけど、その表情を見られたら、それこそ寧音あたりに一発で見抜かれるかもね」
「どうしましょう、このままだと戻りにくいんですが」
しかし、秀には名案があると言って、彼女の手を握ると、そのまま部屋に戻ろうとする。
「大丈夫なんですか⁉」
「任せなって」
扉を開けると、そこには何かを相談し合う雪道と寧音の姿があり、寧音は二人の姿を確認するなり、こちらによってきて雪道が、何か失礼なことを言ったのではないかと、気遣ってくれた。
「心配するな、千香がどうしても我慢できなくなったようで、それで俺に助けを求めてきたんだ」
それを聞いて、寧音は理解したような表情で顔を上下に動かすと、秀の隣にいる彼女は怒りのこもった眼差しで彼を見上げた。
「何が、そんなに我慢できなかったの?」
雪道は理解できなく、その真意を確かめようと聞いてくるが、幼馴染から額に軽くチョップをお見舞いされ、無理やり会話を中断させた。
その後は、落ち着きを取り戻した千香を囲み、各々が楽しく会話をしたり、お昼には雪道特製のおばんざい風の料理を食べて、全員が感動していた。
特に評判が良かったのは、『きんぴらごぼう』で、秀と寧音が喧嘩に発展するほどの取り合いになったが、雪道が後日大量に作ったのをそれぞれに提供するかたちで収まり、片づけを一通り終えると、その日は解散となった。
その日の帰り道に、秀と一緒に帰ることになった千香は、雪道の家から出て一個目の角を曲がったときに、いきなり隣の彼の横っ腹に鋭い突きを入れる。
いきなりのことで、理解が追いつかないが、一言申すならば、部屋から出ていった理由が少しだけ気に食わなかったようで、彼からしてみたら名案に思えたが、どうやらそうではなかったようだ。
しかし、トータル的には上手くフォローしてくれた秀に感謝しており、最後に駅の裏でひっそりと老夫婦が営む今川焼を一緒に頬張って別れた。
秀は、駅とは反対方向の自宅までの道のりを、いつもより陽気な気分で歩くことができ、それはきっと彼女のおかげなのかもしれない。
腹にたまった今川焼は、家に着くまで彼の体を温め続けてくれた。
二人が帰路についているとき、静けさがもどった雪道の家では、寧音が読書をしながら、隣で勉強をしている雪道に話しかけていた。
「ねえ、私って綺麗?」
「なにその、都市伝説みたいなセリフ」
「そんなことどうでもいいから、素直に言ってくれない?」
あからさまに不機嫌になった彼女に対して、雪道は若干焦りを覚えるが、こういった場合はどう答えるのが正しいのであろうか。
「寧音は、凄く綺麗だよ思うけど」
「けど?」
「客観的には見れないんだよね。物心ついたときには、一緒にいたし、よくわからないんだ、ごめん」
読みかけの本にしおりを挟むと、オーバーリアクション気味にため息をつくと、額に手を添えて、首を軽く左右にふる。
「本当に、あなたは裏切らないわね。でも、最初に言ってくれた言葉は少しは信じてあげるから」
そして、彼女はほんの少しだけ、彼の近くに体を移動させると、また本に目を通す。
「それ、どんな本?」
「羊がたくさんでてくるやつ」
「トマス・モアの?」
「この答えで、なんでそんな考えになるのよ」
「違うの?」
「全然違います」
もういいからといった、表現をして鞄からイヤホンを取り出すと、それを耳に装着し、お気に入りの音楽を聴く。
そして、彼もまた自分のノートにペンを走らせた。
このやりとりと、この空間はずっとかわらない。
とても、居心地のよい瞬間であった。
「だって、言ってないし言わなくても困らない情報だと思って」
「それはそうだけど、でも人見知りって言われてもあんまりピンとこないけどな」
「そもそも、そんなに人と会話しないしね」
「それは人見知りだからか?」
「いや、違う、ただ単純にどうやって人と話したらよいのかがわからない」
その答えに対して秀は少し笑うと、彼の隣に並び料理を切り分けるのを手伝いだした。
そんな会話を視界の端で情報を逃さないように聞きながら、千香は目の前の美人による質問の嵐をなんとか凌いでいる。
「なんで秀なの?」
「どこで知り合ったの?」
「好きな食べ物は?」
など、質問の内容は多岐にわたった。
昨日、仮初の彼氏と一緒に選んだ淡いオレンジ色のワンピースを端をしわにならない程度に握りしめて、なんとか受け答えしていると、不意に彼女の隣に秀が現れた。
「それぐらいにしてくれると、助かるな」
彼の手には綺麗に皿に盛られたスイーツを二皿もっており、千香と寧音の前に静かに置くと、今度は雪道がフォークと香りのよいお茶をだした。
「このシャーイ・ビン・ナアナアで口の中をリセットしてから食べると、より味がわかるよ」
その優雅で流れる手つきに見惚れる千香、一方寧音は雪道に素朴な疑問を投げかける。
「それって、なんていうお茶なの?」
「簡単に言うと、ハーブティーかな」
「だったら、初めからそう言ってくれると助かるけど」
「なんか、雰囲気的にそう言ったほうが良いと思って」
「いやいや、普通に考えたらそんな言葉出てこないし、どこの言葉なんだよ」
それに便乗して秀が問うと。
「アラビア語」
二人は顔を見合わせて苦笑いすると、その香り豊かなお茶をすする。
しかし、後輩の彼女は尊敬のまなざしで雪道を見つめている。
「す、すごいですね雪道先輩は、アラビア語もできちゃうんですか?」
「いや、できないよ。 ただ、このお茶つくるときに簡単に調べてただけ」
「わざわざ、調べないって」
秀が呆れたような表情で、会話を中断させると今提供されたばかりのスイーツをいただくことにした。
「な、なんだこの食感と味は、ナッツが良いアクセントになっていてシロップが大量にかかっているが、それほど甘さを感じさせない」
「なんか、秀って稀に若干だけど語彙力上がるよね」
「いや、さっきのお米のプリンも衝撃的だったけど、こっちも凄く美味しい」
「どれどれ……」
女性二人は、サクサクの生地をフォークで崩しながら口に運ぶと、その顔は満面の笑みに変わり、続いてお茶を少しのみこんだ。
「見た目も食欲をそそりますが、この香りとこの食感、凄く後味がいいですね」
「なんだろう、雪っていつも茶色い料理ばかり作っていたイメージあるけど、これは嬉しい発見ね」
「雪道先輩、ちなみにこの料理はどこの国の料理ですか?」
「これもエジプト料理で、コナーファっていうお菓子なんだけど、あっちではポピュラーなお菓子だよ」
感動する後輩と寧音を横目に、秀は落ち着きを取り戻して、今日はなぜそんなにエジプト料理にこだわるのかと、目の前で黙々と食べている親友に問いかけると。
「実は今月の頭にウガリット神話を読んだら、個人的に今エジプトブーム到来中、でも、ロズビラバンは以前から作っていたけどね」
「ごめん、最初の説明の半分以上意味がわからないんですが」
「じゃあ、昼の料理もエジプト料理を期待してもいいのかな?」
「いや、今日はおばんざい風の料理だよ」
「貫けよ! 自分を貫けよ! そこは未知の領域のエジプト料理だろ普通」
「リアルな回答を述べると、食材を揃えるのが困難な点と、家の台所に備わっている道具を考慮した結果、できないという結論にたっしました」
「できる料理探せばいいだろ、なんでその考えにはいたらなかった」
「面倒だから」
がっくりとうなだれる親友に興味がないのか、一人食べ終わると、また寧音からの質問攻めにあっている千香の隣に腰かけた。
「寧音、選手交代」
「えぇ……これからが良いところだったのに」
フグのようにホッペを膨らませる彼女を視界から追い出し、まだ緊張が色濃く残っている後輩にお茶のお替りを注ぐと、飲むように勧める。
そしてお互いが一口飲み終わると、顔を真っ赤にした彼女を見て、ますます緊張させてしまったと思った彼は、秀に助けを求めるような視線を送るが、親友は幼馴染と一緒にロズビラバンとコナーファを交互に食べて食レポバトルを繰り広げていた。
寧音の猛攻に疲れているのではと思って、ハーブティーをすすめただけなのに、更に緊張させてしまった自分の行動を後悔し、こういった場合の対処法を彼は知らないのだ。
「すまない、寧音が君に凄く興味があって、それで、あんなに質問しているけど、悪気があるわけじゃないから」
「いえいえ、こちらこそ、寧音先輩のお顔をあんな至近距離で拝見できるなんて、眼福以外の何物でもないです」
「寧音ってそんなに美人かな? ずっと一緒だから、客観的にみれなくて」
「物凄い美人さんですよ! こう、なんでしょうか……? ずっと見ていたいって思えちゃうくらい美人さんです」
「それ、本人聞いたら喜ぶと思うよ。でも、君も凄く可愛らしいと思うけどな。 秀には勿体ない」
「え……」
「その服も素敵な色合いで、似合っているし」
「ちょっ、ちょっと失礼します‼」
急いで立ち上がった彼女は、不毛な食レポ対決をしている秀の肩を掴むと、大急ぎで部屋からでてしまう。
その様子を伺っていた寧音は、してやったりとした顔で雪道に近寄ると、そこには右手に紅茶のカップを持ったまま硬直した状態の彼がいた。
長年の付き合いで、これはそうとうなショックを受けたときにする行動だと、彼女は知っている。
「なにやらかしたの?」
「それが、全然わからないんだよ」
「じゃなきゃ、あんな風にならないでしょ、とにかく、どんな会話したのよ?」
「えっと、寧音が美人って話と」
「それって、雪からみて?」
「いや、彼女のご意見です」
その答えを聞いた寧音は少しだけ、複雑な表情を浮かべると、きっとあの子とは仲良くできると、右手を握りながら嬉しそうな表情に切り替わった。
「次に、服装とか容姿について褒めた」
「雪が? それは珍しいじゃない、なんて言って褒めたの?」
「可愛いとか服も似合っているとか、そんな程度だよ」
「ショック、雪に私は言われたことないんだけど、それに、そんなふうに普段から言えるならもっと友達とかいてもよくない?」
「秀の彼女さんだから、失礼のないようにと思って、しかも、緊張していたからそれを取り除こうともしたけど、でも、そう思ったのは事実だけど」
寧音も雪道の話しの内容をきく限りでは、あまり失敗した点は見受けられず、更に雪道が女性を褒める行為を、長い付き合いだったが初めて経験したことに彼女は驚いている。
その頃、部屋の外では、顔を上げるのが不可能なぐらい染めらせた千香が、助けを秀に求めていた。
「ちょ、ちょっと! こんな不意打ちまったく想定していませんでしたよ! どうしてくれるんですか、秀先輩の情報では、雪道先輩は鈍くて、こういったことには疎いんじゃないんですか?」
「いや、さすがに雪がそんなセリフを言うのを俺は聞いたときがないが、凄いな一撃でど真ん中を撃ちぬくなんて、劇画調漫画でM16を使ったスナイパーのような的確さだね」
「なに、感心しているんですか、これ非常にまずい事態ですよ。絶対、あの二人は不審に思っていますって」
「確かに、あんな勢いで出ていったら、だれでも不思議に思うけど、その表情を見られたら、それこそ寧音あたりに一発で見抜かれるかもね」
「どうしましょう、このままだと戻りにくいんですが」
しかし、秀には名案があると言って、彼女の手を握ると、そのまま部屋に戻ろうとする。
「大丈夫なんですか⁉」
「任せなって」
扉を開けると、そこには何かを相談し合う雪道と寧音の姿があり、寧音は二人の姿を確認するなり、こちらによってきて雪道が、何か失礼なことを言ったのではないかと、気遣ってくれた。
「心配するな、千香がどうしても我慢できなくなったようで、それで俺に助けを求めてきたんだ」
それを聞いて、寧音は理解したような表情で顔を上下に動かすと、秀の隣にいる彼女は怒りのこもった眼差しで彼を見上げた。
「何が、そんなに我慢できなかったの?」
雪道は理解できなく、その真意を確かめようと聞いてくるが、幼馴染から額に軽くチョップをお見舞いされ、無理やり会話を中断させた。
その後は、落ち着きを取り戻した千香を囲み、各々が楽しく会話をしたり、お昼には雪道特製のおばんざい風の料理を食べて、全員が感動していた。
特に評判が良かったのは、『きんぴらごぼう』で、秀と寧音が喧嘩に発展するほどの取り合いになったが、雪道が後日大量に作ったのをそれぞれに提供するかたちで収まり、片づけを一通り終えると、その日は解散となった。
その日の帰り道に、秀と一緒に帰ることになった千香は、雪道の家から出て一個目の角を曲がったときに、いきなり隣の彼の横っ腹に鋭い突きを入れる。
いきなりのことで、理解が追いつかないが、一言申すならば、部屋から出ていった理由が少しだけ気に食わなかったようで、彼からしてみたら名案に思えたが、どうやらそうではなかったようだ。
しかし、トータル的には上手くフォローしてくれた秀に感謝しており、最後に駅の裏でひっそりと老夫婦が営む今川焼を一緒に頬張って別れた。
秀は、駅とは反対方向の自宅までの道のりを、いつもより陽気な気分で歩くことができ、それはきっと彼女のおかげなのかもしれない。
腹にたまった今川焼は、家に着くまで彼の体を温め続けてくれた。
二人が帰路についているとき、静けさがもどった雪道の家では、寧音が読書をしながら、隣で勉強をしている雪道に話しかけていた。
「ねえ、私って綺麗?」
「なにその、都市伝説みたいなセリフ」
「そんなことどうでもいいから、素直に言ってくれない?」
あからさまに不機嫌になった彼女に対して、雪道は若干焦りを覚えるが、こういった場合はどう答えるのが正しいのであろうか。
「寧音は、凄く綺麗だよ思うけど」
「けど?」
「客観的には見れないんだよね。物心ついたときには、一緒にいたし、よくわからないんだ、ごめん」
読みかけの本にしおりを挟むと、オーバーリアクション気味にため息をつくと、額に手を添えて、首を軽く左右にふる。
「本当に、あなたは裏切らないわね。でも、最初に言ってくれた言葉は少しは信じてあげるから」
そして、彼女はほんの少しだけ、彼の近くに体を移動させると、また本に目を通す。
「それ、どんな本?」
「羊がたくさんでてくるやつ」
「トマス・モアの?」
「この答えで、なんでそんな考えになるのよ」
「違うの?」
「全然違います」
もういいからといった、表現をして鞄からイヤホンを取り出すと、それを耳に装着し、お気に入りの音楽を聴く。
そして、彼もまた自分のノートにペンを走らせた。
このやりとりと、この空間はずっとかわらない。
とても、居心地のよい瞬間であった。
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