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新生活

湯けむりだけじゃないでしょ

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 自分の少し絡みそうな毛先をクルクルとして眺めていると、ガチャガチャと人の気配が急にしてきた。

「あれ? 帰ってきのかな?」

 それにしては、少々騒がしい気がしてならない、ここ数日一緒に過ごして思うのは志賀くんは物静かに動いて、ひっそりと行動するのが非常に上手である。
 会社からいなくなるのを察知させない私のスキルに似ているのかもしれない。
 そんな彼が浴室まで聞こえてくる物音をたてるなんて珍しい――⁉ ま、まさか泥棒とか?

 急に怖くなり、なぜか口まで湯船に浸かりじっと構えてしまう。 
 数十秒ほど黙っていると、また静寂が戻ってきた。

「? ちょっと、本当になんなのよ」

 騒がしくなったり、静かになったりなんて逆に怖いじゃない!
 私はそろっと浴室から出て、脱衣所から声をかけてみた。 もし、本当に泥棒なら全力で柔軟剤と漂白剤のボトルを投げてやろうと思う。
 
「ちょっと! 志賀くん帰ってきたの?」

「……」

 む、無言⁉ えぇ、本当に泥棒なの⁉ 私はぐっと力を入れて手あたり次第抵抗する準備をする。
 ガクガクと手足が震えてくるほど怖いし、私一人でどうにかなるとは思えないけれど、何かできないかと考えているとコンコンとドアがノックされて彼の声が聞こえてきた。

「……神薙さん」

 その声の主が志賀くんであるのを確認すると、ようやく安堵と共に力が抜けていく。

「な、なによ。帰ってきているならそう声をかけてよ」

 ちょっと声が変な感じになっているが、しかたがない。 
 だって、本当にそれぐらい怖かったのだから。

 私は冷えてしまった体を温めるためにもう一度お風呂に入ろうとしたが、ドアの向こう側から何やら変な音が聞こえてくる。

「へ?」

 嫌な予感がして、お風呂に急いで戻ろうとするがガラッとドアが勢いよく開かれた。

「ちょっ! ちょっと待って、何考えているの……よ?」

 浴室のドアを閉めようとしたが、目の前に現れた志賀くんの様子が変で、というよりも、全裸であった。
 適度に引き締まった体が微妙に赤く染まり、瞳はポーっと少しだけ私を見つめながら泳いでいる。
 一言でいうなら、凄く綺麗で私はほんの一瞬でもその姿に見惚れてしまったのだ。

「紗香さん、綺麗ですね」
「へ⁉ な、な、えぇ⁉ あ、どうも」
 
 突然の言葉に、意味がわからない返事をしてしまう。もしかすると彼酔っているの? お酒の香りは匂いはまったくしないのだが、志賀くんぐらい弱いとなると、周りが飲んだだけで酔うのかもしれない。
 そして、ニコッと笑ってこちらに歩み寄ってきたかと思うと、私の目の前に立つ。

「あ、あの恥ずかしいのですが……」

 濡れた髪が頬にはりつき、タオルで隠している体がフルフルと震えていく。
 無理やりドアを閉めようとすると、ガチっと手で押さえられた。

「俺も入る」

 ボソッとそう言って、すっと浴室に入ってくるなり、私の肩を掴んでシャワーのところまでいくと、そっとお湯が出てきて再度私と熱をもった彼を濡らしていく。
 
「ちょ、ちょっと、私心の準備が――ッ!」

 あまりの急展開に思考が追いついておらず、どうしてよいのか分からないでいると、志賀くんは私の唇にそっと自分のを重ねてくる。
 そのとき、ほふっと口から息が漏れたが別にお酒の気配は感じなかったので、すくなくとも彼は飲んでいないのだろう、いや、なんで私いまそんなことを考えているんだよ。

 お湯だけでなく、元からの体温なのか随分と熱のある唇にハムハムと優しく押されると、不思議なことに全身の力が抜けていくような気がした。
 お互い、半分濡れると今度は優しく背中を手が包み込んでいく。
 自分では見ることがない、小さなホクロを彼の人差し指が見つけてなでてくれた。

 それほど厚みのない胸板に肌があたると、自分の体がびくっと反応してしまう。

「はぁっ」

 息を少ししては、また唇を奪われてしまう。

「紗香さん……素敵です」

 クルクルの癖っ毛が一時的にストレートになると印象が違ってみえる。
 ちょっと大人っぽいじゃん、なんて思っていると背中にまわっていた手にぐっと力が込められて私の前身はお湯に入ることなく、温かさでッ満たされた。


***

「うぅ、ま、またやってしまった……」

 隣ですぅすぅと子猫のように眠る彼の頬をぶりっと突いても起きる気配はまるでない、あのまま浴室で盛り上がってしまい、濡れた体を荒く拭いてだけで私たちは彼の部屋に入ってしまう。
 いや、正直に表現するなら彼に抱きかかえられてといったほうが良いかもしれない。

 勢いと熱が引けていくと、現実が私を突き刺してくる。
 つい先日似たようなことがあったばかりなのに、まだ生乾きの髪の毛をみてため息をついてしまう。

「これどうしよう」

 その場の勢いに流されたといえ、明日の手入れはきっと大変だ。
 なんせ、昔と違い絡む絡む、今度美容室で毛先だけでも整えてもらう必要があるだろう。

 そんなことを考えていると、すっと彼の手が私をさがしており、ぷにっとお腹に触れると満足そうに私に近づくと肩にオデコをスリスリしながら夢の世界に戻っていく。

「ふふ、こう見るとまだまだ子どもみたいね」

 そりゃ、状況が特殊だっただけでベッドの中は正直言うなら前回以上に私は達してしまっていた。
 もう、ワケがわからないほど彼の優しさに翻弄されるばかりで、年上の威厳をみせようなんて思っていた昼の私に言いたい、甘いよって。

 天井を見ながら、志賀くんの香りに包まれているだけでなんとなく、力が抜けてしまうのはなぜだろう。
 自分がこんな感じになるなんて想像もできなかった。

「でも、本当にこれじゃぁマズイわよね」

 マズイどころではない、やはり明日はきっちりと彼に言わないとダメだ。
 せめて、会社で会ったらそっとしておいてと言おう、そう決めると疲れた体がパチパチと電源が切れるような感覚になってくる。
 横で眠る志賀くんに小さく「おやすみ」を言って、私も目を閉じた。
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