42 / 117
本編
42.萌芽
しおりを挟む
あんなことを主である朱雀に言ってよかったのかと紅児ははらはらしたが、朱雀と先代の花嫁から生まれた第一世代というのはそれなりに気安い関係らしい。もちろん越えてはならない一線はあるが、そうなることはないのだという。
紅児はほっとした。
その日は結局、紅児は紅夏と共に過ごした。
紅夏の室に入るのは憚られる為、四神宮の外の庭にいたり、食堂にいたりした。常に話をしていたわけではないが、不思議と退屈だとは思わなかった。
国の歴史や、習慣などをお互いに語る。紅夏の話は淡々としていて難しい言葉もいっぱいあったがそれなりに面白かった。対する紅児は11歳までの記憶なのでところどころ曖昧であったり、言葉がわからなくてどう表現したらいいのかわからないことばかりではあったが紅夏は根気よく聞いていてくれた。
それだけでも紅夏への好感度は上がる。
愛情が深い、と花嫁は言っていたが確かにその通りかもしれない。
夕飯の席で、今日は紅夏が少し食べ物を取ってきた。
食べるなんて珍しいと思っていたら、どうも紅児の為に取ってきてくれたらしい。
「紅夏様はいただかないのですか……?」
口元に差し出されて、紅児は戸惑いながら聞いた。紅夏がフッと笑う。
「いつももっと食べたさそうにしていただろう」
紅児は思わず赤くなった。
食堂の食事はバイキング形式の為好きな物を取ろうと思えばいくらでも取ってこれる。ただ、もちろん取ったものは全て食べきるのがルールだし、他の人の手前好きなだけ取ってくるというのは憚られた。
それを紅夏に見抜かれていたらしい。
紅児は赤くなりながらもありがたく口に入れた。
それは揚げた饅頭に練乳をかけて食べるという、おやつのような食べ物だった。男性はあまり興味がなさそうだが女性陣には大好評の一品である。ただ相手が饅頭なだけに数は食べられない。
さすがに他の物も食べた後だったので3個ぐらいで満腹になってしまった。
「もう、おなかいっぱいです……」
「そうか」
残りがもったいないと思っていると紅夏が1個練乳につけて摘んだ。
「甘いな」
ぺろり、と口端を舐める舌の動きがひどくなまめかしくて、紅児は別の意味で赤面した。
紅夏は本当に心臓に悪い。
「じょ、女性は好きですから紅夏様が食べなくても誰かもらってくれるとは思います……」
「そういう手もあるのか」
紅夏の食べるという行為に色を感じるよりは、他の人に食べてもらった方がいいと思う。彼は素直に従って、近くの席にいた侍女たちに声をかけた。
「きゃー!! はい! いただきますー!」
即答だった。わざわざ取りに来ようとする侍女たちを手で制して紅夏がすっと立ち上がり持って行く。
「ありがとうございます!」
彼女たちの、紅夏を見る目がなんとなく嫌だと紅児は一瞬思った。どうしてあんなにきらきらと輝いているのだろう。
紅夏が隣に戻ってきて、はっとする。
(今、私……何を……)
あんなに世話になっている侍女たちにそんなことを思うなんて。
(私、どこかおかしいのかしら……?)
そんなわがままで身勝手な感情が自分の中にあるなんて紅児は知らなかった。そしてその感情につける名前がなんなのかも。
「紅児、表に出るぞ」
紅夏の声に、紅児は頷いた。
まだ明るいとはいえそろそろ日が暮れる。
手を取られ連れていかれた先は四神宮の外にある庭だった。
石造りの凳子に腰掛けるよう促され、紅児は戸惑いながらも従った。
紅夏は優しい目で紅児を見ている。
「あの……」
目が合って、紅児は赤くなった。
「離れがたい……」
紅夏の室に入るわけにはいかない。けれどここも今の時間特に人目があるようには見えなかった。
王城の中だからそれなりに人は配備されているだろうが、本当に人がいないとしたら不用心にも思えた。そんなとりとめもないことを考えていないと、恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
昼間はなんてことなかったが、西の空が赤く燃えているこの時間に2人でいるのは少し心もとなく感じられた。
だから。
「あの……朝はどうして……」
黙っていることができなくて、不意に思い出した出来事をつい口にしてしまった。そして慌てて口を押さえたのだが、時すでに遅し。
すぐ横に腰掛けている紅夏に抱き寄せられて耳元で、
「そなたが愛しくてたまらぬ」
全身が発火するような甘いテナーに囁かれた。
途端、腰の奥がきゅううっ、と甘く疼く。紅児は思わずふるり、と身を震わせた。
(ずるい……)
「大祭の夜、養父殿に会いに行った」
紅児は目を見開いた。
確かにそれは養父から聞かされていて。
「そなたを妻にしたいと言った」
目の奥が熱くなり、瞳が潤む。
何度聞かされても落ち着かなくて。
「そなたが我に嫁ぎたいと思えばいいと言われた」
ちょっとニュアンスが違うような気がするが、端的に言えばそういうことで。
「そなたが我を想えばいいと思った」
紅夏に抱かれれば意識はするだろう。
けれど、それはあまりに都合がよすぎはしないだろうか。
(不器用な方なのかも……)
紅児はクスリと笑った。
遥かに長く生きているはずなのに、人間の心の機微はわからないようだ。もしかしたら、紅夏は今まで恋をしたことがないのかもしれない。
「……私の国では婚前交渉が当り前なんです。いろんな方と関係を持って、それで結婚相手を決めるんです。だから……」
「我に抱かれたぐらいではその気にならないと?」
紅児は再び身を震わせた。だから、その甘い声は反則だと思う。
「……わかりません。でも……」
その先はどうしても紡げなかった。
何故なら。
甘い唇に囚われてしまったから。
紅児はほっとした。
その日は結局、紅児は紅夏と共に過ごした。
紅夏の室に入るのは憚られる為、四神宮の外の庭にいたり、食堂にいたりした。常に話をしていたわけではないが、不思議と退屈だとは思わなかった。
国の歴史や、習慣などをお互いに語る。紅夏の話は淡々としていて難しい言葉もいっぱいあったがそれなりに面白かった。対する紅児は11歳までの記憶なのでところどころ曖昧であったり、言葉がわからなくてどう表現したらいいのかわからないことばかりではあったが紅夏は根気よく聞いていてくれた。
それだけでも紅夏への好感度は上がる。
愛情が深い、と花嫁は言っていたが確かにその通りかもしれない。
夕飯の席で、今日は紅夏が少し食べ物を取ってきた。
食べるなんて珍しいと思っていたら、どうも紅児の為に取ってきてくれたらしい。
「紅夏様はいただかないのですか……?」
口元に差し出されて、紅児は戸惑いながら聞いた。紅夏がフッと笑う。
「いつももっと食べたさそうにしていただろう」
紅児は思わず赤くなった。
食堂の食事はバイキング形式の為好きな物を取ろうと思えばいくらでも取ってこれる。ただ、もちろん取ったものは全て食べきるのがルールだし、他の人の手前好きなだけ取ってくるというのは憚られた。
それを紅夏に見抜かれていたらしい。
紅児は赤くなりながらもありがたく口に入れた。
それは揚げた饅頭に練乳をかけて食べるという、おやつのような食べ物だった。男性はあまり興味がなさそうだが女性陣には大好評の一品である。ただ相手が饅頭なだけに数は食べられない。
さすがに他の物も食べた後だったので3個ぐらいで満腹になってしまった。
「もう、おなかいっぱいです……」
「そうか」
残りがもったいないと思っていると紅夏が1個練乳につけて摘んだ。
「甘いな」
ぺろり、と口端を舐める舌の動きがひどくなまめかしくて、紅児は別の意味で赤面した。
紅夏は本当に心臓に悪い。
「じょ、女性は好きですから紅夏様が食べなくても誰かもらってくれるとは思います……」
「そういう手もあるのか」
紅夏の食べるという行為に色を感じるよりは、他の人に食べてもらった方がいいと思う。彼は素直に従って、近くの席にいた侍女たちに声をかけた。
「きゃー!! はい! いただきますー!」
即答だった。わざわざ取りに来ようとする侍女たちを手で制して紅夏がすっと立ち上がり持って行く。
「ありがとうございます!」
彼女たちの、紅夏を見る目がなんとなく嫌だと紅児は一瞬思った。どうしてあんなにきらきらと輝いているのだろう。
紅夏が隣に戻ってきて、はっとする。
(今、私……何を……)
あんなに世話になっている侍女たちにそんなことを思うなんて。
(私、どこかおかしいのかしら……?)
そんなわがままで身勝手な感情が自分の中にあるなんて紅児は知らなかった。そしてその感情につける名前がなんなのかも。
「紅児、表に出るぞ」
紅夏の声に、紅児は頷いた。
まだ明るいとはいえそろそろ日が暮れる。
手を取られ連れていかれた先は四神宮の外にある庭だった。
石造りの凳子に腰掛けるよう促され、紅児は戸惑いながらも従った。
紅夏は優しい目で紅児を見ている。
「あの……」
目が合って、紅児は赤くなった。
「離れがたい……」
紅夏の室に入るわけにはいかない。けれどここも今の時間特に人目があるようには見えなかった。
王城の中だからそれなりに人は配備されているだろうが、本当に人がいないとしたら不用心にも思えた。そんなとりとめもないことを考えていないと、恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
昼間はなんてことなかったが、西の空が赤く燃えているこの時間に2人でいるのは少し心もとなく感じられた。
だから。
「あの……朝はどうして……」
黙っていることができなくて、不意に思い出した出来事をつい口にしてしまった。そして慌てて口を押さえたのだが、時すでに遅し。
すぐ横に腰掛けている紅夏に抱き寄せられて耳元で、
「そなたが愛しくてたまらぬ」
全身が発火するような甘いテナーに囁かれた。
途端、腰の奥がきゅううっ、と甘く疼く。紅児は思わずふるり、と身を震わせた。
(ずるい……)
「大祭の夜、養父殿に会いに行った」
紅児は目を見開いた。
確かにそれは養父から聞かされていて。
「そなたを妻にしたいと言った」
目の奥が熱くなり、瞳が潤む。
何度聞かされても落ち着かなくて。
「そなたが我に嫁ぎたいと思えばいいと言われた」
ちょっとニュアンスが違うような気がするが、端的に言えばそういうことで。
「そなたが我を想えばいいと思った」
紅夏に抱かれれば意識はするだろう。
けれど、それはあまりに都合がよすぎはしないだろうか。
(不器用な方なのかも……)
紅児はクスリと笑った。
遥かに長く生きているはずなのに、人間の心の機微はわからないようだ。もしかしたら、紅夏は今まで恋をしたことがないのかもしれない。
「……私の国では婚前交渉が当り前なんです。いろんな方と関係を持って、それで結婚相手を決めるんです。だから……」
「我に抱かれたぐらいではその気にならないと?」
紅児は再び身を震わせた。だから、その甘い声は反則だと思う。
「……わかりません。でも……」
その先はどうしても紡げなかった。
何故なら。
甘い唇に囚われてしまったから。
10
お気に入りに追加
688
あなたにおすすめの小説
【R18】氷の悪女の契約結婚~愛さない宣言されましたが、すぐに出て行って差し上げますのでご安心下さい
吉川一巳
恋愛
老侯爵の愛人と噂され、『氷の悪女』と呼ばれるヒロインと結婚する羽目に陥ったヒーローが、「爵位と資産の為に結婚はするが、お前みたいな穢らわしい女に手は出さない。恋人がいて、その女を実質の妻として扱うからお前は出ていけ」と宣言して冷たくするが、色々あってヒロインの真実の姿に気付いてごめんなさいするお話。他のサイトにも投稿しております。R18描写ノーカット版です。
本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~
日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。
そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。
ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。
身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。
様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。
何があっても関係ありません!
私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます!
『本物の恋、見つけました』の続編です。
二章から読んでも楽しめるようになっています。
引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?
リオール
ファンタジー
俺は魔王を倒し世界を救った最強の勇者。
誰もが俺に憧れ崇拝し、金はもちろん女にも困らない。これぞ最高の余生!
まだまだ30代、人生これから。謳歌しなくて何が人生か!
──なんて思っていたのも今は昔。
40代とスッカリ年食ってオッサンになった俺は、すっかり田舎の農民になっていた。
このまま平穏に田畑を耕して生きていこうと思っていたのに……そんな俺の目論見を崩すかのように、いきなりやって来た女の子。
その子が俺のことを「パパ」と呼んで!?
ちょっと待ってくれ、俺はまだ父親になるつもりはない。
頼むから付きまとうな、パパと呼ぶな、俺の人生を邪魔するな!
これは魔王を倒した後、悠々自適にお気楽ライフを送っている勇者の人生が一変するお話。
その子供は、はたして勇者にとって救世主となるのか?
そして本当に勇者の子供なのだろうか?
雨男のいる部屋
秋澤えで
恋愛
心の中で、彼のことを雨男と呼んでいた。休日天気が晴れていると、彼はいつも外へと出かけていく。どこに行くのか、誰と会うのかを、事実婚の妻である私は知らない。いや、聞けなかった。そんな彼は雨の日だけは家にいた。お互い言葉少なではあるけれど、時間の共有が心地よかった。
「そろそろ潮時か」
雨の降る金曜日、仕事帰りに怪我をした。明日の天気予報は晴れ。ろくでもないことが重なった日だった。
もだもだ系女子の好きな人の話
【雨の日】【怪我】【事実婚】
もだもだ小説第三弾。(第一弾:私のグリム先生 第二弾:幸せな恋は宝箱と共に・幸福で塗りつぶす)
エブリスタ超妄想コンテスト『夫婦』優秀作品
虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~
日之影ソラ
恋愛
異能の強さで人間としての価値が決まる世界。国内でも有数の貴族に生まれた双子は、姉は才能あふれる天才で、妹は無能力者の役立たずだった。幼いころから比べられ、虐げられてきた妹リアリスは、いつしか何にも期待しないようになった。
十五歳の誕生日に突然強大な力に目覚めたリアリスだったが、前世の記憶とこれまでの経験を経て、力を隠して平穏に生きることにする。
さらに時がたち、十七歳になったリアリスは、変わらず両親や姉からは罵倒され惨めな扱いを受けていた。それでも平穏に暮らせるならと、気にしないでいた彼女だったが、とあるパーティーで運命の出会いを果たす。
異能の大天才、第六王子に力がばれてしまったリアリス。彼女の人生はどうなってしまうのか。
義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!
ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。
貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。
実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。
嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。
そして告げられたのは。
「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」
理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。
…はずだったが。
「やった!自由だ!」
夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。
これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが…
これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。
生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。
縁を切ったはずが…
「生活費を負担してちょうだい」
「可愛い妹の為でしょ?」
手のひらを返すのだった。
魔力ゼロの出来損ない貴族、四大精霊王に溺愛される
日之影ソラ
ファンタジー
魔法使いの名門マスタローグ家の次男として生をうけたアスク。兄のように優れた才能を期待されたアスクには何もなかった。魔法使いとしての才能はおろか、誰もが持って生まれる魔力すらない。加えて感情も欠落していた彼は、両親から拒絶され別宅で一人暮らす。
そんなある日、アスクは一冊の不思議な本を見つけた。本に誘われた世界で四大精霊王と邂逅し、自らの才能と可能性を知る。そして精霊王の契約者となったアスクは感情も取り戻し、これまで自分を馬鹿にしてきた周囲を見返していく。
HOTランキング&ファンタジーランキング1位達成!!
【完結】担任教師の恋愛指導。先生、余計なお世話です。
隣のカキ
恋愛
【草食系の極致! ただし性欲はある。】
恋とは下心。愛とは真心である。
交際どころか片想いの経験すらなく、高校生活最後の年を迎えてしまう主人公恋梨武太。彼にはある特徴があった。
「逆恋愛体質」
彼が少しでも好意を寄せた娘には必ず特定の相手がおり、片想いにすら発展せずに終わるという、はたから見ればもはや呪われているのでは? と思える程に恋愛とは縁がない体質。
そんな人生を歩んできた武太はとうとう悟りの境地に至ったのだ。
よし、恋愛を諦めよう。
諦めてみるとあら不思議。こんなに心が軽くなったではないか……って、あれ? 諦めた途端に何で寄って来るの?
先生まで……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる