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本編その後
祝你幸福(幸せを祈る)
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「結婚式をしましょう!」
紅児の誕生日は春節から元肖節(1月15日)の間である。その為この国では純粋に誕生日を祝ってもらえない。
けれど今年は四神宮の人々にささやかながら祝ってもらうことができた。
そして元肖節が終り日常に戻った頃、四神の花嫁がこんなことを言いだした。
「……花嫁様のですか!?」
もしかして四神の誰かをとうとう選んだのかと、紅児は黒月、延夕玲と共に食いついたのだが、花嫁は無情にも首を振った。
「違うわ、エリーザのよ」
「……わ、私のですか?」
紅児は頬を朱に染めた。
確かに紅児はすでに紅夏の妻として契りを結んでいる。誕生日も過ぎたのでこの国では成人した。その為名実ともに同じ室で過ごすようになったがそれでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
「そうよ。同棲しているも同然なのに結婚式をしてないなんてありえないわ!」
しかし花嫁の言葉に紅児は激しく胸を衝かれた。
(た、確かに……)
さすがに祖国でも同棲というのは聞いたことがない。貴族では婚約期間中に婚家に住む、というのはあるらしいがそれも成人してからのはずである。
年が明けてから紅児はいいかげんかんねんして紅夏の室で暮らし始めたのだ。
紅児の顔色が変わったのを見て花嫁は慌てたように手を振った。
「あ! そういう意味じゃないの! 私がエリーザの花嫁姿を見たいだけなのよー!」
黒月の目が冷ややかに花嫁を捕らえる。もう少し言葉を選びなさいと、おそらく後で盛大に説教をするつもりなのだろうが、それをかばうだけの力が今の紅児にはなかった。
「私の……花嫁姿、ですか?」
「ええ。この間私の花嫁衣裳を選んだでしょう? その時に貴方たちの分も頼んでおいたの」
「ええっ!?」
「本当は自分で選びたかったと思うけど、いずれ帰国することができたら向こうでも結婚式はするでしょう? だから今回は私に任せてもらおうと思って」
何気なく言われたことだが紅児は目を潤ませた。己の状態によって船に乗れるか乗れないかわからないがいずれは帰国するつもりでいる。というか一度は帰国したい。急ぐことはないと言われているので叔父がまた来た時にでも試せばいいと思っているが、遅くとも18歳になる頃には帰国したいと考えていた。
「あ、いえ……お気遣いありがとうございます」
頭を下げ、再び上げた時、花嫁はにんまり、というのが相応しい表情をしてこう言った。
「じゃあ式は明後日に行うからよろしくね」
「……は?」
その後は怒涛のようだった。
紅児は侍女たちに捕まり、若草色のひらひらした衣裳を着せられ、髪型もああでもないこうでもないといろいろ試された。
どうやら花嫁は黒月と延夕玲にはないしょにしていたらしく、2人から集中砲火を浴びていたがそれはさすがに紅児も見なかったことにした。結婚式は四神宮の表の謁見室でするらしく、慌ただしく準備が進められていた。婚礼の後は謁見室の外の庭でみな食事をするらしい。紅児と紅夏は頃合いを見て室に戻ることになっている。
「いいこと? 食事を取らせるのだけは忘れないでよ」
「はい」
花嫁と紅夏の間でこんなやりとりがなされたことを又聞きし、紅児はいたたまれなかった。確かに紅夏は紅児を愛するあまり暴走することもしばしばある。最近は侍女頭の陳秀美や延夕玲と眷族たちの愚痴を言うこともあり花嫁の言も最もであるのだが恥ずかしいことは恥ずかしい。そんな彼女たちは花嫁の婚礼の後で正式に結婚するらしく家々で準備を進めているらしい。
そして式当日、昼食を取った後侍女たちに拉致されて紅児はこれでもかと着飾らせられた。
赤い髪は結い上げられ、冠を乗せられる。若草色のひらひらした衣裳を着せられ、目元や口元など化粧をされた。何故か靴は与えられず戸惑っていると、そこでお茶を飲みながら待つように言われた。
「?」
一応口紅は簡単に落ちないものを塗られているらしく、多少飲食をしても大丈夫だと言われたが紅児は胸がいっぱいで何も喉を通りそうもなかった。これまで他人事のようにふわふわとしたような状態だったがここにきてやっと自覚し、紅児はなんだか泣き出してしまいたくなった。
「エリーザ、遅くなった。すまない」
「紅夏さま……」
耳に届く優しいテナーに、紅児はいつのまにか俯かせていた顔を上げた。
「!!」
黒い冠を被り、黒い官吏のような衣裳を着ている紅夏はいつもより素敵に映った。衣装には金糸で朱雀が描かれ、上品でありながらもはっとする美しさである。
(この方と、結婚するの……?)
紅児は頬を染め、ぼうっと紅夏を見つめた。すると普段表情の動かない紅夏の表情が笑みに変わる。
「エリーザ、綺麗だ……このままさらってしまってもいいだろう?」
その色を含んだ科白に紅児はくらくらした。思わず頷いてしまいそうになったところを、「それは婚礼の後で存分にされよ」と呆れたように紅炎に窘められ紅児ははっとした。
「あ、あの……式の後で……」
と真っ赤になりながら言えば、優しい眼差しで見つめられた。「余計なことを」という紅炎に向けられた呟きは聞かなかったことにした。
「行くぞ」
紅夏はそう言うと、戸惑っている紅児に赤い薄絹のような布を頭から被せると抱き上げる。一応うっすらと薄絹の向こうは見えるが赤く、ぼんやりしていた。
「え? あの……」
「妻は式場まで土を踏んではならぬ。よいな」
「あ、ハイ……」
よくわからないがそういうことらしい。だから靴が用意されていなかったのかと紅児は納得した。
紅児が準備をしてもらっていたのは侍女たちの大部屋である。なので謁見室までそう距離はないが、みなが笑顔で見守ってくれる中抱き上げられて移動するのはひどく恥ずかしかった。紅夏が式場となる謁見の間に足を踏み入れると、急遽しつらえられた室内が見えた。
「わぁ……」
紅児は思わず声を上げる。めでたい色として赤で統一された室内は圧巻だった。
室の奥で朱雀に抱き上げられた花嫁が待っており、
「今日のよき日を迎えられたこと、とても嬉しく思います」
と満面の笑顔で言った。紅児は胸が熱くなる。謁見の間の扉という扉は開放され、室内にもその外にも人々がいるのが見えた。
「……ありがとうございます」
紅夏と共に頭を下げ、やっと下ろされた。そこで頭からかけられた布を外される。
進行役の趙文英に促され祭壇の前に立つ。紅児も手順は一応練習したがそれでも緊張することは緊張する。
「一拜天地」
天地に敬意を表し、
「二拜高堂」
参加者の方を向くと、そこには。
〈エリーザ、話は後だ〉
さっと手を触れられ心話で告げられる。紅児は信じられない気持ちだったが、育ての両親である養父母に向けて深く頭を下げた。
「夫妻交拜」
お互いに敬意を表し、
「送入洞房」
「よいのか」
「それは後ほどで」
紅夏の問いに趙文英が答える。最後は夫婦の部屋に入るわけだがそこまではしないらしい。儀式が終った途端再び紅夏に抱き上げられ、養父母の前に連れて行かれた。
「紅児、おめでとう。ほんに、ほんに綺麗になって……」
「紅夏様、ありがとうございます、ありがとうございます……」
養母は嬉し涙で頬を濡らし、養父は涙をこらえているようだった。
「おとっつぁん、おっかさん……」
お互いに言葉にならず、紅児もまた目に涙を浮かべた。まさか養父母まで来てくれるとは思ってもみなかった。
「あちらに席を設けています。行きましょう」
紅夏に促されみなで謁見室の外の宴席に移動した。式には馬やその娘も駆けつけてきてくれていた。
「おめでとう! 悔しいけどお似合いだわ!」
馬の娘である馬蝉に両手を取られ、紅児は笑む。「おめぇ何偉そうな口聞いてんだ!」と馬に怒鳴られるのもまたいつも通りである。
養父母を腰かけさせて話を聞くと、実は紅炎が昨夜連れてきてくれていたらしい。
「紅炎さんに、お礼言わないと……」
「花嫁様のご提案じゃとおっしゃられておったなぁ」
紅児はもう涙を抑えることができなかった。バッと席を立つ。
「花嫁様ぁっ!!」
ぼろぼろ涙を流しながら四神の花嫁に突進し、縋りついてわんわん泣いた。
「なんて、なんてことしてくれるんですか! もうっ、花嫁様大好きですっっ!!」
そんな紅児の背をぽんぽんと軽く叩き、
「うん、私もエリーザのことは大好きだけど……貴女の夫はあっちよー……」
花嫁は紅児の涙をぬぐって紅夏の方に向けさせた。しかしそこで気持ちの切り替えができるならここまで紅児は花嫁が好きではないだろう。
「花嫁様っ! これからもずっとお仕えします! そうさせてください!」
「エリーザ……」
紅夏の視線がざくざく突き刺さって痛いと思いながら、花嫁は諦めることにしたようだった。
養父母と語り合い、みなに酒を注がれたりお祝いの言葉をもらったりと過ごしていたら時間が飛ぶように過ぎてしまった。紅児は全身気持ちよくふわふわとした感覚に身を委ねたまま紅夏に回収された。
「楽しめたか?」
紅夏の室に入り、お茶を渡される。紅児は頬をほんのりと染めたままコクリと頷いた。
「すごく……楽しくて、嬉しかったです。おとっつぁんにもおっかさんにもまた会えたし……」
「また訪ねればよい。時間はたっぷりあるのだから」
「はい……」
お茶に口をつける。ほっとする味だった。
そこでああそうだ、と紅児は思い出す。
「紅夏さま」
「如何した」
お茶を卓の上に戻し、紅児は改めて紅夏に向き直った。表情を引き締めようとしたがうまくいかない。しかたないのでそのまま告げることにする。
「紅夏さま、ふつつかものですがこれからもどうぞよろしくお願いします……」
そう言って頭を下げた途端、紅児は紅夏に捉えられふわりと床に押し倒された。上から燃えるような目を向けられて紅児は微笑む。みんないい人ばかりで紅児は自分がとても幸せだと思う。でも、魂を震わせるほど紅児を求めてくれるのは紅夏だけだから。
「紅夏さま、好き……」
「エリーザ……覚悟せよ」
押し殺すような紅夏の声に、紅児は胸を喘がせてそっと目を閉じた。
終幕
紅児の誕生日は春節から元肖節(1月15日)の間である。その為この国では純粋に誕生日を祝ってもらえない。
けれど今年は四神宮の人々にささやかながら祝ってもらうことができた。
そして元肖節が終り日常に戻った頃、四神の花嫁がこんなことを言いだした。
「……花嫁様のですか!?」
もしかして四神の誰かをとうとう選んだのかと、紅児は黒月、延夕玲と共に食いついたのだが、花嫁は無情にも首を振った。
「違うわ、エリーザのよ」
「……わ、私のですか?」
紅児は頬を朱に染めた。
確かに紅児はすでに紅夏の妻として契りを結んでいる。誕生日も過ぎたのでこの国では成人した。その為名実ともに同じ室で過ごすようになったがそれでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
「そうよ。同棲しているも同然なのに結婚式をしてないなんてありえないわ!」
しかし花嫁の言葉に紅児は激しく胸を衝かれた。
(た、確かに……)
さすがに祖国でも同棲というのは聞いたことがない。貴族では婚約期間中に婚家に住む、というのはあるらしいがそれも成人してからのはずである。
年が明けてから紅児はいいかげんかんねんして紅夏の室で暮らし始めたのだ。
紅児の顔色が変わったのを見て花嫁は慌てたように手を振った。
「あ! そういう意味じゃないの! 私がエリーザの花嫁姿を見たいだけなのよー!」
黒月の目が冷ややかに花嫁を捕らえる。もう少し言葉を選びなさいと、おそらく後で盛大に説教をするつもりなのだろうが、それをかばうだけの力が今の紅児にはなかった。
「私の……花嫁姿、ですか?」
「ええ。この間私の花嫁衣裳を選んだでしょう? その時に貴方たちの分も頼んでおいたの」
「ええっ!?」
「本当は自分で選びたかったと思うけど、いずれ帰国することができたら向こうでも結婚式はするでしょう? だから今回は私に任せてもらおうと思って」
何気なく言われたことだが紅児は目を潤ませた。己の状態によって船に乗れるか乗れないかわからないがいずれは帰国するつもりでいる。というか一度は帰国したい。急ぐことはないと言われているので叔父がまた来た時にでも試せばいいと思っているが、遅くとも18歳になる頃には帰国したいと考えていた。
「あ、いえ……お気遣いありがとうございます」
頭を下げ、再び上げた時、花嫁はにんまり、というのが相応しい表情をしてこう言った。
「じゃあ式は明後日に行うからよろしくね」
「……は?」
その後は怒涛のようだった。
紅児は侍女たちに捕まり、若草色のひらひらした衣裳を着せられ、髪型もああでもないこうでもないといろいろ試された。
どうやら花嫁は黒月と延夕玲にはないしょにしていたらしく、2人から集中砲火を浴びていたがそれはさすがに紅児も見なかったことにした。結婚式は四神宮の表の謁見室でするらしく、慌ただしく準備が進められていた。婚礼の後は謁見室の外の庭でみな食事をするらしい。紅児と紅夏は頃合いを見て室に戻ることになっている。
「いいこと? 食事を取らせるのだけは忘れないでよ」
「はい」
花嫁と紅夏の間でこんなやりとりがなされたことを又聞きし、紅児はいたたまれなかった。確かに紅夏は紅児を愛するあまり暴走することもしばしばある。最近は侍女頭の陳秀美や延夕玲と眷族たちの愚痴を言うこともあり花嫁の言も最もであるのだが恥ずかしいことは恥ずかしい。そんな彼女たちは花嫁の婚礼の後で正式に結婚するらしく家々で準備を進めているらしい。
そして式当日、昼食を取った後侍女たちに拉致されて紅児はこれでもかと着飾らせられた。
赤い髪は結い上げられ、冠を乗せられる。若草色のひらひらした衣裳を着せられ、目元や口元など化粧をされた。何故か靴は与えられず戸惑っていると、そこでお茶を飲みながら待つように言われた。
「?」
一応口紅は簡単に落ちないものを塗られているらしく、多少飲食をしても大丈夫だと言われたが紅児は胸がいっぱいで何も喉を通りそうもなかった。これまで他人事のようにふわふわとしたような状態だったがここにきてやっと自覚し、紅児はなんだか泣き出してしまいたくなった。
「エリーザ、遅くなった。すまない」
「紅夏さま……」
耳に届く優しいテナーに、紅児はいつのまにか俯かせていた顔を上げた。
「!!」
黒い冠を被り、黒い官吏のような衣裳を着ている紅夏はいつもより素敵に映った。衣装には金糸で朱雀が描かれ、上品でありながらもはっとする美しさである。
(この方と、結婚するの……?)
紅児は頬を染め、ぼうっと紅夏を見つめた。すると普段表情の動かない紅夏の表情が笑みに変わる。
「エリーザ、綺麗だ……このままさらってしまってもいいだろう?」
その色を含んだ科白に紅児はくらくらした。思わず頷いてしまいそうになったところを、「それは婚礼の後で存分にされよ」と呆れたように紅炎に窘められ紅児ははっとした。
「あ、あの……式の後で……」
と真っ赤になりながら言えば、優しい眼差しで見つめられた。「余計なことを」という紅炎に向けられた呟きは聞かなかったことにした。
「行くぞ」
紅夏はそう言うと、戸惑っている紅児に赤い薄絹のような布を頭から被せると抱き上げる。一応うっすらと薄絹の向こうは見えるが赤く、ぼんやりしていた。
「え? あの……」
「妻は式場まで土を踏んではならぬ。よいな」
「あ、ハイ……」
よくわからないがそういうことらしい。だから靴が用意されていなかったのかと紅児は納得した。
紅児が準備をしてもらっていたのは侍女たちの大部屋である。なので謁見室までそう距離はないが、みなが笑顔で見守ってくれる中抱き上げられて移動するのはひどく恥ずかしかった。紅夏が式場となる謁見の間に足を踏み入れると、急遽しつらえられた室内が見えた。
「わぁ……」
紅児は思わず声を上げる。めでたい色として赤で統一された室内は圧巻だった。
室の奥で朱雀に抱き上げられた花嫁が待っており、
「今日のよき日を迎えられたこと、とても嬉しく思います」
と満面の笑顔で言った。紅児は胸が熱くなる。謁見の間の扉という扉は開放され、室内にもその外にも人々がいるのが見えた。
「……ありがとうございます」
紅夏と共に頭を下げ、やっと下ろされた。そこで頭からかけられた布を外される。
進行役の趙文英に促され祭壇の前に立つ。紅児も手順は一応練習したがそれでも緊張することは緊張する。
「一拜天地」
天地に敬意を表し、
「二拜高堂」
参加者の方を向くと、そこには。
〈エリーザ、話は後だ〉
さっと手を触れられ心話で告げられる。紅児は信じられない気持ちだったが、育ての両親である養父母に向けて深く頭を下げた。
「夫妻交拜」
お互いに敬意を表し、
「送入洞房」
「よいのか」
「それは後ほどで」
紅夏の問いに趙文英が答える。最後は夫婦の部屋に入るわけだがそこまではしないらしい。儀式が終った途端再び紅夏に抱き上げられ、養父母の前に連れて行かれた。
「紅児、おめでとう。ほんに、ほんに綺麗になって……」
「紅夏様、ありがとうございます、ありがとうございます……」
養母は嬉し涙で頬を濡らし、養父は涙をこらえているようだった。
「おとっつぁん、おっかさん……」
お互いに言葉にならず、紅児もまた目に涙を浮かべた。まさか養父母まで来てくれるとは思ってもみなかった。
「あちらに席を設けています。行きましょう」
紅夏に促されみなで謁見室の外の宴席に移動した。式には馬やその娘も駆けつけてきてくれていた。
「おめでとう! 悔しいけどお似合いだわ!」
馬の娘である馬蝉に両手を取られ、紅児は笑む。「おめぇ何偉そうな口聞いてんだ!」と馬に怒鳴られるのもまたいつも通りである。
養父母を腰かけさせて話を聞くと、実は紅炎が昨夜連れてきてくれていたらしい。
「紅炎さんに、お礼言わないと……」
「花嫁様のご提案じゃとおっしゃられておったなぁ」
紅児はもう涙を抑えることができなかった。バッと席を立つ。
「花嫁様ぁっ!!」
ぼろぼろ涙を流しながら四神の花嫁に突進し、縋りついてわんわん泣いた。
「なんて、なんてことしてくれるんですか! もうっ、花嫁様大好きですっっ!!」
そんな紅児の背をぽんぽんと軽く叩き、
「うん、私もエリーザのことは大好きだけど……貴女の夫はあっちよー……」
花嫁は紅児の涙をぬぐって紅夏の方に向けさせた。しかしそこで気持ちの切り替えができるならここまで紅児は花嫁が好きではないだろう。
「花嫁様っ! これからもずっとお仕えします! そうさせてください!」
「エリーザ……」
紅夏の視線がざくざく突き刺さって痛いと思いながら、花嫁は諦めることにしたようだった。
養父母と語り合い、みなに酒を注がれたりお祝いの言葉をもらったりと過ごしていたら時間が飛ぶように過ぎてしまった。紅児は全身気持ちよくふわふわとした感覚に身を委ねたまま紅夏に回収された。
「楽しめたか?」
紅夏の室に入り、お茶を渡される。紅児は頬をほんのりと染めたままコクリと頷いた。
「すごく……楽しくて、嬉しかったです。おとっつぁんにもおっかさんにもまた会えたし……」
「また訪ねればよい。時間はたっぷりあるのだから」
「はい……」
お茶に口をつける。ほっとする味だった。
そこでああそうだ、と紅児は思い出す。
「紅夏さま」
「如何した」
お茶を卓の上に戻し、紅児は改めて紅夏に向き直った。表情を引き締めようとしたがうまくいかない。しかたないのでそのまま告げることにする。
「紅夏さま、ふつつかものですがこれからもどうぞよろしくお願いします……」
そう言って頭を下げた途端、紅児は紅夏に捉えられふわりと床に押し倒された。上から燃えるような目を向けられて紅児は微笑む。みんないい人ばかりで紅児は自分がとても幸せだと思う。でも、魂を震わせるほど紅児を求めてくれるのは紅夏だけだから。
「紅夏さま、好き……」
「エリーザ……覚悟せよ」
押し殺すような紅夏の声に、紅児は胸を喘がせてそっと目を閉じた。
終幕
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********************************************
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「う~、私のバカバカ! 何でこの話を最後にしたのよ! もっと早く読めば良かったー!!」と、
後悔に塗れております。
紅児と紅夏のやり取りで “人外思考” と “人間思考” の違いや齟齬が、丁寧に表現されていてわかりやすい!
此方を読んで彼方を読むと、さらに楽しめる!
色々なサイドストーリーを読む度に~四神と結婚~の世界が深まる~!
紅児の叔父さんを蹴飛ばしたくなったり、紅夏の人外なりの一途さ(?)に感心したり…とても面白かったです。
(香子の“たわわな胸に悶絶…白虎と “とっても仲良し” になったのね♡)
感想ありがとうございます。
四神をより楽しんでいただけて嬉しいです。
これからも四神のシリーズをよろしくお願いします。
面白くて一気に読んでしまいました!(ちょっと勿体無かったけど)
美味しいものや中国茶が出てくるのも楽しかったですし、やっぱりハッピーエンドは最高!!!
ありがとうございます!
楽しんでいただけて嬉しいです~
您的中文很好啊!我超级感动呢w
加油更新!我们等着您呢!ィィネ!!(・∀・)
谢谢啊!