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四三、履虎尾(虎の尾を踏む)
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「こちらは芳妃娘娘の部屋で相違ないか!!」
「……ここを皇上の妃の部屋だと知っての狼藉か!? その剣を収め、名を名乗りなさい!!」
芳妃付の女官の声が響く。相手は剣を持っているようなのにそんなことを言って切り捨てられたりしないだろうか。明玲はハラハラしながらやりとりを聞いていることしかできない。もっと武術でもなんでも学べばよかったと明玲は後悔した。
「……これはとんだ失礼を。それがしは李雲と申す。こちらは芳妃娘娘の部屋で相違ないでしょうか。どうか目通りを願いたい」
「……周梨」
「はい」
男は李雲と名乗った。女官が息を飲んだ。そして周梨に声をかける。誰かが動く音と共に、寝室の扉の向こうから周梨の声がした。
「……李将軍がいらっしゃいましたが、如何なさいますか?」
「……お会いしますと伝えなさい」
「かしこまりました」
(将軍? そんな名前の方がいらっしゃったかしら?)
有名な将軍の名であれば明玲も知っている。だがその名に聞き覚えはなかった。
「妾だけ出ます」
「芳妃」
母が心配そうに芳妃に声をかけた。明玲はぎゅうっと母を抱きしめる。
「……大丈夫よ。李将軍が本物ならば全てうまくいくわ」
芳妃は嫣然と笑み、寝室を出た。
果たして、李雲と名乗った男は周梨の言う李将軍であったらしい。彼は髭が濃く、まるで熊のように明玲には映った。彼は薊王領を守る私兵の将だった。薊王領は北の国境に面した土地にあり、李将軍は遊牧民の侵入を何度も撃退している歴戦の将なのだと明玲は後に教えられた。
李雲は恭しく芳妃に挨拶をすると、今上皇帝が退位すると告げた。
「……そう。それで次の皇帝になられるのはどなたかしら。皇太子かしら?」
芳妃は落ち着いていた。まるでそうなるのを以前から知っていたかのように。
「いえ。いずれ皇太子に引き継がれますが、この度即位されるのは薊王でございます」
「ふうん? ならば私たちはどうすればいいのかしら。後宮を出て、子の厄介になればいいの?」
芳妃が首を傾げる。
「いえ、方針が決まり次第お伝えします。後ほど蘇王がいらっしゃいますので、それまでは部屋の扉を硬く閉めておいてください」
「わかったわ。連絡ご苦労」
「芳妃娘娘の労い、恐悦至極に存じます」
李雲はそう言って部屋を辞した。部屋の前は兵が守ってくれるらしい。そう聞かされて、明玲と明妃はようやく身体を離した。
「……何が起きているのですか?」
居間の椅子に腰かけて侍女が淹れた茶を啜る。明玲はぼんやりと尋ねた。
「簡単に言ってしまえば反乱でしょうね」
芳妃が答えた。「反乱……」ぼんやりと呟く。そんなようなことを李雲が言っていたような気がする。
「なんで、反乱なんか……」
明玲からすれば皇帝に好悪はない。ただとんでもない女好きで無節操だと思うぐらいだ。芳妃と明妃がきょとんとした顔をした。
「そんなの決まっているじゃない」
「皇上は”履虎尾,不咥人”(虎の尾を踏んだ)のよ」
「?」
明玲は首を傾げた。皇帝は誰かをとんでもなく怒らせてしまったようである。それは積り積もったものだったのかもしれないし、そうではなく何かの行いだったのかもしれないが、明玲にはさっぱりわからなかった。自分が何の為に後宮に連れてこられたのか明玲は忘れてしまったようである。だがそれもせん無いことだろう。まさか男子禁制の後宮に兵が入ってくるとか、皇帝が即日退位することになるなんて思ってもみなかったのだから。
芳妃と明妃は笑んだ。
「偉仁が来るまで待ちましょうね」
「はい……」
茶菓子を摘まみながら、明玲は釈然としない顔で哥が来るのを待つ。そんな明玲を芳妃と明妃は優しく見守っていた。
「……ここを皇上の妃の部屋だと知っての狼藉か!? その剣を収め、名を名乗りなさい!!」
芳妃付の女官の声が響く。相手は剣を持っているようなのにそんなことを言って切り捨てられたりしないだろうか。明玲はハラハラしながらやりとりを聞いていることしかできない。もっと武術でもなんでも学べばよかったと明玲は後悔した。
「……これはとんだ失礼を。それがしは李雲と申す。こちらは芳妃娘娘の部屋で相違ないでしょうか。どうか目通りを願いたい」
「……周梨」
「はい」
男は李雲と名乗った。女官が息を飲んだ。そして周梨に声をかける。誰かが動く音と共に、寝室の扉の向こうから周梨の声がした。
「……李将軍がいらっしゃいましたが、如何なさいますか?」
「……お会いしますと伝えなさい」
「かしこまりました」
(将軍? そんな名前の方がいらっしゃったかしら?)
有名な将軍の名であれば明玲も知っている。だがその名に聞き覚えはなかった。
「妾だけ出ます」
「芳妃」
母が心配そうに芳妃に声をかけた。明玲はぎゅうっと母を抱きしめる。
「……大丈夫よ。李将軍が本物ならば全てうまくいくわ」
芳妃は嫣然と笑み、寝室を出た。
果たして、李雲と名乗った男は周梨の言う李将軍であったらしい。彼は髭が濃く、まるで熊のように明玲には映った。彼は薊王領を守る私兵の将だった。薊王領は北の国境に面した土地にあり、李将軍は遊牧民の侵入を何度も撃退している歴戦の将なのだと明玲は後に教えられた。
李雲は恭しく芳妃に挨拶をすると、今上皇帝が退位すると告げた。
「……そう。それで次の皇帝になられるのはどなたかしら。皇太子かしら?」
芳妃は落ち着いていた。まるでそうなるのを以前から知っていたかのように。
「いえ。いずれ皇太子に引き継がれますが、この度即位されるのは薊王でございます」
「ふうん? ならば私たちはどうすればいいのかしら。後宮を出て、子の厄介になればいいの?」
芳妃が首を傾げる。
「いえ、方針が決まり次第お伝えします。後ほど蘇王がいらっしゃいますので、それまでは部屋の扉を硬く閉めておいてください」
「わかったわ。連絡ご苦労」
「芳妃娘娘の労い、恐悦至極に存じます」
李雲はそう言って部屋を辞した。部屋の前は兵が守ってくれるらしい。そう聞かされて、明玲と明妃はようやく身体を離した。
「……何が起きているのですか?」
居間の椅子に腰かけて侍女が淹れた茶を啜る。明玲はぼんやりと尋ねた。
「簡単に言ってしまえば反乱でしょうね」
芳妃が答えた。「反乱……」ぼんやりと呟く。そんなようなことを李雲が言っていたような気がする。
「なんで、反乱なんか……」
明玲からすれば皇帝に好悪はない。ただとんでもない女好きで無節操だと思うぐらいだ。芳妃と明妃がきょとんとした顔をした。
「そんなの決まっているじゃない」
「皇上は”履虎尾,不咥人”(虎の尾を踏んだ)のよ」
「?」
明玲は首を傾げた。皇帝は誰かをとんでもなく怒らせてしまったようである。それは積り積もったものだったのかもしれないし、そうではなく何かの行いだったのかもしれないが、明玲にはさっぱりわからなかった。自分が何の為に後宮に連れてこられたのか明玲は忘れてしまったようである。だがそれもせん無いことだろう。まさか男子禁制の後宮に兵が入ってくるとか、皇帝が即日退位することになるなんて思ってもみなかったのだから。
芳妃と明妃は笑んだ。
「偉仁が来るまで待ちましょうね」
「はい……」
茶菓子を摘まみながら、明玲は釈然としない顔で哥が来るのを待つ。そんな明玲を芳妃と明妃は優しく見守っていた。
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