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二八、上課(授業)
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老師にはすでに話が通っていたらしい。老師は曹梅花を見るとうんうんと頷いた。
「曹の分家のお嬢さんと伺いました。曹小姐、四書を学ばれたことはございますかな?」
梅花は目を泳がせた。
「……おそらく、ないかと思います」
「では本日は論語ですので改めて基本から参りましょうか」
老師は髭を撫でると、居心地悪そうな梅花ににっこりと笑いかけた。
「『論語』はご存知ですか?」
「……孔子が書かれたものと聞いています」
「ほうほう。確かに孔子の言葉ではあります。論語は孔子とその弟子の言行を孔子の死後、弟子達が記録した物です。とても為になる言葉ばかりですので覚えていきましょう」
そう言って老師は「学而第一」から読み始めた。本当に最初からである。
「子曰、学而時習之。不亦説乎……(孔子が言う。学び、時おり復習する。とても喜ばしいことだ)」
何度となく聞いた文言なので明玲はそらで言える。だがこれも復習と思えば有意義ではあった。横にいる梅花を見ると、うんざりしたような表情をしていた。もしかしたら彼女は、取り繕えない性格なのかもしれなかった。それはそれで好ましいと明玲は思ったのだが、老師はすぐに不機嫌になった。
どうにか授業を終えて老師を見送ると、梅花はキッと明玲を睨みつけた。
「?」
「……こんな勉強になんの意味があるのですか? 私は受けたくありません」
先ほどの、鈴を転がすような声とは違い、不機嫌さを隠そうともしない低い声に明玲は目を丸くした。今周梨は部屋にいるので、明玲は梅花と二人きりである。終ったら二人で部屋に戻ることになっていた。
「意味、があるかどうかはその人次第でしょうけど……私にとっては少なくとも有意義だわ」
「ふん」
答えると鼻で笑われた。どうやら随分と大きな猫を被っていたようである。
「そうね……受けなくてもいいとは思うけど、私が決めたことではないから趙姐の侍女に聞いてみましょう」
「そうしてください。全く、こんなこと時間の無駄ですわ」
梅花は忌々しいというように言った。明玲は首を傾げた。
「梅花は家にいる時は何をしていたの?」
「最近は礼儀作法を教え込まされました。それも朝から晩までですよ。ここにくればほとんど何もしなくていいと聞いたのに勉強だなんて。まっぴらです」
その前については聞かない方がいいのかもしれないが、少し明玲は気になった。
「その……ほとんど何もしなくていいっていうのは、誰が言っていたの?」
「……え……」
梅花は少しまずい、というような表情をした。それで明玲はようやく梅花が何の為にここに来たのか察した。
「いえ、侍女がそんなことを……」
「そう……。侍女の仕事はわからないから、周梨に教わってちょうだいね」
「……そうします」
途端梅花がしどろもどろになり、声も小さくなった。明玲は気づかなかったフリをして、共に部屋に戻った。
(なんかそんな小説がなかったかしら?)
明玲は昼食に呼ばれるまで自分の書棚を漁る。確か町の本屋で買った娯楽小説の中にそんな話があったような気がした。その小説は男女の愛憎を描いたもので、身分の高い男性を篭絡させようと侍女や女官が送り込まれるというようなものだった。その物語の女性たちは強かで、わくわくしながら読んだものだったが、梅花ではいささか力不足にも思えてしまう。
(嫌がらせとかされちゃう? されちゃう?)
最近これといった娯楽がないせいか明玲はちょっとわくわくしてきた。どんなことをされるのか、言われるのかを考えるだけで楽しくなってくる。
そうして明玲は教科書を放り出し、昼食に呼ばれるまで娯楽小説を読み返したのだった。
「曹の分家のお嬢さんと伺いました。曹小姐、四書を学ばれたことはございますかな?」
梅花は目を泳がせた。
「……おそらく、ないかと思います」
「では本日は論語ですので改めて基本から参りましょうか」
老師は髭を撫でると、居心地悪そうな梅花ににっこりと笑いかけた。
「『論語』はご存知ですか?」
「……孔子が書かれたものと聞いています」
「ほうほう。確かに孔子の言葉ではあります。論語は孔子とその弟子の言行を孔子の死後、弟子達が記録した物です。とても為になる言葉ばかりですので覚えていきましょう」
そう言って老師は「学而第一」から読み始めた。本当に最初からである。
「子曰、学而時習之。不亦説乎……(孔子が言う。学び、時おり復習する。とても喜ばしいことだ)」
何度となく聞いた文言なので明玲はそらで言える。だがこれも復習と思えば有意義ではあった。横にいる梅花を見ると、うんざりしたような表情をしていた。もしかしたら彼女は、取り繕えない性格なのかもしれなかった。それはそれで好ましいと明玲は思ったのだが、老師はすぐに不機嫌になった。
どうにか授業を終えて老師を見送ると、梅花はキッと明玲を睨みつけた。
「?」
「……こんな勉強になんの意味があるのですか? 私は受けたくありません」
先ほどの、鈴を転がすような声とは違い、不機嫌さを隠そうともしない低い声に明玲は目を丸くした。今周梨は部屋にいるので、明玲は梅花と二人きりである。終ったら二人で部屋に戻ることになっていた。
「意味、があるかどうかはその人次第でしょうけど……私にとっては少なくとも有意義だわ」
「ふん」
答えると鼻で笑われた。どうやら随分と大きな猫を被っていたようである。
「そうね……受けなくてもいいとは思うけど、私が決めたことではないから趙姐の侍女に聞いてみましょう」
「そうしてください。全く、こんなこと時間の無駄ですわ」
梅花は忌々しいというように言った。明玲は首を傾げた。
「梅花は家にいる時は何をしていたの?」
「最近は礼儀作法を教え込まされました。それも朝から晩までですよ。ここにくればほとんど何もしなくていいと聞いたのに勉強だなんて。まっぴらです」
その前については聞かない方がいいのかもしれないが、少し明玲は気になった。
「その……ほとんど何もしなくていいっていうのは、誰が言っていたの?」
「……え……」
梅花は少しまずい、というような表情をした。それで明玲はようやく梅花が何の為にここに来たのか察した。
「いえ、侍女がそんなことを……」
「そう……。侍女の仕事はわからないから、周梨に教わってちょうだいね」
「……そうします」
途端梅花がしどろもどろになり、声も小さくなった。明玲は気づかなかったフリをして、共に部屋に戻った。
(なんかそんな小説がなかったかしら?)
明玲は昼食に呼ばれるまで自分の書棚を漁る。確か町の本屋で買った娯楽小説の中にそんな話があったような気がした。その小説は男女の愛憎を描いたもので、身分の高い男性を篭絡させようと侍女や女官が送り込まれるというようなものだった。その物語の女性たちは強かで、わくわくしながら読んだものだったが、梅花ではいささか力不足にも思えてしまう。
(嫌がらせとかされちゃう? されちゃう?)
最近これといった娯楽がないせいか明玲はちょっとわくわくしてきた。どんなことをされるのか、言われるのかを考えるだけで楽しくなってくる。
そうして明玲は教科書を放り出し、昼食に呼ばれるまで娯楽小説を読み返したのだった。
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