10 / 11
10.昨日よりも好きかもしれない(おしまい)
しおりを挟む
さすがに猫のヒゲを全部毟るなんていう極悪非道なことはしなかった。
でも次またああいうことをしたらヒゲを毟ると宣言はした。猫は震え上がった。
「さ、さや……すまぬ……どうしても、その、だな……」
「茶々さんが我慢ができない方だということはよくわかりました。確かに四年は長いかもしれません。それならばまず来年の夏休みまでで一旦区切りましょう」
決して学生結婚という言葉の響きがイイ! と思ったわけではない。このまま猫とずっと暮らすのならば、一緒に暮らしているということもいずれ両親には話さなければいけないだろう。
「さや!」
「その間に、茶々さんのことをいろいろ教えてください。実家があるのかとか、結婚したらどうすることになるのかとか、もっと詳しく具体的に教えていただけるのでしたら茶々さんとのことを真面目に考えます」
「うむ、なんでも聞いてくれ!」
というわけで質問状を作ってみた。
「……書くのは苦手なのだが……」
と言って猫が出したのはぺ〇てるの筆ペンだった。なんで筆ペンって思った。
さらさらと書いてくれたのだが、達筆すぎて読みづらい。
とても字は美しいと思う。きっと書道家と言われてもおかしくはない。ただし非常に読みづらい。
「茶々さん……もしかして会社でもこれで書いてるの?」
「いや……万年筆なるものを渡されてな。それで書いたら”ぱそこん”というものを習えと言われて今は”たいぴんぐ”の練習中だ」
面白い人だと思われたんだろうなと思う。そういえば私の父は書が好きだった。きっと猫の書く字が美しいと聞いてますます気に入ってしまったに違いなかった。
「……茶々さんていつから生きてるの?」
「わからぬ。戦争とやらがいくつもあったとは聞いているが、私はその時東北にいた」
「そっか」
きっと江戸より前の時代から存在しているのかもしれないと勝手に想像してみた。そしたら、私と添い遂げるなんてできないんじゃないのかな?
「茶々さん……私は人間だから、茶々さんを置いていくことになっちゃうよ?」
「さやがわしとずっと一緒にいたいと望んでくれればその限りではない。ただし、人間の枠組みからは外れた存在にはなってしまうがな」
「えー……」
なんかすごいことを言われた。
「……神様ってそんなに都合よくていいの?」
「今まで誰も娶らなかったのだ。唯一の伴侶と共にずっと生きたいと思って何が悪い」
やばい、なんか泣きそうだ。
私はもうとっくに、この猫が好きなのだ。
舅も姑もいないらしい。でも一応後見人みたいな人たちはいるという。結婚式をするのならばその人たちが出てくれるそうだ。親戚付き合いのようなものはないが、ほんの少し神様付き合いみたいなことはあるという。
「神様付き合い?」
「さやを娶ったとなれば、一度ぐらい出雲に顔を出さねばなるまいの」
「あ! もしかして神無月ですか?」
「うむ」
「今年は行きませんよ」
「残念なことよのう」
ちょっと油断すると内堀外堀埋めてこようとするから困ってしまう。でもそんな猫も嫌いじゃない。調子に乗りそうだから絶対に言わないけど。
そして私にはやっぱり、どうしても許せないことがあって。
なんというか私は感覚が鈍いのか、それとも信じられないことが起こって麻痺していたのか、今まであんまりあの時のことを考えていなかった。
でもやっぱり許せないことは許せないよね。
「茶々さん」
「な、なんだ?」
猫も私の笑顔に不穏なものを感じ取ったようだった。
「やっぱりあの時のことが許せないので私の気が済むまで殴らせてください」
「……わ、わかった」
貴方にとっては過ぎたことでも私にとっては過ぎたことではないんですよ?
というわけで、相手は神様だとわかっているから容赦なくさせてもらった。イケメンだからって、神様だからって許されることではないんですよ?
さすがに少し手が痛い。
とりあえずこれでチャラにすることにした。私もDVする気はないし。
「さや……さや……本当にすまなかった……」
猫の打撲っぽいものはみるみるうちに治っていった。
これだから人の痛みとか理解しずらいのかもしれないとも思った。私は猫を抱きしめた。
大きな猫をもふもふしているのが好きだった。まさか襲われるなんて思っていなかったから、許せないという気持ちよりも驚きとか、悲しみの方が強くて心が麻痺してしまっていた。
情けない話だけど私はこの猫が好きなんだ。
とりあえずは。
「茶々さん、悪いと思っているなら猫の姿になってください!」
大きな猫の姿になってもらってダイブした。やっぱり一日一モフは外せない。
来年の今頃どうしているかなんてまだわからないけど、もっといろいろ猫のことを知って、もっともっと猫のことが好きなっていたらいいなと私は思った。
今度こそおしまい。
この話はこれでおしまいです。最後までお付き合いいただきありがとうございました。
4話まではエブリスタからの転載です。大分前に書いたものを手直しして載せていますので、5話以降とはちょっと雰囲気が違うかもしれません。
でも次またああいうことをしたらヒゲを毟ると宣言はした。猫は震え上がった。
「さ、さや……すまぬ……どうしても、その、だな……」
「茶々さんが我慢ができない方だということはよくわかりました。確かに四年は長いかもしれません。それならばまず来年の夏休みまでで一旦区切りましょう」
決して学生結婚という言葉の響きがイイ! と思ったわけではない。このまま猫とずっと暮らすのならば、一緒に暮らしているということもいずれ両親には話さなければいけないだろう。
「さや!」
「その間に、茶々さんのことをいろいろ教えてください。実家があるのかとか、結婚したらどうすることになるのかとか、もっと詳しく具体的に教えていただけるのでしたら茶々さんとのことを真面目に考えます」
「うむ、なんでも聞いてくれ!」
というわけで質問状を作ってみた。
「……書くのは苦手なのだが……」
と言って猫が出したのはぺ〇てるの筆ペンだった。なんで筆ペンって思った。
さらさらと書いてくれたのだが、達筆すぎて読みづらい。
とても字は美しいと思う。きっと書道家と言われてもおかしくはない。ただし非常に読みづらい。
「茶々さん……もしかして会社でもこれで書いてるの?」
「いや……万年筆なるものを渡されてな。それで書いたら”ぱそこん”というものを習えと言われて今は”たいぴんぐ”の練習中だ」
面白い人だと思われたんだろうなと思う。そういえば私の父は書が好きだった。きっと猫の書く字が美しいと聞いてますます気に入ってしまったに違いなかった。
「……茶々さんていつから生きてるの?」
「わからぬ。戦争とやらがいくつもあったとは聞いているが、私はその時東北にいた」
「そっか」
きっと江戸より前の時代から存在しているのかもしれないと勝手に想像してみた。そしたら、私と添い遂げるなんてできないんじゃないのかな?
「茶々さん……私は人間だから、茶々さんを置いていくことになっちゃうよ?」
「さやがわしとずっと一緒にいたいと望んでくれればその限りではない。ただし、人間の枠組みからは外れた存在にはなってしまうがな」
「えー……」
なんかすごいことを言われた。
「……神様ってそんなに都合よくていいの?」
「今まで誰も娶らなかったのだ。唯一の伴侶と共にずっと生きたいと思って何が悪い」
やばい、なんか泣きそうだ。
私はもうとっくに、この猫が好きなのだ。
舅も姑もいないらしい。でも一応後見人みたいな人たちはいるという。結婚式をするのならばその人たちが出てくれるそうだ。親戚付き合いのようなものはないが、ほんの少し神様付き合いみたいなことはあるという。
「神様付き合い?」
「さやを娶ったとなれば、一度ぐらい出雲に顔を出さねばなるまいの」
「あ! もしかして神無月ですか?」
「うむ」
「今年は行きませんよ」
「残念なことよのう」
ちょっと油断すると内堀外堀埋めてこようとするから困ってしまう。でもそんな猫も嫌いじゃない。調子に乗りそうだから絶対に言わないけど。
そして私にはやっぱり、どうしても許せないことがあって。
なんというか私は感覚が鈍いのか、それとも信じられないことが起こって麻痺していたのか、今まであんまりあの時のことを考えていなかった。
でもやっぱり許せないことは許せないよね。
「茶々さん」
「な、なんだ?」
猫も私の笑顔に不穏なものを感じ取ったようだった。
「やっぱりあの時のことが許せないので私の気が済むまで殴らせてください」
「……わ、わかった」
貴方にとっては過ぎたことでも私にとっては過ぎたことではないんですよ?
というわけで、相手は神様だとわかっているから容赦なくさせてもらった。イケメンだからって、神様だからって許されることではないんですよ?
さすがに少し手が痛い。
とりあえずこれでチャラにすることにした。私もDVする気はないし。
「さや……さや……本当にすまなかった……」
猫の打撲っぽいものはみるみるうちに治っていった。
これだから人の痛みとか理解しずらいのかもしれないとも思った。私は猫を抱きしめた。
大きな猫をもふもふしているのが好きだった。まさか襲われるなんて思っていなかったから、許せないという気持ちよりも驚きとか、悲しみの方が強くて心が麻痺してしまっていた。
情けない話だけど私はこの猫が好きなんだ。
とりあえずは。
「茶々さん、悪いと思っているなら猫の姿になってください!」
大きな猫の姿になってもらってダイブした。やっぱり一日一モフは外せない。
来年の今頃どうしているかなんてまだわからないけど、もっといろいろ猫のことを知って、もっともっと猫のことが好きなっていたらいいなと私は思った。
今度こそおしまい。
この話はこれでおしまいです。最後までお付き合いいただきありがとうございました。
4話まではエブリスタからの転載です。大分前に書いたものを手直しして載せていますので、5話以降とはちょっと雰囲気が違うかもしれません。
0
お気に入りに追加
285
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
エセ関西弁の夫は妻を家庭内ストーカーしている
ミクリ21
キャラ文芸
夫ダイナはエセ関西弁の家庭内ストーカーをする男だ。
そんな夫を愛する妻アウラ。
幸せ夫婦の生活は、ちょっとだけ特殊だけど愛があるから大丈夫!
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
後宮の系譜
つくも茄子
キャラ文芸
故内大臣の姫君。
御年十八歳の姫は何故か五節の舞姫に選ばれ、その舞を気に入った帝から内裏への出仕を命じられた。
妃ではなく、尚侍として。
最高位とはいえ、女官。
ただし、帝の寵愛を得る可能性の高い地位。
さまざまな思惑が渦巻く後宮を舞台に女たちの争いが今、始まろうとしていた。
視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―
島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。
龍神様の婚約者、幽世のデパ地下で洋菓子店はじめました
卯月みか
キャラ文芸
両親を交通事故で亡くした月ヶ瀬美桜は、叔父と叔母に引き取られ、召使いのようにこき使われていた。ある日、お金を盗んだという濡れ衣を着せられ、従姉妹と言い争いになり、家を飛び出してしまう。
そんな美桜を救ったのは、幽世からやって来た龍神の翡翠だった。異界へ行ける人間は、人ではない者に嫁ぐ者だけだという翡翠に、美桜はついて行く決心をする。
お菓子作りの腕を見込まれた美桜は、翡翠の元で生活をする代わりに、翡翠が営む万屋で、洋菓子店を開くことになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる