姫は泡にはなりません

浅葱

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五.子どもができました

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 リリィンはレイがぐっすりと眠ったのを確認してから、彼を抱いて洞窟を出た。よほど深く眠っていたのか、彼は海の中に入っても目覚めなかった。一番近い陸の岸辺に慎重に近づき、人気がないことを確認するとリリィンは彼を砂浜へそっと下した。

「ありがとう、楽しかったわ」

 そう言い残して、呼吸を確認するついでに口づけを落とすと、彼女は海へ戻っていく。
 人間と添い遂げるなんてできないことは百も承知していた。だからこれは、好奇心の代償なのだった。

「結局、”恋”ってなんなのかしらね?」

 リリィンはおなかを撫でて首を傾げた。
 人魚の赤い鱗は妊娠した証だった。せっかくだからと赤い鱗を何枚か剥がし、彼女はとっておくことにした。
 両親の元へ戻ると彼らは情けない顔をした。

「鮫の国になんと言い訳をしたらいいんだ……」
「リリィン、殺されても文句は言えないのよ……」

 両親は頭を抱えて嘆いた。リリィンはおなかを撫でながら言った。

「鮫の王子には私が直接伝えにいきます」

 両親には止められたが彼女の意志は変わらなかった。一応護衛を連れて行くように言われたが下手に連れて行って彼らが殺されても困るのでリリィンは断った。これはリリィン自身の問題だったからできるだけ国に影響を及ぼさないようにしたかった。

(差し出すのが私だけの命ですむならいいのだけど……)

 リリィンはおなかを撫でた。きっと腹の子も含めて殺されてしまうことを覚悟した。


「して、海の上はどうだった?」

 鮫の王子はいつも通りだった。リリィンの赤い鱗を見て、一瞬目を見開いたが憤ることはなかった。けれど婚約者が結婚前にどこの馬の骨とも知れぬ者の種を宿しているなど許せるはずはなかった。

「夜の空はまるで深い海の底のようでしたわ。しばらく光るものを眺めていたら嵐になってしまったんです」

 リリィンは正直にことの経緯を説明した。王子は静かに最後まで聞くと、嘆息した。

「君は正直だな。言い訳でもするようなら食い殺してあげようと思ったけど、子どもを宿しても変わらない。とても愛らしくて、憎たらしいよ」

 彼女は王子の言葉になんと返していいのかわからなかった。

「人間との子どもはどんな形をしているんだろうね? 君が子どもを産みたいと思うなら産めばいい。結婚の話はそれからにしよう」

 王子は寛大だった。優しくリリィンを見つめる。

「でも君が”恋”をしたかったとは知らなかったな。海の底に住む魔女には近々挨拶に行くと伝えてくれ」

 王子の笑顔に何故かとても怖いものを感じたが、リリィンは素直に頷いた。


 それから、子どもが産まれるまでリリィンは王子に会いにいかなかった。それが必要最低限の礼儀だと思ったからだった。
 そうして十二か月が過ぎ、産まれた子どもには尾っぽがなかった。手には水かきがついていたが、二本の足があり、その足にはひれがついていた。鱗も少なく、人間と言ってもおかしくはない容姿だったが海の中で呼吸は普通にできるようだった。そして何よりも、その子は人間の男性にそっくりだった。
 鮫の王子に見せると、王子は困ったような顔をした。

「……食べたくなってしまうから、その子が成長してから改めて結婚しようか」

 と提案された。十歳ぐらいになれば親から離すこともできる。

「そんなに待っていただいてもよろしいのですか?」
「側室の子がいるからね。大丈夫、君の為に正妃の座は開けておくよ」

 驚いて聞くリリィンに王子は悠然と答えた。

「それに……君のおかげで思わぬ収穫もあったし」

 王子はそう言って横目で棚に並べられた瓶類を見た。何故かその瓶類は魔女の家にあったものと酷似していたが、リリィンは見なかったことにした。
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