9 / 97
8.相手は長だけではないようです
しおりを挟む
キレイにしてもらってから僕はそのまま寝かせてもらった。
身体は回復魔法を唱えてもらったので疲れはないが、なにぶん全てが初めてのことだったので休ませてもらえるのはありがたかった。
目が覚めた時、一人だった。正確には布団の中では、だったけど。
「ん……」
寝返りを打ってからくん、と匂いを嗅ぐ。魔物は臭くて不潔なもの、というイメージがあったけど嫌な臭いは全然しないし、むしろもっと抱きしめていてほしいと思った。体温が高いみたいで、抱きしめられているのがすごく気持ちよかったのだ。そんなことを思い出したら顔がカーッと熱くなった。
「お目覚めですか?」
声をかけられてはっとする。上半身を起こしたら、リンドルが部屋の隅に控えていた。その隣に知らない鬼が……。
その鬼は、角はあるし皮膚の色も灰色だったけどすっきりした容姿をしていた。容姿だけを見たら人のようだった。僕は首を傾げた。
「こちらは長殿の世話役であるカヤテ殿です」
「カヤテと申します。天使さまのお世話も致しますのでこれからよろしくお願いします」
「は、はい。よろしくお願いします……」
声を出すとかすれているのがわかった。
「水をお持ちします」
カヤテが一度出て行き、木のコップに水を入れて持ってきてくれた。
「……ありがとうございます」
すぐ目の前に来られたら、大きな鬼ほどではないがそれなりに大きいということがわかった。僕が両手でコップを受け取ってコクリと飲んだら、カヤテが両手で僕の両手をそっと包んだ。
「? あの……?」
「……なんと小さくて頼りない。この私よりも小さく華奢な身体で長を受け入れたというのですか」
「え? あの……」
僕は戸惑った。カヤテは何を言っているんだろう。リンドルが補足してくれた。
「カヤテ殿、天使さまは鬼に対しての知識はないのです。村での純粋培養ですので世間のこともほとんど知りません」
「なんと!」
カヤテは驚いたように目を見開いた。
「本当にあの村は……我ら鬼に捧げる為だけに人を育てているというのか……」
「そうなのですよ」
「ならば他の森の側にもあのような村があると?」
「そこまでは存じませんが、もしかしたらあるかもしれません」
「なんということだ……」
他の鬼よりは小さめかもしれないけれど僕にとってはカヤテも十分大きくて怖い存在だった。それでも顔が人寄りでそれほど迫力がなかったからそのままでいられるけど、できればもう手を離してもらいたかった。
「ああ! 怯えさせてしまいましたね、申し訳ございません。長は仕事が溜まっているので私が天使さまのお相手をさせていただきます。天使さまを抱きたいという希望者はたくさんおりますので好みの者がいましたらお申し付けください」
「え……あのぅ……僕は長様のものなのでは……?」
「はい、所有は長になりますが長が許可した者は天使さまとまぐわう機会が与えられます。ただしその者を天使さまが気に食わない場合はお断りすることも可能です」
カヤテにそう教えられ、僕はほっとした。でも僕は鬼に嫁いだんだから求めてくる人は拒んだらだめだよね。だからカヤテが言ったことは心に留めるぐらいにしておこうと思った。
「リンドル殿、天使さまを抱くのは初めてですので何か問題がありましたらお伝えください」
「そうですね。カヤテ殿が天使さまを抱くのを止めはしませんが、先に天使さまに軽食をお出しした方がいいかと。こまめに栄養を取っていただかないと天使うんぬんの前に倒れてしまいますので」
「ああ! そうですね。私としたことが天使さまを抱けるという喜びに我を忘れておりました。では何か食べるものを用意しますので少々お待ちください」
「は、はい……」
やっと手を離され、コップも回収された。カヤテは流れるような動きで部屋を出て行く。僕は目を丸くした。
「……あの?」
なんだかよくわからなくてリンドルを窺うと、優しく微笑まれてしまった。
「ここの鬼には秩序があっていいですね。ウイ様のことも大事にしてくれそうですし」
「そ、そうですね……」
大事にしてもらえるならそれに越したことはない。でもカヤテは僕を抱くことを前提に話していたけどそういうものなのだろうか。
「リンドル……」
「はい、なんでしょう」
「僕、カヤテさんに抱かれるの?」
「長殿から許可を取ったそうですよ。わざわざ念書まで取ったそうで。こちらに」
木の札のようなものを見せられてなんともいえない顔になった。
「念書、なの?」
「こちらではいろいろなことをこのように薄く切った木の板に書くのが普通だそうです。必要なくなればそのまま薪になりますから合理的ではありますね」
「でも念書って……」
「約束事としてこちらに知らせる意図がある程度ですから、そこまで縛られるものではありませんよ。もちろんこの部屋に入れる前に長殿に確認はとってあります」
「そう、なんだ……」
念書というのは僕たちを安心させる為に用意したのかもしれないと思った。大きな鬼が思いつくとは思えないから、昔からあるものなのか、それともカヤテが考えた物なのかまではわからなかったけれど。
やがてカヤテが戻ってきた。大きな取っ手付きの木の板にいろいろな物を載せて。あれはお盆の代わりなのかもしれない。
「お待たせしました。食べるもの、とはお聞きしましたがどういうものを召し上がるのか伺っていませんでした。うっかり者で申し訳ございません。ですので、こちらでご用意できるものを全て少しずつお持ちしました。どうぞご賞味くださいませ」
カヤテが運んできた木の板だけでなく、その後からも何人もの鬼が木の板を運んできた。その上に載せられているものを見て僕は目を丸くしてしまった。
驚くことばかりでちょっと面白いと思った。
見た目は怖いけど、もしかしたらやっていけるかもしれないと少しだけ思った。
「うわ、なんですかあのかわいい笑顔……」
「天使さまはとても愛らしいのです。私も早く抱きたくてたまりません」
カヤテとリンドルが何やらぼそぼそと言い合っている。僕は目の前に置かれた木の板から、いくつかの木の実や果物、そしていびつな形の小麦粉をこねて焼いたようなものを選び食べさせてもらうことにしたのだった。
その頃の長と監視役(最初にウイを運んできた鬼):
「ぐああああ! なんでこんな手紙を見なきゃならんのだ!」
「あの弱っちい嫁のところに戻りたければとっとと読んで返事を書くだよ」
「カヤテめええええ!」
「でもこれ元々全部長の仕事だんべ。半分以上はカヤテがやっちまったぞ」
「うるせええええええ! 全部アイツが済ませばいいじゃねえかああああ!」
「いつまで経っても嫁を抱けねえべ?」
「くそおおおお!」
「あ、俺にも許可くれな? 弱っちくてかわいいなぁ、あれ」
「きさまもかああああ!!」
身体は回復魔法を唱えてもらったので疲れはないが、なにぶん全てが初めてのことだったので休ませてもらえるのはありがたかった。
目が覚めた時、一人だった。正確には布団の中では、だったけど。
「ん……」
寝返りを打ってからくん、と匂いを嗅ぐ。魔物は臭くて不潔なもの、というイメージがあったけど嫌な臭いは全然しないし、むしろもっと抱きしめていてほしいと思った。体温が高いみたいで、抱きしめられているのがすごく気持ちよかったのだ。そんなことを思い出したら顔がカーッと熱くなった。
「お目覚めですか?」
声をかけられてはっとする。上半身を起こしたら、リンドルが部屋の隅に控えていた。その隣に知らない鬼が……。
その鬼は、角はあるし皮膚の色も灰色だったけどすっきりした容姿をしていた。容姿だけを見たら人のようだった。僕は首を傾げた。
「こちらは長殿の世話役であるカヤテ殿です」
「カヤテと申します。天使さまのお世話も致しますのでこれからよろしくお願いします」
「は、はい。よろしくお願いします……」
声を出すとかすれているのがわかった。
「水をお持ちします」
カヤテが一度出て行き、木のコップに水を入れて持ってきてくれた。
「……ありがとうございます」
すぐ目の前に来られたら、大きな鬼ほどではないがそれなりに大きいということがわかった。僕が両手でコップを受け取ってコクリと飲んだら、カヤテが両手で僕の両手をそっと包んだ。
「? あの……?」
「……なんと小さくて頼りない。この私よりも小さく華奢な身体で長を受け入れたというのですか」
「え? あの……」
僕は戸惑った。カヤテは何を言っているんだろう。リンドルが補足してくれた。
「カヤテ殿、天使さまは鬼に対しての知識はないのです。村での純粋培養ですので世間のこともほとんど知りません」
「なんと!」
カヤテは驚いたように目を見開いた。
「本当にあの村は……我ら鬼に捧げる為だけに人を育てているというのか……」
「そうなのですよ」
「ならば他の森の側にもあのような村があると?」
「そこまでは存じませんが、もしかしたらあるかもしれません」
「なんということだ……」
他の鬼よりは小さめかもしれないけれど僕にとってはカヤテも十分大きくて怖い存在だった。それでも顔が人寄りでそれほど迫力がなかったからそのままでいられるけど、できればもう手を離してもらいたかった。
「ああ! 怯えさせてしまいましたね、申し訳ございません。長は仕事が溜まっているので私が天使さまのお相手をさせていただきます。天使さまを抱きたいという希望者はたくさんおりますので好みの者がいましたらお申し付けください」
「え……あのぅ……僕は長様のものなのでは……?」
「はい、所有は長になりますが長が許可した者は天使さまとまぐわう機会が与えられます。ただしその者を天使さまが気に食わない場合はお断りすることも可能です」
カヤテにそう教えられ、僕はほっとした。でも僕は鬼に嫁いだんだから求めてくる人は拒んだらだめだよね。だからカヤテが言ったことは心に留めるぐらいにしておこうと思った。
「リンドル殿、天使さまを抱くのは初めてですので何か問題がありましたらお伝えください」
「そうですね。カヤテ殿が天使さまを抱くのを止めはしませんが、先に天使さまに軽食をお出しした方がいいかと。こまめに栄養を取っていただかないと天使うんぬんの前に倒れてしまいますので」
「ああ! そうですね。私としたことが天使さまを抱けるという喜びに我を忘れておりました。では何か食べるものを用意しますので少々お待ちください」
「は、はい……」
やっと手を離され、コップも回収された。カヤテは流れるような動きで部屋を出て行く。僕は目を丸くした。
「……あの?」
なんだかよくわからなくてリンドルを窺うと、優しく微笑まれてしまった。
「ここの鬼には秩序があっていいですね。ウイ様のことも大事にしてくれそうですし」
「そ、そうですね……」
大事にしてもらえるならそれに越したことはない。でもカヤテは僕を抱くことを前提に話していたけどそういうものなのだろうか。
「リンドル……」
「はい、なんでしょう」
「僕、カヤテさんに抱かれるの?」
「長殿から許可を取ったそうですよ。わざわざ念書まで取ったそうで。こちらに」
木の札のようなものを見せられてなんともいえない顔になった。
「念書、なの?」
「こちらではいろいろなことをこのように薄く切った木の板に書くのが普通だそうです。必要なくなればそのまま薪になりますから合理的ではありますね」
「でも念書って……」
「約束事としてこちらに知らせる意図がある程度ですから、そこまで縛られるものではありませんよ。もちろんこの部屋に入れる前に長殿に確認はとってあります」
「そう、なんだ……」
念書というのは僕たちを安心させる為に用意したのかもしれないと思った。大きな鬼が思いつくとは思えないから、昔からあるものなのか、それともカヤテが考えた物なのかまではわからなかったけれど。
やがてカヤテが戻ってきた。大きな取っ手付きの木の板にいろいろな物を載せて。あれはお盆の代わりなのかもしれない。
「お待たせしました。食べるもの、とはお聞きしましたがどういうものを召し上がるのか伺っていませんでした。うっかり者で申し訳ございません。ですので、こちらでご用意できるものを全て少しずつお持ちしました。どうぞご賞味くださいませ」
カヤテが運んできた木の板だけでなく、その後からも何人もの鬼が木の板を運んできた。その上に載せられているものを見て僕は目を丸くしてしまった。
驚くことばかりでちょっと面白いと思った。
見た目は怖いけど、もしかしたらやっていけるかもしれないと少しだけ思った。
「うわ、なんですかあのかわいい笑顔……」
「天使さまはとても愛らしいのです。私も早く抱きたくてたまりません」
カヤテとリンドルが何やらぼそぼそと言い合っている。僕は目の前に置かれた木の板から、いくつかの木の実や果物、そしていびつな形の小麦粉をこねて焼いたようなものを選び食べさせてもらうことにしたのだった。
その頃の長と監視役(最初にウイを運んできた鬼):
「ぐああああ! なんでこんな手紙を見なきゃならんのだ!」
「あの弱っちい嫁のところに戻りたければとっとと読んで返事を書くだよ」
「カヤテめええええ!」
「でもこれ元々全部長の仕事だんべ。半分以上はカヤテがやっちまったぞ」
「うるせええええええ! 全部アイツが済ませばいいじゃねえかああああ!」
「いつまで経っても嫁を抱けねえべ?」
「くそおおおお!」
「あ、俺にも許可くれな? 弱っちくてかわいいなぁ、あれ」
「きさまもかああああ!!」
3
お気に入りに追加
2,247
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺
toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染)
※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。
pixivでも同タイトルで投稿しています。
https://www.pixiv.net/users/3179376
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/98346398
魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。
柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。
頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。
誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。
さくっと読める短編です。
麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。
【完結】召喚された勇者は贄として、魔王に美味しく頂かれました
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
美しき異形の魔王×勇者の名目で召喚された生贄、執着激しいヤンデレの愛の行方は?
最初から贄として召喚するなんて、ひどいんじゃないか?
人生に何の不満もなく生きてきた俺は、突然異世界に召喚された。
よくある話なのか? 正直帰りたい。勇者として呼ばれたのに、碌な装備もないまま魔王を鎮める贄として差し出され、美味しく頂かれてしまった。美しい異形の魔王はなぜか俺に執着し、閉じ込めて溺愛し始める。ひたすら優しい魔王に、徐々に俺も絆されていく。もういっか、帰れなくても……。
ハッピーエンド確定
※は性的描写あり
【完結】2021/10/31
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、エブリスタ
2021/10/03 エブリスタ、BLカテゴリー 1位
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる