彩師 サリエルの訪問

のーまじん

文字の大きさ
上 下
2 / 10

花音

しおりを挟む
 令和の中学の図書館の午後は静かに流れる。
 50年前は鉄筋コンクリートの建物として新しいイメージだったこの場所も、
毎年、新しい本と生徒達の思い出を含んで懐かしい顔へと変化している。

 桃子はこの場所に来ると、鍵のかかった奥の棚にある赤紫の背表紙の『赤毛のアン』を見る。
 その優しげな表情を紗由理は不思議な顔で見つめていた。
 「それ、見ていて面白い?」
紗由理は呆れたように桃子に声をかけ、その言葉遣いに桃子は顔をわずかに歪める。
「ええ、愉快ですわ。紗由理さん。」
桃子は、少し非難するように紗由理に流し目をおくり、紗由理は、『令嬢もの』の作成のために、図書館では丁寧な言葉で話す約束だったのを思い出した。
「何がそんなに愉快ですの?」
慌てて声色を可愛らしくする。
「この本は、中学時代にワタクシのお婆様が読まれた本なのですわ。
 お婆様が可憐な中学生だった時代があると思うと、少し、不思議な気持ちになりますのよ。」

お婆様…は、怒られちゃうかな?

 桃子は、60代でも元気に駆け回る祖母の杏子きょうこを思い出して苦笑する。
「まあ、桃子さん、思い出し笑いなんて嫌らしいわ。」
と、紗由理はお餅のような柔らかい桃子の頬を薬指でチョンとつつく。
 桃子は物思いから覚めたような顔で紗由理を見ながら真剣に聞いた。
「ねえ、杏子さんを『お婆様』って言うのは、少し違う感じかするんだけど…何か、言い言葉ないかしら?」

 「あれ?誰もいないかな?」
ガラリと引き戸が空いて、部長の花音かのんの声がした。
「います~。」
紗由理がお嬢様言葉の縛りをほどいて元気に挨拶をして部長のもとへと向かう。
 桃子は、少し呆れながらもそれに続く。

 文芸部の基本メンバーは現在、この3人である。
しおりを挟む

処理中です...