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パラサイト

くる

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  鳥肌をたてながら、私は自分の行く末を考えていた。

  若葉溶生の曲が…感染した人間の体の変化を表現しているとしたら…
  この状態から、彼は、生還した事になる。

  そう…つまり、私も、この状態からの脱出が可能だと言うことだ。

  だとすると、あの泉の…硬化した溶生は…なんだったのだろうか?

  ぐちゃぐちゃする頭で、しかし、私は、必死で考える。
  思考できる時間が、後どれくらいあるのか、わからなかったからだ。

  溶生は7年、混乱した状況にいた。
  言語もままならず、自立した生活は不可能だった。
  
  50代独身、独り暮らしの私は、そんな状況に陥るわけには行かない。

  要介護…闇よりも今はこの言葉の方が恐怖に感じた。

  妹に面倒はかけられない。
  それならば、北城の研究サンプルにされる方がいい。

  最低でも…サンプルにしたくなるような…何かを残さねば…


  私は、パニックになる頭を必死で整理する。
  そう、新種のウイルス感染なら、国でしっかりと隔離されるから、妹に迷惑はかからない。

  いや、その前に、本当に精神が異常をきたすかも分からない。
  大体、『溶解』を思い出したからって…なんだと言うんだ?

  それが、本当に7年前に感染した時の状況を表現していたか、なんてわかるもんじゃない。

  そんなのは幻想だ。
  私の頭の中の作り事だ!

  叫びあげたくなる気持ちをなだめながら、しかし…  耳鳴りの中に…若葉溶生の『輪廻円舞曲(ロンド)』が聞こえたとき…
  私は、すべての思考を放棄した。

  あの…泉へと続く…闇の中から…ユラリと…若葉溶生が現れたのだ。

  彼は歌う。

  巡る輪廻の恋情を…



  私は、良く分からない涙を流しながら、それを見つめていた。

  全身麻痺の私に、逃げるすべはない。

  あの白くふわりと流れる溶生も……一体、何者かも分からない。

  何が本当なのだろう?

  私は、涙を流しながらそう自問する。

  激しい恐怖に襲われながら、それでも…本当に最期なら…この曲を聴けたことを素直に嬉しいと感じていた。

  長い数秒の後…気がつくと、目の前に若葉溶生が笑っていた。

  溶生は…細く繊細な指先で私の唇に触れ、
  そこから、力任せにこじ開けて何かを含ませた…


  一瞬、『シルク』を思い出して全身の体毛が総毛立つ気がした。
  卵鞘(らんしょう)を含まされる…物語の妻を思い出した。

  が、私の口に入れられたのは平べったいラムネのようなもので、ローズマリーの香りがした。

  ローズマリーは、集中力を高めると聞いたことがある。

  口いっぱいに広がるハーブの香りに、平時の思考がよみがえる気がした。

  落ち着いて前を見ると、溶生が笑っていた。

  「しばらくの辛抱です。時期に落ち着いてきますわ。池上先生。」


  ( ̄□ ̄;)!!

  ゆっくりと痺れから解けて行く顔面が驚きに見開いてしまう

  私の前には……若葉溶生の姿をした若葉雅苗がたっていた。
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