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パラサイト
モダンボーイ
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ふと、長山の言っていた黄金虫を思い出した。
10センチもある立派なスカラベのミイラ……
現物は既に、寄付されたようだが、どんなものだったのか、今なら、持ち主の雅苗に聞けそうな気がした。
が、私がそれを聞く前に、雅苗は、意外な方向に話題を変えてきた。
「そんな話、随分と忘れていましたわ。
長山さんにモンペリエで再会するまでは。
曾祖父の尊行とは、私は、直接、話したりした事はありませんでした。
1926年、この屋敷が完成して1年も経過(たた)ないうちに亡くなったのです。」
「どうしたのですか?」
私は、何かの病気を想像して暗くなる。
この時代なら、結核なども考えられる。
「南アルプスの山に登山して、滑落したのです。」
「滑落………。」
私は、次の言葉を失った。
山の遭難……それは、雅苗の父である雅徳(まさのり)さんの死因にも重なったのだから。
私の複雑な気持ちを汲み取ったのか、雅苗は、悲しそうな笑顔をむけてくる。
「これは、私の父、雅徳の死因を思い出させるものですわ。けれど、これは、調査などの理由で、密林や山に侵入する機会のある職業柄、よくある事だと思っていました。」
そうだろうか…(-"-;)
虫好きとして、年がら年中、山や林に行ってるが、そんな危ない経験が無い私は、一瞬、違和感を感じたが、進入禁止の場所にすら、特別な許可がおりるような、ビックネームの山登りと自分を一緒にしては、いけないと考え直す。
そして、雅苗に相槌を打つように頷いた。
雅苗は私を見て、少し考えてから話を続けた。
「けれど…違うのでは無いか、と、思ったのです。
父は、事故で亡くなる前に、あの『砂金』を読んでいたようですの。
そして、尊行が調査していた資料を調べていたのですわ。」
雅苗は、何かを問うように私を見る。
「『砂金』を調べると事故死をするなんて、そんな、都市伝説みたいな話…。
それが本当なら、あなたも死んでなければ行けませんよね。でも、生きてる!」
私は、明るく同意を求めた。
が、雅苗は、悲しそうに微笑むだけだ。
その笑顔はやめて欲しい…まるで、ドラマのフラグの笑顔…
その時、私は、本気でそう思った。
既に、私と北城もあの本を調べ始めていた。
死亡フラグが心に、はためく。
「もう…調べるのはやめますか?」
少しして、雅苗は私に聞く。
その笑顔に、良く分からない不安が胸に込み上げる。
やめた所で、現状は変わらないし、ここまで来ると、あの本の謎を知りたくもある。
「いえ、続けてください。」
私の答えに、雅苗は満足そうに頷いた。
「尊行が買い求めたのは、文学の会の人づてで、初版の1919年のものですわ。
彼は陸軍の時からの知り合いで、社交的な人でしたわ。
尊行の覚書によると、軍人とは思えない、調子のよいモダンボーイだそうで、『砂金』についても、童謡『かなりや』で話題の新星だった西条八十に好かれたくて、調子良くまとめ買いをしたのではないか、と、書かれていましたわ。」
雅苗の昔話に、私は、少しだけ焦る。
「自分で続けてと言っておいて、申し訳ありませんが、その話、必要ですか?」
私は、温室の様子と長山たちが気になり始める。
本当に、この話を聞いていていいのだろうか?
そわそわする私に、雅苗は、悲しそうに一度、目を伏せてから、キリッとした視線で私を見つめる。
「話が下手ですいません。でも、必要なのです。その、私の曾祖父に本を売った人物…彼が言った一言を調べるところから、物語が始まるのですから。
1925年のパリ万博に仕事で訪れていた尊行は、そのモダンボーイと再会するのですわ。
そして、その出会いから、本のエピソードを思い出すのです。
彼はこう言ったそうです。
『トミノの地獄』の創作の原点を知ってる、と。」
「トミノの地獄…ですか。」
私は、美しく不気味な、あの詩を思い出す。
その創作の原点…
関係なさそうではあるが、もう、口出しはしなかった。
怪談を聴いているときのような、体にまとわりつく様な恐怖に囚われて、ただ、雅苗を見つめていた。
10センチもある立派なスカラベのミイラ……
現物は既に、寄付されたようだが、どんなものだったのか、今なら、持ち主の雅苗に聞けそうな気がした。
が、私がそれを聞く前に、雅苗は、意外な方向に話題を変えてきた。
「そんな話、随分と忘れていましたわ。
長山さんにモンペリエで再会するまでは。
曾祖父の尊行とは、私は、直接、話したりした事はありませんでした。
1926年、この屋敷が完成して1年も経過(たた)ないうちに亡くなったのです。」
「どうしたのですか?」
私は、何かの病気を想像して暗くなる。
この時代なら、結核なども考えられる。
「南アルプスの山に登山して、滑落したのです。」
「滑落………。」
私は、次の言葉を失った。
山の遭難……それは、雅苗の父である雅徳(まさのり)さんの死因にも重なったのだから。
私の複雑な気持ちを汲み取ったのか、雅苗は、悲しそうな笑顔をむけてくる。
「これは、私の父、雅徳の死因を思い出させるものですわ。けれど、これは、調査などの理由で、密林や山に侵入する機会のある職業柄、よくある事だと思っていました。」
そうだろうか…(-"-;)
虫好きとして、年がら年中、山や林に行ってるが、そんな危ない経験が無い私は、一瞬、違和感を感じたが、進入禁止の場所にすら、特別な許可がおりるような、ビックネームの山登りと自分を一緒にしては、いけないと考え直す。
そして、雅苗に相槌を打つように頷いた。
雅苗は私を見て、少し考えてから話を続けた。
「けれど…違うのでは無いか、と、思ったのです。
父は、事故で亡くなる前に、あの『砂金』を読んでいたようですの。
そして、尊行が調査していた資料を調べていたのですわ。」
雅苗は、何かを問うように私を見る。
「『砂金』を調べると事故死をするなんて、そんな、都市伝説みたいな話…。
それが本当なら、あなたも死んでなければ行けませんよね。でも、生きてる!」
私は、明るく同意を求めた。
が、雅苗は、悲しそうに微笑むだけだ。
その笑顔はやめて欲しい…まるで、ドラマのフラグの笑顔…
その時、私は、本気でそう思った。
既に、私と北城もあの本を調べ始めていた。
死亡フラグが心に、はためく。
「もう…調べるのはやめますか?」
少しして、雅苗は私に聞く。
その笑顔に、良く分からない不安が胸に込み上げる。
やめた所で、現状は変わらないし、ここまで来ると、あの本の謎を知りたくもある。
「いえ、続けてください。」
私の答えに、雅苗は満足そうに頷いた。
「尊行が買い求めたのは、文学の会の人づてで、初版の1919年のものですわ。
彼は陸軍の時からの知り合いで、社交的な人でしたわ。
尊行の覚書によると、軍人とは思えない、調子のよいモダンボーイだそうで、『砂金』についても、童謡『かなりや』で話題の新星だった西条八十に好かれたくて、調子良くまとめ買いをしたのではないか、と、書かれていましたわ。」
雅苗の昔話に、私は、少しだけ焦る。
「自分で続けてと言っておいて、申し訳ありませんが、その話、必要ですか?」
私は、温室の様子と長山たちが気になり始める。
本当に、この話を聞いていていいのだろうか?
そわそわする私に、雅苗は、悲しそうに一度、目を伏せてから、キリッとした視線で私を見つめる。
「話が下手ですいません。でも、必要なのです。その、私の曾祖父に本を売った人物…彼が言った一言を調べるところから、物語が始まるのですから。
1925年のパリ万博に仕事で訪れていた尊行は、そのモダンボーイと再会するのですわ。
そして、その出会いから、本のエピソードを思い出すのです。
彼はこう言ったそうです。
『トミノの地獄』の創作の原点を知ってる、と。」
「トミノの地獄…ですか。」
私は、美しく不気味な、あの詩を思い出す。
その創作の原点…
関係なさそうではあるが、もう、口出しはしなかった。
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