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パラサイト

白昼夢

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  暑くなる初夏の日差しが土の道を照らしていた。
  道端の葛の葉が揺れる音をきいた。

  「レイさん…。」
私は辺りを見渡して、少し遠慮がちに声をかけた。
  反応はなかった。草はらを走る風が、さざ波のように草を揺らし、私を不安にさせた。
「草柳さん!!」
大きな声で呼んだ。
私の声が池を走るのを感じる。が、レイが現れる様子は無かった。
「おおおーい。」
私は叫ぶ。

 「はーい。」
背後から聞き慣れた男声がした。秋吉だ。

  「なんだ、お前、どこにいってたんだよ。」
私は混乱してつい、乱暴に怒鳴る。
  秋吉は少し驚いて、1秒、絶句しながら私を見ると、ゆっくりと落ち着いた口ぶりでこうきいた。
「どうかしましたか?」

  秋吉の顔を見て、急に自分が恥ずかしくなる。

  「いや…すまん。お前の姿が見えたかったから、何かあったのかと心配したから。」
トーンダウンした声で言い訳をした。
「そうですか…すいません。心配をさせてしまいましたね。
  この辺の木陰て台本を読んでいたので、呼ばれている事に気づきませんでした。」
秋吉は何故か、嬉しそうに言い分けをする。
「いや…私こそ、声を荒げてしまって。」
私はうなだれた。
いい歳をして恥ずかしい。
「謝らないでください。俺、逆に嬉しいんですよ。
  そんなに俺を心配してくれるなんて。」
「いや…そんなには、心配してないから。気にしないでくれ。」
私は、秋吉がたまに同僚の枠を越えて、好意的な言葉を放つのが苦手だった。

  長身で、実生活からかけ離れた人形のように整った顔で〈そんなに俺を心配してくれるなんて。〉なんて言われると、なんか、背中がむず痒く感じる。

  悪気は無いのだろうが、秋吉は、たまに不思議な親近感で話しかけてくるのだ。
「そんなには、って、酷いなぁ。これで、俺、売れっ子の芸能人なんですよ。」秋吉は冗談目かした非難を私に浴びせた。私は、話を変えようとあせる。
「あ、ああ。ところで、今、美人をみなかったか?」「美人…ですか?」
秋吉は疑わしそうに私を見、その様子に、レイとの約束を思い出した。レイの事は内緒だった。

  「あ、ああ。いたらいいなって、そんな話だ。草柳レイの様な可愛い女が。」
  つい、軽い気持ちで口にした。が、それを聞いた秋吉は硬直したように血の気をひいて私を真顔で見つめた。
「池上さん、それ、冗談になりませんよ。」
「え?どう言うこと?」
「それ、7年前に若葉さんと騒がれた女性です。
  あの騒ぎで事務所を解雇され、芸能活動を辞めたって…。若葉さんの前では、そんな冗談、言わないでくださいよ。」
秋吉の言葉に混乱した。
では、私が今まで話していた女性は何者なのか?

  私は、弾かれたように草柳レイを検索した。
  そして、プロフィールの画像に愕然とした。

  私の話していた女性とは違っていたからだ。

  何故か、へんな安心感が体を巡る。
  私は笑いながら秋吉を見た。

  「すまん、私は、熱中症になりかけているようだ。へんな事を口走ってすまない。屋敷で少し休むよ。」
  混乱する頭をかかえて、私は力なく笑った。
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