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悪霊

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  コーヒーを手に席に戻ると、克也は静かに冷めたコーヒーをすすっていた。

  私は、どう声をかけて良いのか分からずにコーヒーにミルクを入れてかき混ぜる。

  「そろそろ、帰る時間かな…」
私はスマホで時間を確認する。すると、ヘロヘロに寝ていた山臥が、いきなり起き出して抗議を始める。
「いや、12時まで居よう。このままじゃ、何も解決しないしさ。」
「何を解決させるのよっ。」

  小説なんて、皆、書かないじゃない。
  私は山臥を睨む。

  「いや、まだ、話は終らない。」
克也が俺様系に戻ってる!
  私は、正直、嬉しくなりながら彼をみた。
「検閲の話は分かったわ。確かに、今までの変な説より説得力があったよ。」

  そう、検閲…これなら、どうしょうもない理由になる…え?
  ここで、疑問が生まれる。
  そう、政府(おかみ)からの制限なら、そう説明すれば良かったはずだ。
  それなら、皆、納得するし、自分の名前を傷つける必要もない。
  寧ろ、どれだけエログロだったのか、読者は期待と共に乱歩を手放したりはしないはずだ。

  「そうだ。さすがに気がついたようだね。」
克也が私に先生のような笑顔を向ける。
「うん。検閲…されても、戦後、解決編を書かなかった理由にはならないんだよね。死ぬ瞬間まで、執筆し続けたと言われた乱歩が、外部の理由で発表できなかっただけなら、後に書いたのではないかと思うわ。」
私の頭に様々な事柄が浮かんでは消えた。
  もしかしたら、密室に問題があって、横溝先生に指摘され、後に『本陣殺人事件』として、受け継がれたのではないか、とか。

「ああ。気がついたようだね。君がそこをスルーしたなら、ただのつまらない検閲の話で終わらせようと考えたのだがね。」
克也はホームズを意識したようにフフンと笑い、私の胸にモヤモヤを生む。
「へー。」
と、しか、答えられなかった。
  モヤモヤはする。
  が、俺様克也の面白回答を聞きたい方が勝る。

  注目されると知ると、克也は静かに笑みを浮かべて話はじめた。

  「1933年、検閲に追加される事項がある。
  戦争の虞ある事項
  その他著しく治安を妨害する事項
  この2つだよ。」
克也はどやるが意味不明だ。
「それがどうしたのよ、『悪霊』のどこに戦争が関係するの?治安の妨害…するほどエロくも無さそうだけれど。」
私の台詞に克也はがっかりしたように口角を下げる。
  「ダメだよ。文章だけをみていては!時代を感じなければ。」

  そう言って見せられた1933年の年表に軽い目眩を感じた。
  1933年3月
  このとき、アドルフ・ヒトラーが全権委任法を可決させる。
  これにより、ヒトラーの独裁政権が誕生するのだ…
  そして、日本は国際連盟を脱退した。

  1933年は歴史の転換期でもあったのだった。

  「歴史の転換期…でも、それが、『悪霊』になんの関係があるのよ…」
反論はした。が、何か、空気が重く感じもした。

  怪談をしていると感じる…何かの気配が体を包む。
「5・15事件により、日本は軍主流に変わって行く。  それと共に、西洋の思想等も規制の対象になっていったのではないかな?

  SPRと言う団体はイギリスをはじめとした欧州の組織で、様々な学者や哲学者が名を連ねていた。
  そして、霊や未来予知について、江戸川乱歩も能力者に接触していた可能性もある。
  乱歩は…残酷な未来を垣間見て、先が書けなくなったのではないだろうか?」
克也は言いたい事だけ言って席をたった。

  そんなの…無茶苦茶じゃん…

  私は脱力しながら、心の中で呟いた。

  5・15事件で犬養首相が暗殺された。
  世界恐慌で企業が倒産し、農家も生活に苦しんでいた。
  貧富の差が広がるなかで、日本政府も求心力を失い、軍が台頭してくる。

  歴史は繰り返す…
    でも、反省と改善は可能である。

  まるで、何かが囁いたように、そんな言葉が思い浮かんだ。
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