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悪霊

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  福来友吉
  世紀末のオカルトファンなら…否、映画ファンも、この名を知らないはずはない有名人…
  しかして、教科書には載らない有名人。
  それが福来先生だ。

  彼は、科学的な視点からオカルトを…いや、超常現象を研究した人物だ。

  しかし…ここで、1933年にこんな有名な実験とともに私の作品に参戦するとは!
  「あの、月の裏側の写真…『悪霊』の年の事なんだね。」
私は子供の頃を思い出した。
  地球にいる限り、見ることのできない月の裏側。
  念写の正しさを証明するために、先生は能力者と月の裏側の写真の念写実験を行う。
  そして、アポロが月面に人類を誘い、
  科学技術が、人々に月の裏側の写真を届ける頃、昭和の初めに行われたオカルト実験が目を覚ます。

  三田光ー氏による月の裏側の念写写真が、NASAの月の裏側の写真に酷似していたと言うのだ!

  私も、当時は胸をおどらせた。
  なにしろ、月は裏と表で全然、形が似ていないのだから。

「そうだ。『悪霊』を書くにあたって、江戸川乱歩もこれについて調べたり、影響を受けた可能性がある。」  
自信満々の克也に山臥の素朴な質問がとんだ。
「え?でも、福来友吉って、インチキ認定されて、社会から抹殺されたんじゃなかったっけ…貞子の実験で。」

  高橋貞子…彼女は実在するサイキッカーで、福来に素質を認められて、念写が出来るようになる。
  が、彼女の実験は、インチキと言われ、世間の批判を浴びることになる。

「そうだよね、だから、私も、福来先生は、出さないことにしようと考えていたんだよ。」  
私は、負け惜しみをするようにボヤいた。

  そう、調べたさ。
  日本の科学的なオカルト研究をした人だもん。
  念写を発明した先生なんだから。
  『悪霊』を書くにあたって、絶対、乱歩も調べたと考えたよ…
  でも、私も、貞子の一件で思考停止した。

  ああっ、もう。

  あの有名な月の裏側念写実験が同じ年に行われていたなんて!

「江戸川乱歩…彼は、作家だよ?何となく、民衆が知っていて、魅力を感じるが、ファンタジーにしておきたい…そんなものを物語に呼びいけようとアンテナを張っていると、考える方が正しいとか思わないか?」
夜が深くなって、克也の弁舌が芝居がかる。
  アルコールが無くても、自分に酔える人物は安上がりで良いなぁと、ぼんやり考えて、アイスを注文した。
  その隙をついて、山臥がビールのお代わりを頼む。
  
  「そうね、小説にするなら、少し前に炎上して、皆、色々知ってる人物が、再び、新しい事をしはじめて登場するのって、興味をひくもんね。」
私は、何度も特集が組まれた福来友吉の研究を思い出す。

  科学的に、迷信や神通力を解明しようと考える、福来先生のスピリッツは、決して、悪いものではない。
  「でも…『悪霊』には、そんな雰囲気なかったよ。ドイルの話とかは出てるけど。」

  そう、この話に福来先生を使うのは難しい。
  福来先生は、念写実験など、物理的に何かがおこる現象を調べていた印象で、心霊実験についての記述は私は見かけなかった。
  口寄せなどの、物理実験や証明の難しいものは、好きじゃなかったのかもしれない。

  そして、何より、江戸川乱歩のオカルト熱の無さが、気にかかる。

  そこまでして、乱歩が超常現象に興味があるように、『悪霊』の文章は思えないのだ。
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