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悪霊

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  あなたは…誰に喜んでほしくて物語を作るの?

  喫茶店でそう問う乱歩の向かいにいるのは私だった。

  誰に喜んでほしいのか?
  思えば、そんなこと、考えて書いてなかったかも知れない。
  とにかく、史実に忠実とか、公募のテーマに会う作品とか…
  それを追っかけるだけで精一杯だった気がする。

  でも、こうして、乱歩について書いてみると、江戸川乱歩のイメージが変わってくる。

  彼は、決して全国民に尊敬される作家ではなかった。
  物語は人気を博(はく)したが、私の父は楽しんではいたけれど、三文作家と低評価を下すことも忘れなかった。

  純文学は上等で、大衆小説は二流だと父は信じていたのだ。

  こんな風に書くと、昔なら、乱歩先生が可愛そうに思ったけれど、ネットで小説を書いてみて、考えが変わった。

  私も、純文学とか、インテリジェンスのある作品がかけないけど、別に、気にしていない。
  むしろ、異世界テンプレのファンタジーがかけないのが悩ましい。
  ファンタジーで評価を3桁もらい、ブックマークを2桁にしてみたい。
  遠くのアカデミー賞より、近くのPVだ。

  そう、私は高学歴のインテリの偉い人に認められたい訳じゃない。
  ネット小説ファンに好かれて小銭を稼ぎたいのだ。
  だから、チートとか、テンプレは気になるが、なんだか、難しい事はそれほど気にしない。

  乱歩先生も、そうなんじゃないかと思う。
  大学とかの偉い先生ではなく、少ない小遣いをやりくりして雑誌を買ってくれる…芝居や、講談を聞きに来てくれる、お客さんに認められたかったのではないか、と。

  そう、乱歩先生がデビューした1923年は、関東大震災があったのだ。
  スペイン風邪の猛威が収まり始めたそんなとき。
  これによって、両親どころか、生まれた町すら失った人たちも大勢いたに違いない。
  1929年には世界恐慌…
  私の昔読んだ本には、閉鎖的な社会状況のなかで、より過激なエロが流行ったと書いてあった。
  まあ、それが本当かどうか…今ではわからないけど、少なくとも、江戸川乱歩の作品は、エログロと揶揄されても人気があったのは間違いない。

  伝説として今でも探偵の代表と評価されるシャーロック・ホームズを作者は1度、殺そうと試みている。
  コナン・ドイルにしてみれば、探偵小説…大衆小説のジャンルで自分が有名になるのが耐えられなかったのだろう。

  そんな時代。
  でも、乱歩先生は、明智小五郎とミステリー作家一本で生きる決意をする。

  それは、読者に命を委ねて行脚する捨聖(すてひじり)のようなものでは無いだろうか?

  自分の主張は大切だ。が、それだけでは生きて行けない。
  売れる事…誰かを楽しませる、生きる理由を与える事…それを考えて作品は作られたに違いない。

  アガサやドイルの国ではなく、自分の作品を愛して…小銭をくれる日本のファンの為に。

  だとしたら、当時、田舎では理解されないだろう西洋の事件や、オカルトに全ふりはしない。

  現在でも、エクトプラズムなんて言われて、瞬時に理解できる人間は少ないし、
  本でも
  講談でも、
  芝居にしても、上手く、面白味が表現できなくなる。

  私は江戸川乱歩と言う作家(ひと)は、芝居にして華がある作品を心がけた人のように思えてきた。
  文字を読むのが苦手な人も楽しめる…そんな話を作ろうとしたのでは無いだろうか?

  そして、それらを愛し、全国に広め、行脚した小さな一座が複数あったのではなかろうか…

  だとしたら、霊媒のシーンは重要になる。
  霊が登場するシーンは、大人も子供もドキドキワクワクするから。

  私は『悪霊』のエクトプラズムの説明に感じた違和感を思い出した。

  エクトプラズム…霊媒が吐き出す、霊的なナニカなのだが、英国の記録によると、これは、一時的に固体になり、消えていったり、液体化する。

  日本の怪談ではあまり見られない霊(たましい)の登場の仕方なのだ。

  私なら、ここを改編する。
  でも…どうやって?

  物凄いスピードで、いろんな考えが浮かんだ。
  混乱しながら、コーヒーのお代わりを貰って席に戻る頃、克也と山臥が、何やらスマホの画像を見ていた。

  「何を見てるの?」
と、聞いた私に、良く分からない丸い白黒写真の上に書いてある文字が飛び込んできた。
  実験 福来博士  月の裏側念写

  1933年
  オカルト界隈では、1つの実験が行われていた。
  
  ラノベなんて無い時代。『魔法様』と呼ばれた三田光一氏による、月の裏側の念写実験である。
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