上 下
16 / 164
本を売る女

予兆3

しおりを挟む
  そう、アヴィニオンの大学を中退してから少しの間、ノストラダムスの消息は不明になる。

  本当かどうかは知らないがノストラダムス関連本を読んだ私の知識ではそうだった。

  だから、そこからの数年は適当な話を作っても問題は無いはずだった。

  1話完結の小さな物語を考えていた。

  ミシェルの父さんは商人だ。
  16世紀…大航海時代の商人。
  ミシェルは、母親と祖父の屋敷で暮らしていた。
  子供の頃、読んだ本には、祖父のユダヤの血族に伝わる…なんかチートな知識を伝授するためにそうした、とか書かれていた…気がする。

  ここで、ミシェルは、カバラの神秘や医術、占星術…ついでに日本語まで(しかも標準語で)取得する。


  いやぁ…さすがにそれはないわぁ…

  と、考えた。
  それで、父親が子供を預ける理由を考えた。

  出稼ぎ…

  そう、旅にいってる事にしたら、すんなりと話が続くじゃないか!

  世は、まさに大航海時代だったのだ。
  1517年にはエルナンデスがマヤを発見している。

  西洋では、黄金伝説ブームだったに違いないのだ。
  どちらにしても、ミシェルのとーちゃんの話なんて、史実に無いだろうし、私の読んだ本には『商人』としか書いてなかった。

  どうせ、初めての連載だし、まっ、いいか

  と、空想で話をつくる。
  大切なのは史実でもノストラダムスでもない。

  剛の間抜けなエピソードが輝く舞台なのだから。

  剛は、今はどうあれ、先祖は偉い人だったらしい。
  『奥さま』とか『旦那様』とか呼ばれていたらしいから、世が世なら、剛だって『お坊っちゃま』と呼ばれていたかもしれない。

  血筋なら、ノストラダムスにひけをとらない…かもしれない。
  うん、そうだ、そう言うことにしておこう。


  剛の学生時代…
  流行りはフォークだった。

  「だって、かっこいいでしょ?アコースティックギター。
  
  アコースティックって、電気を使わない楽器の事なんだよ。」
と、自慢げに語る剛を思い出す。

  アコースティック…こんなものの意味なんて、知って何の特になるのかと思ったが、まさか、小説としてカネになる可能性があるなんて
  いっすん先は分からない。すごい時代に生きてるわぁ…

  私は、新しい世界、新しい文化にワクワクしながら物語を考えた。

  そして、90年代のディスコミュージックに今でも執着している剛が、エレキギターを選ばなかったのはなぜなのか?不思議にも思った。

  

  私は、今から500年前のアヴィニオンの酒屋に、吟遊詩人に憧れて、リュートを買ったノストラダムスを作り出した。
  剛をモデルに作り出された私のミシェルは勉強なんてしてなかった。

  当時、次男の貴族などは、騎士で吟遊詩人として旅をしていたと聞いたことがあった。

  少し前まで教皇庁がおかれていたアヴィニオンは、巡礼者も多く、その中には旅のイケメン吟遊詩人も沢山来たろうし、ミシェルも憧れたに違いない。

  ミュージシャンのテツヤを語る剛を思い出す。

  「やっぱ、テツヤさんはカッコいいよね?
  今は、あまり聞かないけど、活動を始めたら、また、流行ると思うんだ。」

剛は、テツヤの話をするときは、やけに自信に満ちていた。

  
  いつになく饒舌な剛をのせて、私のミシェルも小太りの体にリュートを大切に抱えて、酒場でそれを見せびらかしていた。

  「いいでしょ…これ、買っちゃったんだ!」

  嬉しそうにスマホを見せびらかしながら、えびす顔をする剛の笑顔を思い出した。

  あいつは、新し物好きで、仲間内で一番にスマホに買い換えた。

  後先考えずに、つい、衝動買いをする剛の浅はかな性格を受け継いだミシェルもまた、なにも考えずに学費で送られたカネで、リュートを買った。


  学生たちは、そのリュートを珍しそうに見つめて、曲を弾いてほしいと剛に懇願する。
  が、剛は、それをはにかみながら断り、ひきたそうに見つめる学友に屈託なく貸すのだ。
「よかったら、ひいてみる?」

  それは楽しい時間だった…

  外は雨が激しくなってきたが、店の中は熱気と客の笑顔と歌声で輝いていた。

  激しくドアが開かれて一人のおお男が登場するまでは。

  「ミシェル!ミシェル・ノートルダム!!どこにいる?」

  激しい怒声にミシェルは、椅子から転げて豚のように四つ足で逃げようと試みた。

  が、二本足のおお男に襟首を捕まれ、ひっくり返されて怒鳴られる。

ミシェルは、断末魔の豚の悲鳴のように高く切ない声で男に言った。

「ぱ…パパン……」

  そう、この人こそジョーム・ノートルダム。
  ミシェルの父親だ。

  長い航海から帰り、学校から、学費の督促状を受け取り、ミシェルを探していたのだ。


  ミシェルの悪事は、その場の皆に知られることになり、ジョームは、そこでミシェルに判決を告げる。

  「お前には失望した。2度と援助はしない。」

ジョームは低い声でそう言って、地獄に戻る悪魔のように颯爽とミシェルを振り向くこともなく去って行く。

  ひっぱたかれて放心していたミシェルは、我にかえってそれを追う。

父親は馬車に乗り、ミシェルを見ることなく走り去る。

  ミシェルは、本当に、これで終わりだと悟り、我を忘れて雨の中、馬車を追うが転んでしまう。

  ぱ…パパーン………


  雨に沈むミシェル……


  こうして、ノストラダムスは放浪の旅へと出掛けることになるのだ。




  「なんなの…その話。」
私の話を聞いて剛は、眉を潜めた。
「それ…面白いの?」
剛の畳み掛けるような問いに、当時は不敵な笑いで返答した私。

「面白いわよ。ここから、ミシェルの冒険が始まるんだ。アンタの面白エピソードを振り撒きながら。

  それに…ノストラダムス、本当に、学費の未払いがあったみたいだから。」

  今となっては…その未払いの話すら、本当か、創作なのかはわからないが、このとき考えたノストラダムスの冒険は楽しかった。
  間抜けで善良なノストラダムスに、狡猾で、イケメンのイタリア人をつけようと思っていた。

  フランソワ1世の統治の時代、イタリアは神聖ローマ皇帝とフランス王に狙われ、東欧もトルコの驚異に怯えていた。

  そのイタリア人も名前を隠す必要があった。
  だから、ミシェルの名前をかり、
  ミシェルに従者の役をするように言いくるめた。

  “お父さんに知られないように。”

  
  この言葉に騙されるまま、ミシェルはローマに向かうはずだった……

  評価がよければ……

  が、評価の前に、私は、衝撃の事実を知ることになる。

  ジョーム・ノートルダム。

  ミシェルのお父さんは、海の男でもなければ、アヴィニオンから出ても居なかった。


  じゃあ、なんで奥さんは実家にくらしてるのよぅぅ…


  1話を投稿してしまっていた。

  だから、混乱した。
  ジョームについてなんて、考えたことはなかった。
  ついでに、ミシェルの母方のジーさんは、ミシェルの誕生時期に亡くなってる可能性まで飛びだしてきた。
いきなりのピンチ。
混乱。参考資料が参考にならない腹立たしさ。

そんな私は古本屋で衝撃の再会をする。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

砂漠の国でイケメン俺様CEOと秘密結婚⁉︎ 〜Romance in Abū Dhabī〜 【Alphapolis Edition】

佐倉 蘭
キャラ文芸
都内の大手不動産会社に勤める、三浦 真珠子(まみこ)27歳。 ある日、突然の辞令によって、アブダビの新都市建設に関わるタワービル建設のプロジェクトメンバーに抜擢される。 それに伴って、海外事業本部・アブダビ新都市建設事業室に異動となり、海外赴任することになるのだが…… ——って……アブダビって、どこ⁉︎ ※作中にアラビア語が出てきますが、作者はアラビア語に不案内ですので雰囲気だけお楽しみ下さい。また、文字が反転しているかもしれませんのでお含みおき下さい。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

月宮殿の王弟殿下は怪奇話がお好き

星来香文子
キャラ文芸
【あらすじ】 煌神国(こうじんこく)の貧しい少年・慧臣(えじん)は借金返済のために女と間違えられて売られてしまう。 宦官にされそうになっていたところを、女と見間違うほど美しい少年がいると噂を聞きつけた超絶美形の王弟・令月(れいげつ)に拾われ、慧臣は男として大事な部分を失わずに済む。 令月の従者として働くことになったものの、令月は怪奇話や呪具、謎の物体を集める変人だった。 見えない王弟殿下と見えちゃう従者の中華風×和風×ファンタジー×ライトホラー

6年3組わたしのゆうしゃさま

はれはる
キャラ文芸
小学六年の夏 夏休みが終わり登校すると クオラスメイトの少女が1人 この世から消えていた ある事故をきっかけに彼女が亡くなる 一年前に時を遡った主人公 なぜ彼女は死んだのか そして彼女を救うことは出来るのか? これは小さな勇者と彼女の物語

フリー声劇台本〜モーリスハウスシリーズ〜

摩訶子
キャラ文芸
声劇アプリ「ボイコネ」で公開していた台本の中から、寄宿学校のとある学生寮『モーリスハウス』を舞台にした作品群をこちらにまとめます。 どなたでも自由にご使用OKですが、初めに「シナリオのご使用について」を必ずお読みくださいm(*_ _)m

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...