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本を売る女

愚者

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  2019年、もう少し私は自分を過大評価していた。
  とにかく、文字数があれば、書籍化は無理でも数千円を稼げるスキルがあると思っていた。

  書くのを諦めさえしなければ、剛の為に旅費を稼ぎ、克也の研究を助ける為のなにがしかを手に出来ると信じていた。

  克也の研究は良く分からないが、ずいぶん昔から始まっていた気がする。
  そして、勿体ぶって話さないのだ。

  いや、違うか…

  そんな話、まともに聞いてくれる人物はリアルではいないのだ。
  そして、同じようなマニアに会っても、まあ、話なんて合わず、不毛な言い合いになりやすい。

  ふと、昔、忘年会で楽しそうに占いの話を始めた克也を思い出した。
  忘年会と言ってもファミレスで夕食をとるだけだったが。
  我々は一通り一年を語り、そうして、ネタがつきると克也の出番だ。
  何か、オカルト風味の話題をふると奴は楽しそうに話始めた。
  そして、必ず、熱を帯びてきて、ボールペンを借り、心に仕舞った何かを解き放つようにナプキンに殴り書きを始めるのだ。

  こんな事になるのなら、あのナプキンをとっておけばよかったな。

  少し悔やみながら思い返してみるが、まあ、何か、ぐるぐると楕円を書いたり、世界地図の略図に矢印を書いたりするだけなので、持っていても解読不能だとは思うが。

  それでも、それは挿し絵がわりにはなったかもしれない…
  奴の殴り書きには、何か、ほとばしる情熱があった。何が言いたいのかは、理解できなかったが、癖のように描かれるあの、楕円のぐるぐるは、ゴッホのそれより私の心を打ったのは間違いない。

  宇宙のぐるぐる…

  私はそれを密かにそう呼んでいた。
  克也の世界では宇宙は3つ存在していた。奴は丁寧に説明した。
  でも、行き掛かり上、現在、M理論の11の宇宙を探す私ですら、あの宇宙の説明は良く理解できなかった。

  物理学の宇宙ではない…精神世界の宇宙の話のようだとだけはわかったが…多分。

  凄く偉そうに語っていたが、克也はその道の専門家ではない。絶対に元ネタがあるはずだ。
  断片的に思い出すそれらのもとネタを探して、何かをまとめて克也に提出する…そして、それと、WEBでの活動を見せる…現実はどうあれ、物語の中では私は3桁いや、5、5桁のいいねを貰い、自慢げに克也に笑う。
  高らかに、奴の秘密の研究を暴き、そして、こう言うのだ。
  「この、素晴らしい研究をミステリーマガジン『みい・ムー』の読者コーナーで発表してみないか…」
と。

  かーっ…なんか、書いてみると恥ずかしくなるが、こんな感じのテレビドラマを見ていた記憶がよみがえる。
  70年代…科学の進歩のニュースで弾みがついたSFは、特撮技術の進化とタックを組んで、怪奇ものとSFドラマで日本中を魅了した。

  恋とお城と王子が中心の少女漫画の世界ですら、宇宙の謎に挑戦する少女が登場した。

  数々の奇怪な事件を解決し、そして、謎の答えを手に、ラスボスの元へと向かう健気な少女。

  胸があつくなる。
  懐かしい昔の風が頬を優しく撫でて行く。

  もう一度…あんな物語を見てみたい。
  私好みのSFミステリー。
  書籍化の夢は生涯降ってくる事はなくとも…
  これは、諦めさえしなければ、叶う部類の願いだ…
  ふと…剛の顔を思い出した。
  剛は去年亡くなった。

  名古屋に皆で行く…

  こんなささやかな願いすら、叶えることも出来ないまま…

  時間は有限で、一寸先は闇だ。

  どんなに丁寧に設定を練ろうと、素晴らしい編集を見方につけようと、
  書き始める作者は孤独に果てのない精神世界をさ迷い歩くただのタロットカードの『愚者』でしかない。

  崖に向かって1歩踏み出す
我々のその向こうには、天へ上る栄光のロードか、それとも、エタの地獄か…

  それでも、先に進まなくては、物語はそれで終わる。
  
  気を取り直した。

  とにかく、先を書いて行こう。
  確かに、崖っぷちにいるのは違いないけど、例え、落っこちるにしても、谷は深いとは限らないし、落ちた場所に花畑が広がってるかもしれない。
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