祓魔師 短編集

のーまじん

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略奪者

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 100年戦争のフランスとはどんな世界だろう?

 まず、ここでヨーロッパの領主や王に日本式の誇りやら何やらを期待するのは止める。

 ヨーロッパの地獄感をモデルに考える。

 閻魔大王が統べる日本の地獄と違い、ヨーロッパの地獄は悪魔の統べる世界だ。

 ボスはサタン。悪魔である。

 で、契約がルールを作り出す。

 フランス王にしても、領主にしても、とりあえず、契約は守るが、だからと言って、それが切れたら信頼できる人物かは別問題だ。
 契約期間は、傭兵として戦地で好き放題を緩し、加護してくれたとしても、契約期間が切れたら、山賊として討伐され、略奪品を没収し、罪を擦り付けるくらい平気でやってのける…。
 盗人(ぬすっと)の上前をはねる…、そんな悪知恵が働く人物。と、考える。



 ヨーロッパでも、戦後の処理には商人が登場した。
 私が、見つけたのは捕虜の身代金の取引をするフェレンツェの商人だったが、この人たちに、日本の奉公のような、派遣業の一面をもたせる。

 こうする事で、村人は傭兵や山賊に対して価値を持つことになり、
 力が弱くても、仕事のスキルで対抗できるようになる。

 それに、戦後敗けた村で生活を維持するのは難しい。
 出稼ぎは、村人にとっても口べらしの意味で必要だったと思う。

 ここで、ヨーロッパを縦断する職人組合、ギルドが生きてくる。

 出稼ぎに出されるのは、中学生くらいの男の子だろうけど、組合の親方なら、人となりを親が調べるのも楽だろうし、安心できる。
 それに、履歴書やら、資格についての共通の概念が、組合で認識できるから、言葉の違う外国に行くのも比較的楽だし、外国人を雇うことも親方側にも不安が少なくなる。

 これによって、傭兵は不必要に殺生をする事は無くなる。

 何しろ、子供たちは、彼らの年金みたいなものだ。
 まあ…、それでも、日本と違い、アフリカやらアジア、アラビアなどからも人が流れてくるユーラシア大陸の話なので、ルールを守らない団体も、沢山登場はするのだろうけれど…



 日本でも、関東と東北の境の辺りでは、冬になると小さな戦闘が繰り返されたと、聞いたことがある。

 本の題名を忘れたのがかえすがえすも残念だけれど、その本によると、冬場、食料が不足した国から、関東に襲撃してきたらしい。
 餓えによる戦闘。

 とても原始的で分かりやすい動機である。


 フランスの東の国境沿いのドンレミ村は、フランス王側の飛び地になっている。

 つまり、まわりは敵に囲まれ、餓えた野武士が襲撃するとしたら、味方の村より敵側の村だろう。

 味方と言う事は領主、貴族と呼ばれようと、山賊まがいの西洋の野武士の頭目だ。
 彼らは、強い方を独特の嗅覚で嗅ぎとり、そっちにつく。

 そして、領主と呼ばれる奴等は、一度自分の領地にしてしまえば、それを荒らす者に容赦などしないのだ。

 下手に手をだしたら、これ幸いに知らない罪まで擦り付けられ、財産をむしりとられて、惨たらしく殺される。

 とはいえ、次の麦の収穫までの食料の確保は不可欠だ。

 5人ほどの小隊のはぐれ傭兵が、ドンレミ村に狙いをつけた。

 彼らは、闇をまとって一番裕福そうな屋敷に襲撃する事に決めた。

 派遣の期間が終わり、最後の山賊稼ぎの略奪だ。

 ドンレミ村は、フランス王領で、現在はお家騒動でまとまりがない。

 前王のシャルル6世は、精神を病んでいたらしいし、その妃は淫乱な女だと噂されていた。

 それが本当かどうかは知らないが、略奪するのには適した場所である事は確かだ。

 フランスのワイン、ブルゴーニュのものは、外国でも高く売れる。

 ドンレミ村は、のどかな田舎の村ではあるが、その地下には、飲めるガーネットのような良質のワインがたんまり貯蔵されているはずだ。

 近くには、マース川が流れ、船に略奪したワイン樽を詰め込んで逃走すれば、すぐに外国に逃げられる。
 あとひと仕事。

 部隊長の顔が、山賊のそれになる。

 月はない。春とはいえ、北欧の春は肌寒い。
 それでも、春先の暖かな日に照らされていた土は甘い懐かしい春の香りを辺りに放ち、
 芽吹き始めた雑草の若芽が、茂みに隠れる彼らの肌を優しく撫でる。

 農繁期を前に、忙しく立ち回る村人が教会に集まり、新しい一年について議論が白熱する頃合いを見計らい、村の外れの貯蔵庫のかんぬきを破壊し、手際よくワインを盗み出す。

 川岸には、船に待機する仲間がいる。

 見つからないのが、一番だが、見つかったとしても棄てて行く外国(とち)、反抗する者がいるなら、切りかかるのみだ。

 隊長は、大胆に馬車を盗み、そこにワインの樽をのせて行く。

 天国に召されなくても、地獄の最下層にはいきたくはない。

 不必要な殺生は避けたいと、四十路を過ぎた隊長は思う。が、若い兵士は違う。

 荷台にワインを積み込み、落ち着いたところで、屋敷の中へと足を運ぼうとしている。

 「おいっ、やめねえかっ。屋敷になどいけば、女子供がわめき出す。面倒ごとを増やすんじゃねぇ。」
隊長は、屋敷に向かおうとする若い衆に手をかけて、低くどすのきいた声で制止した。が、次の瞬間、後ろから羽交い締めにされ、手をかけた若い男のバカにした皮肉げな笑いを浴びせられる。

「ここまでくれば、アンタには用はねえんだよ。
 傭兵の期限は切れたんだ、もう、アンタは俺達の隊長じゃねえ、ただのもうろくジーさんだよ。」
男は、傭兵期間の不満をのせて、元隊長の顔面に思いきりパンチを食らわした。
 隊長は、鼻血を出しながら失神し、若い衆はそれに興奮しながら、穏やかな屋敷の灯りに誘われるように向かって行く。

 ばかどもがっ。

 隊長は、消える意識の中でこの後の彼らを憐れんだ。

 文字を読めないのは仕方がないが、自分達の雇い主の…この土地の実質の王について、知ろうとしないのは失態だろう。

 無怖公(ジャン)。そう呼ばれたブルゴーニュの領主は、騎士道を重んじ、女子供に対しての不法行為を特に、嫌っているのだ。




 倒れた元隊長は、しかし、天国への道を讃美歌一曲分だけ昇ったところで我に返る。

 と、止めないと!

 軽い目眩はしていたが、格闘を生業に生きてきた人物だ。なんとか持ち直す。

 そして、殴った方も元は同じ隊の仲間だった男。

 盗み働きの仲間割れで、年長者を殺したとあれば、これから何処に行っても、その悪名から生涯逃れる事は出来ない。

 いい感じに手加減はしている。

 しかし、若者たちはこの年配の日雇い兵士のスキルを本当の意味では知らないでいる。

 激戦地に派遣され、四十路を生き延びてきた、この男は、ずる賢さと独特の先見の明がある。
 その感のようなものが、さっさと、この国から逃げろと告げていた。

 だから、少し、危険を犯しても略奪に荷担したと言うのに。


 男は、気配を消して屋敷の方へと闇をまとって進む。

 が、時既に遅し。

 屋敷の中は激しい捕り物の音が聞こえ、遠くから馬の走る音を感じる。

 逃げなくては!

 男は、目まぐるしく頭を回転させながら、騒がしくなる前に屋敷から急いで離れる。

 船で待機する仲間の元に走る。

 全く、ろくでもない。

 最近の若い奴は、年配者の話をバカにして、よくよく考えずに行動する。

 まあ、そんな人間と略奪行為に至る自分も言うほど賢くもないのだが。

 と、男は自虐的に笑い、そして船へと急ぐ。

 やはり、あの噂は本当なのだろう。

 イングランドは寝返ったのだ。

 仲間の現場の配置に不自然さを感じたのは間違いなかったのだろう。

 なんとなく、ノルマンディーやイングランドと関係のある人間が、中央からはずされている気がしたのだ。

 偉いさんの難しいことは分からないが、各所の会話の音が微妙に変わったのは何となく感じだ。


 男は、船へとたとりつくと、事情を知りたがる仲間を圧して岸を離れる。

 あのバカ共のおかげで助かったのかもしれない…。
 あまりにも上手く行き過ぎた計画に、誰かの策略を感じる。

 俺たちは、はめられたのかも知れねぇ。

 男は、眉を寄せて考える。もし、イングランドがあのお方を裏切ったとしたら、我々は、フランス王家との和睦のための小さな贄(にえ)だったのかもしれねえ。イングランド系の略奪者として王族に渡される。

 「どうしたんです?」
随分と下流へ流れたところで部下の一人がランタンを布から取り出しながら、男に恐る恐る声をかける。

 「いや、悪かったな、ワイン樽を持って帰れなくて。」
男は、昔からの馴染みの部下に素直に謝った。
 考えれば、けっして良い上司とは言えない自分に、この男は長年、誠実に尽くしてくれる。

「全く、どうしたんですか、親方。アタシに謝るなんて、悪いことがおこりそうで気持ち悪いですよ。」
部下は子供のように素直な表情を男にむける。

 その無邪気さに毒を抜かれて男は笑い、胸にしまっていた上等のワインを忍び得物を器用に使い開けると一口含み、部下に回した。
「そうだ、なにか、嫌な事が起こる気がする…。が、まあ、今日はこれを飲め。これは、王さまやお姫様が飲む上等なワインだ。
 俺らが一生働いても、飲める代物じゃ、ないんだぞ。」
男は、そのワインを売って一人で儲けようと考えていた。

 が、この部下の間抜けな笑い顔をみているうちに、なぜだか、ワインをこの男と味わってみたくなったのだ。

 なんどか、略奪で手に入れたことはあるが、高級なワインとは、金に変えるもので、飲む事なんて考えた事も無かった。

 「!ふっ…。親方、これ、なんだかかび臭いきがしやせんか?」

 同じく安酒しか知らない部下は、本気で文句を言っている。

「これでいいんだ。」
男は、面倒くさそうに言う。
「本当ですか?王さまって言うのは、あんまり良いもんじゃありやせんね。」
と、ワインをゴグゴク飲む部下の頭を、男は、軽く叩いて瓶を奪うと、
「だったら飲むな。」
と、残りのワインを惜しむように捨てぜりふを吐いた。
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