祓魔師 短編集

のーまじん

文字の大きさ
上 下
17 / 44
懺悔

恋歌 シャンソン

しおりを挟む
 明かり取りの窓にくっきりとした白い雲をカルロは見た。日が高くなって、少し汗ばむのを感じる。

 プレアティもそれを感じるのか苛立つように話す。

「あの事件、あなたも関わった、あの惨劇を思い出すといい。あの法廷で罪を認めたジルの涙を。
 考えてみるがいい。世の中に絶望したとはいえ、大切な親友で、戦友で、心から敬愛していた少女をむざむざ敵に売り渡した人間に、落ちぶれたとはいえ、借金などするものかを。」


プレアティの言葉に、カルロはブルゴーニュ派のジャン5世を思い出す。

ジャンヌダルクを並みいる身代金の支払い主から、イングランドに引き渡した男だ。


が、ジル・ド・レ男爵は、父方はブルゴーニュ派の人間だ。お金を借りても不自然とは思えない。


 ジルが禁治産者になってからもまた、執拗に金を貸していたのは確かではあるが、晩年のジルは、偽物のジャンヌダルクを蘇ったと信じてしまうくらいに精神を病んでいた。


「彼は、偽ジャンヌを見抜けなかったのですよ?」
カルロは、ブレアティをみた。

1440年、詐欺師とわかるまで、ジルは蘇ったジャンヌを信じて戦争の指揮までさせている。


その問いに、プレアティは寂しそうに微笑んだ。


「その答えを…彼は、自分の裁判で告白している。俺はその裁判を傍聴していたんだからな。」

プレアティの答えにカルロは一瞬驚いて彼を見つめた。

嘘や、誇張で話しているようではなかった。
 しかし、先程までのプレアティとは別人のように荒々しい。

 当時、少年の惨殺事件の容疑者としてプレアティも追われる身だった。

自らも関係する事件の傍聴に大胆にも来たと言うのだろうか?

重い疑惑がカルロの胸をよぎる。が、直ぐに思い返した。

彼は、カルロが関わった七番目のプレアティだ。

ジルの側近だった人間とは別人だし、嘘つきだ。


が、犯人と悪魔しか知らない紋章を入れられるとしたら…

 カルロは、冷静にプレアティを見つめる。
 ジル・ド・レ男爵を騙したプレアティは、捕まり、なお、一旦は罪を逃れたが、45年には処刑されている。今、目の前にいるのは別人だ。
 カルロは、自分の考えに自信をもち、目の前の詐欺師の嘘を暴こうと見つめた。瞬間、逆行で影のようにたたずむプレアティの姿に背筋が凍る。


 真実を伝えよう…


地獄の底から腹に響くような悪魔の声がした。
 そんな幻聴に囚われてカルロは思わず、こころで十字をきった。


「確かに、ジルは、自らの罪を認めたよ。囚われの身となり、やつれていたが、酒や悪友と縁が切れて、奴の本来の人好きする性格が顔に滲にじんでいたよ。元はハンサムで育ちがいいから、
 綺麗な立ち姿で少し長くなった髪をリボンでひとまとめにした姿は
おとぎ話の王子さまのようで女どもがため息をもらしていたなぁ。
殺人鬼なのに。」

プレアティは上手いジョークを言ったような軽い笑いをもらした。

「裁判はバカな俺らが見ていても嘘臭くてヘタな茶番に見えたよ。が、傍聴人もブルゴーニュの強面が座っていたし、役人も金を握らされたような、ろくでもない奴等だったさ。」
と、そこでブレアティは、一度カルロの顔を観察する。

「ああ、不満は聞かないぜ、何て言ってもあの時は滅茶苦茶だったからな。拷問と屁理屈を重ねた話で、すっかりジルは不利な状況に置かれていたんだ。
で、最後の告白の時、ジルは、全てを諦めて胸に秘めた、本当の自らの罪を告白し始めたのさ。」

ブレアティは甘さのある切ない微笑みをたたえて、彼なりの恋詩シャンソンをうたいだした。


 それは処刑前、ジルが最後の告白をするシーンだった。


 みなさん、私は、観念しました。

かくなる上は、騎士として正直にお話ししましょう。

確かに、私は罪を犯しました。

それは、神を冒涜するものであり、

口にするのも、穢けがらわしい告白なのです。


しかし、それは、少年殺しなどと言う俗な行為ではなく、


私の犯した罪は、より罪深く、おぞましい。

私は自らを騙し、
あの聖女ジャンヌダルクをも騙していたのです。


私は、あのひとを、一人の女性として愛していました。


あの清らかな唇に触れ、彼女の柔らかな胸の膨らみを頬に感じながら、切ない気持ちを告白し、恋路の雨を降らせたいとすら考えていたのです。


その告白が始まるや否や、裁判所の雰囲気が一転したのだ。


ジルの口から放たれる、ジャンヌと言う愛しい人の名前の音に、女性たちが彼の真実の愛を直感したのだ。


裁判官や役人は、それをやめさせたいと考えたが、下手にやめさせたら、傍聴人は彼らを非難するに違いない。

役人は、ジルの告白を止めることはできなかった。

聖職者は、保身のために耳を塞ぎ、讃美歌を唱え出した。


その聖なる響きに合わせて、ジルは生来の美しい顔に、愛の輝きを乗せて傍聴する女性に切なげな微笑みを投げ掛けた。


「私が愛したのは、あの方ただ一人。何故に性も違う少年に情をかけると思われるのか?私が恐れるのは死ではなく、ただ、この恋情ゆえに、死してなお、あの方の側にいられないと言う事実なのです。私は、罪人です。恋と言う名の罪人なのです。かつてアダムが追われたように、あの方の住まう楽園の扉は、この気持ちゆえに固く閉ざされる。ああ、哀れな私の為にどうか祈って貰えまいか?ただ一度、死の瞬間にあの方が私に会いに来てくれるように。」


ジルの処刑は異様な雰囲気で始まった。

傍聴していた人間たち…少年を殺された被害者の親までもが、ジルの罪が許されるようにと祈りを捧げ刑場へと連なった。


「あれは、なかなか面白い見世物だったよ。ジルは泣きながら人々に憐れまれ、刑にふくし、役人はとても記録に残せない残忍な行為とだけ書くしかなかったのだから。」

ブレアティは懐かしく語り、それから、気持ちを切り替えてカルロを見た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

透明人間vs塩田剛三

梧桐彰
歴史・時代
1943年。 激化の一途をたどる第二次大戦にて、英国が編み出したヒトラー暗殺の秘策は透明人間であった。 対するナチス第三帝国は同盟国日本より、銃弾も避けるという達人の高弟、塩田剛三を招聘する。 東洋の合気術は西洋の見えざる刺客に太刀打ちできるのか。 【登場人物】 ハンス・ユンゲ: 武装親衛隊の将校でアドルフ・ヒトラーの従卒。 トラウデル・ユンゲ: アドルフ・ヒトラーの秘書でハンスの妻。 ジャック・グリフィン博士: 故人。肉体を透明にできる薬を開発したイギリス人科学者。 塩田剛三: 合気術の達人。

沖田総司が辞世の句に読んだ終生ただ一人愛した女性の名とは

工藤かずや
歴史・時代
「動かずば、闇に隔つや花と水」 これは新選組一番隊隊長・沖田総司の辞世の句である。 辞世の句とは武士が死の前に読む句のことである。 総司には密かに想う人がいた。 最初の屯所八木邸主人の若妻お雅である。 むろん禁断の恋だ。 実の兄貴と慕う土方にさえ告げたことはない。 病身の身を千駄ヶ谷の植木屋の離れに横たえ、最後の最後に密かに辞世の句にお雅への想いを遺した。 句の中の花とは、壬生八木邸に咲く若妻お雅。 水とは、多摩、江戸、そして大坂・京と流れながら、人を斬ってきた自分のことである。 総司のそばには、お雅の身代わりにもらった愛猫ミケが常にいた。 彼の死の直前にミケは死んだ。その死を看取って、総司は自らの最後を迎えた。 総司とミケの死を知り、お雅はひとり涙を流したと言う。

B29を撃墜する方法。

ゆみすけ
歴史・時代
 いかに、空の要塞を撃ち落とすか、これは、帝都防空隊の血と汗の物語である。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。

みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ! そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。 「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」 そう言って俺は彼女達と別れた。 しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。

幽霊、笑った

hiro75
歴史・時代
世は、天保の改革の真っ盛りで、巷は不景気の話が絶えないが、料理茶屋「鶴久屋」は、お上のおみねを筆頭に、今日も笑顔が絶えない。 そんな店に足しげく通う若侍、仕事もなく、生きがいもなく、ただお酒を飲む日々……、そんな彼が不思議な話をしだして……………… 小さな料理茶屋で起こった、ちょっと不思議な、悲しくも、温かい人情物語………………

密会の森で

鶏林書笈
歴史・時代
王妃に従って木槿国に来た女官・朴尚宮。最愛の妻を亡くして寂しい日々を送る王弟・岐城君。 偶然の出会いから互いに惹かれあっていきます。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...