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懺悔
恋歌 シャンソン
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明かり取りの窓にくっきりとした白い雲をカルロは見た。日が高くなって、少し汗ばむのを感じる。
プレアティもそれを感じるのか苛立つように話す。
「あの事件、あなたも関わった、あの惨劇を思い出すといい。あの法廷で罪を認めたジルの涙を。
考えてみるがいい。世の中に絶望したとはいえ、大切な親友で、戦友で、心から敬愛していた少女をむざむざ敵に売り渡した人間に、落ちぶれたとはいえ、借金などするものかを。」
プレアティの言葉に、カルロはブルゴーニュ派のジャン5世を思い出す。
ジャンヌダルクを並みいる身代金の支払い主から、イングランドに引き渡した男だ。
が、ジル・ド・レ男爵は、父方はブルゴーニュ派の人間だ。お金を借りても不自然とは思えない。
ジルが禁治産者になってからもまた、執拗に金を貸していたのは確かではあるが、晩年のジルは、偽物のジャンヌダルクを蘇ったと信じてしまうくらいに精神を病んでいた。
「彼は、偽ジャンヌを見抜けなかったのですよ?」
カルロは、ブレアティをみた。
1440年、詐欺師とわかるまで、ジルは蘇ったジャンヌを信じて戦争の指揮までさせている。
その問いに、プレアティは寂しそうに微笑んだ。
「その答えを…彼は、自分の裁判で告白している。俺はその裁判を傍聴していたんだからな。」
プレアティの答えにカルロは一瞬驚いて彼を見つめた。
嘘や、誇張で話しているようではなかった。
しかし、先程までのプレアティとは別人のように荒々しい。
当時、少年の惨殺事件の容疑者としてプレアティも追われる身だった。
自らも関係する事件の傍聴に大胆にも来たと言うのだろうか?
重い疑惑がカルロの胸をよぎる。が、直ぐに思い返した。
彼は、カルロが関わった七番目のプレアティだ。
ジルの側近だった人間とは別人だし、嘘つきだ。
が、犯人と悪魔しか知らない紋章を入れられるとしたら…
カルロは、冷静にプレアティを見つめる。
ジル・ド・レ男爵を騙したプレアティは、捕まり、なお、一旦は罪を逃れたが、45年には処刑されている。今、目の前にいるのは別人だ。
カルロは、自分の考えに自信をもち、目の前の詐欺師の嘘を暴こうと見つめた。瞬間、逆行で影のようにたたずむプレアティの姿に背筋が凍る。
真実を伝えよう…
地獄の底から腹に響くような悪魔の声がした。
そんな幻聴に囚われてカルロは思わず、こころで十字をきった。
「確かに、ジルは、自らの罪を認めたよ。囚われの身となり、やつれていたが、酒や悪友と縁が切れて、奴の本来の人好きする性格が顔に滲にじんでいたよ。元はハンサムで育ちがいいから、
綺麗な立ち姿で少し長くなった髪をリボンでひとまとめにした姿は
おとぎ話の王子さまのようで女どもがため息をもらしていたなぁ。
殺人鬼なのに。」
プレアティは上手いジョークを言ったような軽い笑いをもらした。
「裁判はバカな俺らが見ていても嘘臭くてヘタな茶番に見えたよ。が、傍聴人もブルゴーニュの強面が座っていたし、役人も金を握らされたような、ろくでもない奴等だったさ。」
と、そこでブレアティは、一度カルロの顔を観察する。
「ああ、不満は聞かないぜ、何て言ってもあの時は滅茶苦茶だったからな。拷問と屁理屈を重ねた話で、すっかりジルは不利な状況に置かれていたんだ。
で、最後の告白の時、ジルは、全てを諦めて胸に秘めた、本当の自らの罪を告白し始めたのさ。」
ブレアティは甘さのある切ない微笑みをたたえて、彼なりの恋詩シャンソンをうたいだした。
それは処刑前、ジルが最後の告白をするシーンだった。
みなさん、私は、観念しました。
かくなる上は、騎士として正直にお話ししましょう。
確かに、私は罪を犯しました。
それは、神を冒涜するものであり、
口にするのも、穢けがらわしい告白なのです。
しかし、それは、少年殺しなどと言う俗な行為ではなく、
私の犯した罪は、より罪深く、おぞましい。
私は自らを騙し、
あの聖女ジャンヌダルクをも騙していたのです。
私は、あのひとを、一人の女性として愛していました。
あの清らかな唇に触れ、彼女の柔らかな胸の膨らみを頬に感じながら、切ない気持ちを告白し、恋路の雨を降らせたいとすら考えていたのです。
その告白が始まるや否や、裁判所の雰囲気が一転したのだ。
ジルの口から放たれる、ジャンヌと言う愛しい人の名前の音に、女性たちが彼の真実の愛を直感したのだ。
裁判官や役人は、それをやめさせたいと考えたが、下手にやめさせたら、傍聴人は彼らを非難するに違いない。
役人は、ジルの告白を止めることはできなかった。
聖職者は、保身のために耳を塞ぎ、讃美歌を唱え出した。
その聖なる響きに合わせて、ジルは生来の美しい顔に、愛の輝きを乗せて傍聴する女性に切なげな微笑みを投げ掛けた。
「私が愛したのは、あの方ただ一人。何故に性も違う少年に情をかけると思われるのか?私が恐れるのは死ではなく、ただ、この恋情ゆえに、死してなお、あの方の側にいられないと言う事実なのです。私は、罪人です。恋と言う名の罪人なのです。かつてアダムが追われたように、あの方の住まう楽園の扉は、この気持ちゆえに固く閉ざされる。ああ、哀れな私の為にどうか祈って貰えまいか?ただ一度、死の瞬間にあの方が私に会いに来てくれるように。」
ジルの処刑は異様な雰囲気で始まった。
傍聴していた人間たち…少年を殺された被害者の親までもが、ジルの罪が許されるようにと祈りを捧げ刑場へと連なった。
「あれは、なかなか面白い見世物だったよ。ジルは泣きながら人々に憐れまれ、刑にふくし、役人はとても記録に残せない残忍な行為とだけ書くしかなかったのだから。」
ブレアティは懐かしく語り、それから、気持ちを切り替えてカルロを見た。
プレアティもそれを感じるのか苛立つように話す。
「あの事件、あなたも関わった、あの惨劇を思い出すといい。あの法廷で罪を認めたジルの涙を。
考えてみるがいい。世の中に絶望したとはいえ、大切な親友で、戦友で、心から敬愛していた少女をむざむざ敵に売り渡した人間に、落ちぶれたとはいえ、借金などするものかを。」
プレアティの言葉に、カルロはブルゴーニュ派のジャン5世を思い出す。
ジャンヌダルクを並みいる身代金の支払い主から、イングランドに引き渡した男だ。
が、ジル・ド・レ男爵は、父方はブルゴーニュ派の人間だ。お金を借りても不自然とは思えない。
ジルが禁治産者になってからもまた、執拗に金を貸していたのは確かではあるが、晩年のジルは、偽物のジャンヌダルクを蘇ったと信じてしまうくらいに精神を病んでいた。
「彼は、偽ジャンヌを見抜けなかったのですよ?」
カルロは、ブレアティをみた。
1440年、詐欺師とわかるまで、ジルは蘇ったジャンヌを信じて戦争の指揮までさせている。
その問いに、プレアティは寂しそうに微笑んだ。
「その答えを…彼は、自分の裁判で告白している。俺はその裁判を傍聴していたんだからな。」
プレアティの答えにカルロは一瞬驚いて彼を見つめた。
嘘や、誇張で話しているようではなかった。
しかし、先程までのプレアティとは別人のように荒々しい。
当時、少年の惨殺事件の容疑者としてプレアティも追われる身だった。
自らも関係する事件の傍聴に大胆にも来たと言うのだろうか?
重い疑惑がカルロの胸をよぎる。が、直ぐに思い返した。
彼は、カルロが関わった七番目のプレアティだ。
ジルの側近だった人間とは別人だし、嘘つきだ。
が、犯人と悪魔しか知らない紋章を入れられるとしたら…
カルロは、冷静にプレアティを見つめる。
ジル・ド・レ男爵を騙したプレアティは、捕まり、なお、一旦は罪を逃れたが、45年には処刑されている。今、目の前にいるのは別人だ。
カルロは、自分の考えに自信をもち、目の前の詐欺師の嘘を暴こうと見つめた。瞬間、逆行で影のようにたたずむプレアティの姿に背筋が凍る。
真実を伝えよう…
地獄の底から腹に響くような悪魔の声がした。
そんな幻聴に囚われてカルロは思わず、こころで十字をきった。
「確かに、ジルは、自らの罪を認めたよ。囚われの身となり、やつれていたが、酒や悪友と縁が切れて、奴の本来の人好きする性格が顔に滲にじんでいたよ。元はハンサムで育ちがいいから、
綺麗な立ち姿で少し長くなった髪をリボンでひとまとめにした姿は
おとぎ話の王子さまのようで女どもがため息をもらしていたなぁ。
殺人鬼なのに。」
プレアティは上手いジョークを言ったような軽い笑いをもらした。
「裁判はバカな俺らが見ていても嘘臭くてヘタな茶番に見えたよ。が、傍聴人もブルゴーニュの強面が座っていたし、役人も金を握らされたような、ろくでもない奴等だったさ。」
と、そこでブレアティは、一度カルロの顔を観察する。
「ああ、不満は聞かないぜ、何て言ってもあの時は滅茶苦茶だったからな。拷問と屁理屈を重ねた話で、すっかりジルは不利な状況に置かれていたんだ。
で、最後の告白の時、ジルは、全てを諦めて胸に秘めた、本当の自らの罪を告白し始めたのさ。」
ブレアティは甘さのある切ない微笑みをたたえて、彼なりの恋詩シャンソンをうたいだした。
それは処刑前、ジルが最後の告白をするシーンだった。
みなさん、私は、観念しました。
かくなる上は、騎士として正直にお話ししましょう。
確かに、私は罪を犯しました。
それは、神を冒涜するものであり、
口にするのも、穢けがらわしい告白なのです。
しかし、それは、少年殺しなどと言う俗な行為ではなく、
私の犯した罪は、より罪深く、おぞましい。
私は自らを騙し、
あの聖女ジャンヌダルクをも騙していたのです。
私は、あのひとを、一人の女性として愛していました。
あの清らかな唇に触れ、彼女の柔らかな胸の膨らみを頬に感じながら、切ない気持ちを告白し、恋路の雨を降らせたいとすら考えていたのです。
その告白が始まるや否や、裁判所の雰囲気が一転したのだ。
ジルの口から放たれる、ジャンヌと言う愛しい人の名前の音に、女性たちが彼の真実の愛を直感したのだ。
裁判官や役人は、それをやめさせたいと考えたが、下手にやめさせたら、傍聴人は彼らを非難するに違いない。
役人は、ジルの告白を止めることはできなかった。
聖職者は、保身のために耳を塞ぎ、讃美歌を唱え出した。
その聖なる響きに合わせて、ジルは生来の美しい顔に、愛の輝きを乗せて傍聴する女性に切なげな微笑みを投げ掛けた。
「私が愛したのは、あの方ただ一人。何故に性も違う少年に情をかけると思われるのか?私が恐れるのは死ではなく、ただ、この恋情ゆえに、死してなお、あの方の側にいられないと言う事実なのです。私は、罪人です。恋と言う名の罪人なのです。かつてアダムが追われたように、あの方の住まう楽園の扉は、この気持ちゆえに固く閉ざされる。ああ、哀れな私の為にどうか祈って貰えまいか?ただ一度、死の瞬間にあの方が私に会いに来てくれるように。」
ジルの処刑は異様な雰囲気で始まった。
傍聴していた人間たち…少年を殺された被害者の親までもが、ジルの罪が許されるようにと祈りを捧げ刑場へと連なった。
「あれは、なかなか面白い見世物だったよ。ジルは泣きながら人々に憐れまれ、刑にふくし、役人はとても記録に残せない残忍な行為とだけ書くしかなかったのだから。」
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