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第四章 聖女編

53 万能薬には世界を滅ぼす力が必要でした

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 万能薬。
 それがあればどんなに深刻な魔力欠乏でも瞬く間に全快するらしい。

「魔力のみならず気力、体力、疲労、持病……あらゆるものを癒す。それが万能薬と呼ばれる所以なのです」

 まさに夢のような薬だ。
 魔女の説明を聞いての率直な感想だった。

「しかし過去この薬の調合を成し遂げた者はわずか一人なのです」
「少なっ!?」
 いや、一人いただけでも幸運なんだ。
 たとえ一人でも薬が存在する証明にはなるのだから。
 いったい誰なんだろう?
 近くにいるなら譲ってもらえないかな。
 僕が期待した面持ちでいると、魔女は唯一の成功者の名を言った。

「その名は賢者クレイブ様。聖女様と同様、勇者様の仲間だったお人です」
「あ、そうですか……」
 駄目だった。
 取引以前に、実在したのかどうかも怪しい人だった。

「えっと……万能薬はあるんですよね?」
 伝承の人だけが作ったとされる薬。
 しかもその効力は何でもかんでも治すことができるというもの。
 夢のような薬ではなく、本当に夢の薬なんじゃないよね。
 話を聞いていると誰かの妄想話としか思えないんだけど。

「間違いなくございます。ただ調合に必要とされる素材があまりにも馬鹿馬鹿しく作ろうと思っても誰も作れないだけなのです」

 今まで挑戦した人はいたってことか。
 でも材料集めで諦めた人が多かった、と。

「こちらがリストです」
 すると魔女が調合リストを見せてくれる。
 僕はそれに目を通し、あまりの現実離れした内容に絶句した。
 これはダメだろう、と。


 《万能薬 調合リスト》
 ・スライムの粘液 ランクF
 ・虹色魚レインボーフィッシュの骨 ランクA
 ・ 鷲獅子グリフォンの唾液 ランクAAA
 ・一角獣ユニコーンの生き血              ランクS
 ・赤龍レッドドラゴンの肝                  ランクSS


 ちなみにランクは魔物の強さを示す指標だ。
 国によりランクF~ SSまで定められている。
  Sでも一大事なのにSSは国を滅ぼすと言われるほどの厄災だ。
 しかも赤龍といえば過去いくつもの国が討伐に挑み、そして国ごと滅ぼされた。
 だから今となっては「触らぬ龍に祟りなし」と言って、赤龍には手を出さないことが国家間の暗黙の了解になっている。
 それほどまでに赤龍は危険だということだ。

「冗談ですよね」
「恩人に冗談を言うはずがありません。わたくしは至って真面目にお話しているつもりです」
「ですよね」

 目を見ればわかる。魔女は嘘を言っていない。
 それに冗談なら誰でも捕まえられるスライムをリストにわざわざ入れないだろう。
 このリストは本物だ。
 魔女が言い淀んだ理由は危険性の高さゆえだったのだ。

「これを見てもなお覚悟はおありですか? 諦めも時には大事でしょう。アレク様がどのような選択をしようとわたくしは尊重します」

 怯えていると思ったのか、魔女が優しく諭すように言ってくる。
 心外だった。
 その言い方じゃまるで僕が万能薬を作るのを諦めようととしているみたいじゃないか。
 確かにリストを見て驚いたし、怖いと思ったのは事実だ。
 だって赤龍レッドドラゴンだよ?
 踏まれればペシャンコだよ?
 高熱の炎を受ければ死体も残らないよ?
 普通に怖いわ!

 __しかし、だ。

 僕は辞めるとは一言も言っていない。
 諦めるめるつもりもない。
 なぜなら諦めるってことは、アリスを救うのを諦めるということなのだから。

「魔女様」
 舐めてもらっては困る。
 僕のアリスへの愛は赤龍如きで萎むほど小さくないんだ。

「僕は万能薬を作ります……!」

 屋敷に轟くように僕は宣言した。

  鷲獅子グリフォン
 一角獣ユニコーン
 赤龍レッドドラゴン

 すべて僕が倒してやる!

 そしてアリスを救う!

 必ずだ!

 こうして僕の新たな人生が始まるのだった。


 ……とはいえ。

「ねえ、カレン? 赤龍ってどこにいるのかな?」
「知らないわよ。それこそ専門家に聞くべきなんじゃないの?」
 屋敷の帰り道。
 僕とカレンは来た道を戻っている際中で。

「専門家? ……あ」

 そういえば明日だったな、と僕は思い出す。
 あの人と再会する約束をしていたのは。

「そうか。僕も冒険者になればいいのか」
「突然何よ」
「いや、冒険者になれば色々と情報が手に入りやすそうだし、なにより強くならなきゃいけないし、それなら依頼という形で魔物を倒してお金も稼げる冒険者が手っ取り早いと思ってさ」
 赤龍に挑むと決まった以上、僕は今よりもっともっと強くならないといけない。
 それこそ国を滅ぼせるほどの力を付けないと。
 じゃないと赤龍の相手にはならない。

「冒険者になるの?」
「悪くはないよね。レッドさんにも誘われていたし」
「ふぅん。いいんじゃない?」
 カレンはどうでも良さそうだ。
 興味がないんだろう。

「じゃあ明日はシフォンと二人で組合に行ってくるよ。カレンはお留守番ね」
「どうしてそうなるわけ?」
 ぴたりとカレンは急停止をした。
 危ない。
「急に止まらないでよ。細い道なんだからさ」
「アレクが変なこと言うからでしょ」
 変なこと?
「冒険者になるって話?」
「何でそうなるのよ……ああ、もう、わたしも明日付いていくから! 決まりだから!」
 いや、そんなに詰め寄ってこなくても。
 カレンも冒険者になりたいってことなのだろうか。

「危ないよ?」
 冒険者は命を懸けて成せる仕事だ。比較的安全な依頼でも他の仕事に比べれば死へのリスクは高い。
 職業を授かっていない少女がやれる仕事じゃない。
 そもそもレッドさんの許可が下りないと思うけど。

「知ってるわよそんなこと! でもなるの! 決まりなの!」
 こうなったカレンの説得は難しそうだ。
 ただ困ったことになった。
 シフォンは索敵に役立つから連れて行こうと思っていたけど、家事スキルしか持たないカレンは足手まといに他ならない。
 はっきり言おう。
 カレンを連れて行くメリットがない。
 すると。
「……何でもするから」
 珍しくカレンが涙ぐんでいた。
「雑用でも、家事でも、荷物持ちでも……よ、夜のご奉仕でも……何でもするから! だから……せめて側には置いてよ!」
「うっ」
 僕の心は揺らいだ。
 別に夜のご奉仕云々が魅力的に思えたからではない。決して。
 カレンの熱に当てられたのだ。
 彼女がここまで言うのには訳があるのだろう。
 ならば連れて行かないわけにはいかないじゃないか。
 それに、だ。
 僕はママさんにカレンの世話を頼まれている。
 カレンを愛しているママさんのことだ。
 僕がカレンを泣かせたと知ったら、どこにいようと地の果てまで追いかけてきそうだ。
 それは困る。

「はあ……わかったよ。カレンも一緒に行こう。ただ?」
「う、うん。初めてだから優しくして……?」
 頬を赤めうずうずしているカレン。
 なぜに?
 違和感を覚えた僕は直前の言葉を反芻する。
「あっ! ごめん! 僕の言い方が間違っていた! 僕の言ったことは厳守して欲しいってこと! 別に夜の奉仕をして欲しいわけではないからね!?」

 慌てて訂正するのだった。 
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