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第四章 聖女編

46 メイドは可哀想な人でした

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僕は、ソフィアにすべて話した。
アリスの身に起こったこと。その後のこと。
フリーユの街にきた経緯など、すべて包み隠さず打ち明けた。

彼女にならになら伝えてもいいと思ったのだ。
アルファード・キレイルに密告するかもしれない。
それでもいいと思った。
あのアリスを想い悲しむ顔を見てしまったら、アリスのことを知って欲しいと思った。
もしかしたら僕一人で背負うのが限界になっていたのかもしれない。

彼女に打ち明けて正解だった。

「よ、よかったですぅぅううううう! アリス様は亡くなったわけではないのですね!」

ソフィアは目尻に溜まった涙を拭きながら嬉しそうに言った。

「うん、医師は意識がないだけで健康体だと言っていたよ。信じていいと思う」

自分のことを名医と自称し、アリスの裸体を見ようとする気持ち悪い男ではあったが腕は確かだった。
街に詳しいカレンが太鼓判を押したのだ。
診療所から戻って暫くした頃、カレンに医師のことを聞いてみたのだ。
『あー、あの人。本人の言葉通り腕は一流なのよ。街随一といってもいいかも。ただ性格に難があって……街の女の子から嫌われてるわね。わたしも嫌い』と。
性格の難というのがどうやら"少女好き"のことだと、その時初めて知った。
僕は不覚にも得心した。
少女好きなら、あの気持ち悪い言動の数々にも納得がいく。
執拗にアリスのこと可愛い可愛いって言っていたし。
いや、天使だったかな? 女神だっけ?
どっちにしろアリスを馬鹿にしている。
アリスがヒトの形に収まるわけがないのだ。
アリスは世界。世界はアリス。
これが正解だ。


「意識はないのに、健康っておかしくないですか?」

混乱したソフィアが聞いてきた。
間があったのは僕の言葉を理解するのに時間がかかったからだろう。
無理もない。
僕だって完全に理解しているわけではないのだ。
むしろ分かっていない事の方が多い。
そういう点ではソフィアと同じといえる。
ただ頭の中でなんとなくこういうことかな?ってのはある。
医師はアリスを健康体そのものと言った。と同時に、異常とも言った。
意識不明で栄養を摂取していないにも関わらず、衰弱する様子がないからだ。

「僕はアリスが意識を取り戻さないのは、アリスの身に何かが起きているからだと思っている」

「……そうでしょうね。当然のことを当然じゃないように言わないでください」

ソフィアに冷たい目を向けられ、慌てて言い直す。

「ち、違うんだ。僕が言いたいのは、アリスの身に何か、目に見えない力が作用しているんじゃないかってことだよ」

正体は分からないが、これしか考えられない。

「呪いの類ってことですか? それなら神官に頼めば解決するでしょうが」

「呪いじゃないよ」
僕は確信を持って断言する。

「どうしてですか?」

「呪いって、相手を苦しめたり殺したりする目的で使うものでしょ? でもアリスの場合、深傷を負い心臓が一度止まったんだ。死の寸前だったのが今の状態に戻った。いや、。それって呪いとは言えないよね」

今やアリスの体に傷はない。完治しているのだ。
医師も不思議がるほどの治癒力だ。到底自然の力とは思えない。

「アリスは、傷が治る代償として意識を取られるみたいな力を使ったか、もしくは他者から受けたんじゃないかな」

ソフィアの目が驚きに見開かれる。

「スキルってことでしょうか? でもアリス様は十二歳ですよ。職業を授かっていません」

本来、職業を授かることでスキルは発現する。
アリスには不可能なはずだ。

「となれば他者のスキルによる攻撃?でしょうが心当たりはありませんよね」

「まったくないね」

盗賊の頭目と戦った森には僕とアリス、シフォンの三人しかいなかった。
僕は無職だし、シフォンは盗賊なので回復系のスキルを使える人はあの場にはいない。
にも関わらず、アリスの傷は癒えた。

「遠距離からのスキル……魔法かな」

第三者が僕たちに気取られずにアリスに近寄ったとは考えにくい。
僕だけならともかくシフォンには【気配探知】がある。
彼女が気づかないはずがないのだ。
だとしたら、ありえるのはシフォンのスキル範囲外からの遠距離攻撃。攻撃ではないけど。
それも僕たちが放たれたことを感知できないスキルとなれば数は少ない。

その代表例が魔法だ。
魔法は、魔術師や魔法使いが使う専用スキルだ。
ひと口に魔法といっても多種多様で簡単なもので火を起こす魔法から、熟練者になると天を操る魔法を使えるらしい。
ただ他の職業スキルとは異なり、スキルを発動するには魔力なるものを必要とするので、何でもかんでもできるわけではないと聞いたことがあった。

「魔法ですか。私も魔法はよくわかりませんが、魔術師が使うスキルは未知が多いらしいですね。その中の一つがアリス様に向けて放たれたということでしょうか?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。こればっかりは専門家に見てもらわないと何ともね」

「あてはあるのですか?」

「ある」

ソフィアは感心したように「ふぅん」と呟き、
「ま、まあ? 私にもこの街に知り合いの一人くらいいますし? なんなら、あなたより多いでしょうし? 悔しくありませんけどね」
なんて、負け惜しみのように言っていた時だった。

「それって私のことかしら?」
カレンが戻ってきた。
後ろにはシフォンが疲れた様子で立っている。

「おかえり、カレン。シフォンもありがとう」

「ボクは子守りで疲れたので部屋で休んでいる、です。夕飯の時間になったら呼んでくださいです」
シフォンは相当お疲れのようで口少なく二階に上がって行った。ご飯だけは食べるようだ。

「何よ子守りって! あたしとアイツじゃ、そんなに歳も変わらないでしょ!」

「まあまあ」
頭を冷やして戻ってきたのかと思ったけど、シフォンを向かわせたせいで余計にヒートアップしている。
失敗したかな。

「で? なんであんたがいるの?」

「ふぇっ!?」
カレンにギロリと睨まれたソフィアは見違えるほど様子が変だった。
びくびくと、何かに怯えるように震えている。

「ソフィア、顔色悪いけど大丈夫?」

「あなたに心配されるほど落ちていませんから。大丈夫ですから。話しかけないでください、から」

やっぱり変だ。
カレンを見る。

「この子、ちょっと前までわたしの宿で働いていたのよ。路地裏で途方に暮れていたのをママに助けられたくせに、急になーんも言わずいなくなっちゃうし。でも……こんなところにいたのね」
最後は恐ろしく低い声音だった。

「ひぃいいっ!」
ソフィアはよっぽどカレンが怖いようだ。
二人の間に何があったのだろう。なにか深い闇を感じる。
聞かない方が良さそうだ。
そして僕はあることに気がついた。

「もしかしてソフィアって王都に帰る手段がない?」

「確かお金も持ってなかったわね」

「う……」
バツの悪そうに呻くソフィア。

「なるほど」
ソフィアがフリーユの街に来たのは自分の意思ではない。盗賊たちに馬車で無理やり連れてこられたのだ。
その時の馬車は衛兵が預かっているだろうし、持ち物もそうかもしれない。それか元々持っていなかったか。
となるとソフィアは無一文で、頼る宛もなく、一人街を彷徨っていたことになる。
今日までどうにかこうにか生き繋いできたようだが、僕よりよっぽど酷いじゃないか。

「ソフィア……」

「な、なんでしょうか」

「よく頑張ったね」

僕は、ソフィアをどうにかして王都に帰してあげようと思った。

「え……今、無職に同情されたのですか!? 嘘ですよね!? 泣いていいですか!?」
しくしくと泣き始めるソフィアを見て、よっぽど辛かったんだなと思うのだった。
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