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第三章 フリーユの街編

29 バトルが始まりました

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困った。本当に困った。
 聞いた話が頭の中をぐるぐる駆け巡っていた。
 カレンとママさんは本当の親子じゃなかった。
 カレンが今の性格になってしまったのは、幼いときに一度に両親を無くしてしまったことが原因だったのだ。
 自分を守ってくれる人たちを失った幼き日のカレンは、一人で生きていくことを強制された。頼る人が誰もいない暗闇で生きていくしかなかった。
 ママさんがいたとしても所詮は他人。最初から本当の家族のように接するのは難しかっただろう。ママさんだって、心に傷を負った少女にどう振る舞えばいいのか四苦八苦したはずだ。
 そうして互いにぎこちない関係が続いた結果、幼き日のカレンには一人で生きることこそが正義という価値観が芽生えてしまったのだろう。
 そうして出来上がったのが今のカレンという少女なのだ。
 
 ママさんは、そんなカレンに大切なことを伝えたくて僕に結婚を勧めていたのだった。
 
 結婚はいくらなんでも飛躍しすぎじゃないかとも思ったが、それだけママさんも本気ということだ。
 
 話を聞き終わった僕は困り果てた。まいったな、と。
 
 まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。
 
 そもそも僕がママさんに話しかけた理由は、アリスの治療に専念したいため明日以降は店の手伝いができないことをしっかり伝えるためだった。
 ママさんは明日以降も手伝ってもらいたそうにしていたが、僕としては今日のみとして欲しかったのだ。
 
 そこはしっかり伝えておこうということで、ママさんに話しかけたんだけどな。
 
 ーーどうしてこうなったんだろう。
 
 
「二人とも時間をとってくれてありがとう」
 
 ここは宿屋の一階の飲食店。隅の方にある四人がけのテーブル席に僕たちはいた。メンツは僕の他に二人。宿屋の一人娘であるカレン。そして、2階から連れてきたシフォンだ。
 営業時間が過ぎたということで周りにお客さんは一人もいない。そのためか物寂しく感じる。厨房の灯りも消えている。ママさんとエルフさんたちは、洗い物と明日の仕込みを早々に終わらせて二階にある従業員用の住居スペースに行ってしまったのだ。あとは頼むよ、という伝言を残して。
 
 つまり店内には僕含め三人しかいない。
 
 静かだ。
 とてつもなく静かだ。
 
 三人しかいないとはいえ、それにしても静かすぎた。
 
 無理もない。
 カレンとシフォンは初対面。
 
 初めから仲良く話せるはずもない。
 シフォンはともかく、カレンも人見知りするとは意外だったけど。
 
 それにしても空気悪過ぎない?
 静かなのは仕方がないとしても、二人の間に漂う空気というかオーラというか、それがめっぽう悪いと感じるのは気のせいかな。
 
「……何よ」
「なんでもないです」
「嘘よ。睨んできたじゃない」
「そんなことありません、です。自意識過剰も甚だしいです」
「は?」
 
 うん。
 空気とてつもなく悪いや。
 

「二人とも、もう少し笑顔で話そ? せっかく可愛い顔が台無しだよ」
 我ながら気恥ずかしいセリフだと思ったが、今は空気を明るくすることが大事だ。恥ずかしいとか言ってられない。
  
「はあ!? いきなり何よ! 気持ち悪い!」
「ボ、ボクは……可愛くなんてないです……です」
 オーバーなリアクションで明らかに動揺するカレンと、ボソボソと顔を赤らめるシフォン。反応は違えど、二人とも照れているのは一目瞭然だ。
 
 あれ?
 案外二人は似たもの同士なのかな。
 
 今は空気最悪だけど、もしかしたらすぐに仲良くなるかもしれないな。
 そうなったらいいな。
 期待感を抱きつつ、僕は綻ぶ笑みを抑えながら話を進めることにする。
 
「まずは自己紹介から始めようか__」
 
 そもそも、この場をセッティングしたのには理由があった。
 ママさんの話を聞いたあの後、僕は思ってしまったのだ。
 カレンを助けてあげたい。この可哀想な少女の力になりたい。
 そう思ってしまった。
 
 結果、僕からママさんに提案したのだ。
 カレンと婚姻はできない。
 けれど、仲間として支えることはできる。
 仲間としてカレンを救うことはできるかもしれない。
 だから、僕の旅の仲間になりませんか?と。
 
 そこから話し合いはとんとん拍子に進み、晴れてカレンは僕の仲間になった。
 
「__というわけで、カレンが仲間に加わりました。シフォンもいきなりで納得いかないところがあるかもしれないけど、二人仲良くしてくれると僕としては嬉しいな」
 
 互いの紹介が終わった後、僕はシフォンに一通りの説明をした。
 
 しかしシフォンは不満げだった。
 
「師匠」
 
「はい」
 シフォンの顔には有無を言わさない迫力があった。思わず背筋を伸ばす。
「ボクはあくまで弟子です。なので、師匠がとる行動にとやかく言う筋合いはないです。それでもあえて言わせてください、です」
 
「はい」
 シフォンが何を言おうとしているのか、おおかた察しはつく。
 だから僕は黙って叱責を受け入れることにした。
 
「妹様が大変な状況にありながら、愛人を作るのはどうかと思うです!」
 
 んんん?
 愛人?
 
 シフォンの叱責は、想像していた内容とは異なっていた。
 てっきり「ボクに相談せず仲間にすることを勝手に決めるなんて(怒)!」て、怒っていると思っていた。
 
 違った。
 
 シフォンは、僕がカレンを愛人?にしていることに腹を立てているらしい。
 
 どういうこっちゃ。
 
「愛人を作ることを悪く言ってるのではないです! 男性にはそういう相手が必要なこともわかっているです! ボクが許せないのは、妹様が重篤な状態とわかっていながら愛人にうつつを抜かしていることです!」
 
 シフォンは捲し立てた。
 相当ご立腹なようだ。
 
 正直、なんでこんなに怒っているのか分からない。
 どうしてカレンを愛人だと勘違いしているのか分からない。
 
 シフォンはどんどんエスカレートしていく。
 
「師匠の妹様に対する愛はそんなものですか!? 妹様を愛してるんじゃなかったのですか!? 妹様のことは諦めてしまったのですか!? もしかして幼い女の子なら誰でもいいのです!? 最低です! クズです!」
 
 何が何やらだ。
 シフォンが何を言おうとしているのか、わかるようで分からない。
 カレンは愛人じゃないし、僕は今でもアリスのことを大切に思っているからだ。
 
 唯一真実なのは、シフォンが盛大な勘違いをしていること。
 
 そして、このまま勘違いをさせたまま放っておくことは僕にとってもシフォンにとってもカレンにとっても幸せなことではない。
 
 早急にシフォンの誤解を解くべきだろう。
 ただ問題は、興奮しているシフォンが聞く耳を持ってくれるかどうかだけど……。

 「いい加減にしなさいよ!」
 成り行きを見ていたカレンが、ついに我慢できないといったふうに動いた。
 これには流石のシフォンもびくりと肩を揺らす。もともとシフォンは臆病で慎重な子だ。あまり自分から何かをするということはないし、常に僕に指示を仰いでから行動に移す。
今は亡き盗賊の男に拾われ命じられるまま生きてきた故に、自分の意思で行動しようという考えが欠如しているのだ。
そういうふうに育てられたのだから仕方がない。
だからシフォンがこんなふうに暴走するのは珍しく、初めてのことで僕としてもどう対応していいのか考えあぐねていた。

できれば、慎重に鎮静化を図るつもりだった。

しかしこの場にはもう一人いた。
カレンは、喚き散らすシフォンをただの煩いものだと判断したようで、無理やり黙らせることに決めたようだ。

「シフォンと言ったわよね。あなた、さっきから何なの? アレクの説明聞いてた? 勘違いした挙句、喚き散らすなんて見苦しいにも程があるわよ。見た感じわたしより年上でしょ? 恥ずかしくないわけ? それとも獣人って人の話を理解できないの? 所詮、獣って訳ね」
カレンってこんなに煽り性能高かったんだ。
容赦なく浴びせられるカレンの言葉に、隣で聞いていた僕も思わず「うっ」と呻く。
直接言葉の暴力を浴びたシフォンは相当なダメージだったようで、すんと黙り込んでしまった。
カレン恐るべし。

再び訪れる沈黙。

気まずい雰囲気。
ここで何か言ったほうが良いのだろうか。
いや、まだ二人の決着はついていないように思う。ここは静観に徹しよう。
……べ、別に二人の間に割り込むのが怖かったわけでは決してない。

「__なんなんです」

先に静寂を破った少女は獣人の方だった。

「は?」

「あなたは、師匠の何なんですっ!」

おおーと、ここでシフォンが攻撃を仕掛ける!
この攻撃に対して、カレンはどう出る!?

王都にある闘技場の実況役を思い出しながら、脳内で実況を始める。
だって暇なんだ。

「ふっ、そんなこと」
な、なんだ!? カレン選手、不敵な笑みを浮かべたぞ! どういうことだ!?

「わたしは______」
ごくり。

「アレクの婚約者よ!」

おおーとここで実況アレク電撃参戦だっ!

と、ふざけている場合ではなかった。

「違うよ?」
果たして僕の言葉は二人に届いただろうか。
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