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第三章 フリーユの街編
27 勧誘されました2
しおりを挟む「え?」
冒険者組合・組合長レッドさんに勧誘を受けた。
僕が冒険者になる?
どうしたらそうなるのだろう。
何が何やら理解できないまま、僕は差し出されたレッドさんの手を借りて起き上がった。
服についた泥を軽くはらう。
僕が落ち着くのを待っていたレッドさんが、ゆっくりと話し始める。
「すまない。いきなりで驚かせてしまったようだね。ただ、これだけは分かってほしいんだ。これは冗談で言っているわけじゃなく本気なんだ」
レッドさんの目を見れば本気なことくらい伝わってくる。だからこそ理解が及ばないのだ。
レッドさんとは完全に初対面。突然勧誘されても戸惑うのは当然だ。
「どうして僕なんですか」
まずは理由が知りたい。考えるのはそれからだ。
「アレクくんは、冒険者のことをどれほど知ってるかな?」
レッドさんは僕の質問に答えず、そんなことを聞いてきた。
「えっと……」
これは正直に答えていいものか悩む僕だったが、レッドさんの真剣な目を見て嘘偽りなく答えようと決める。
「魔物を狩る野蛮な人たち、としか……」
途端、店内の空気が一段階下がったような気がした。
心なしか周囲の視線が鋭い。冒険者のお客さんを敵に回してしまったようだ。
いや、でも、いきなり唾を吐きかけてくる人もいるしあながち間違っていないと思うよ。うん。
「あはは。アレクくんは正直でいいね。事実、冒険者をそう言う人は少なくない。誤解なんだけどね」
「誤解ですか?」
「そりゃあ、中には何でも腕っぷしで解決しようとする人はいるよ。ルドとか、ルドとか、ルドとかね」
レッドさんにそこまで言わせるとは、ルドの横暴っぷりは公認のようだ。
そういえば先ほどからルドの姿は見えない。
店内にいれば、あの目立つ赤髪がわからないはずがないんだけど。
「どうやら当人は、ぼくと鉢合わせになるのを避けて帰宅したらしいけどね。ルドがいたら無理矢理にでも君に謝らせたんだけどな」
レッドさんは怖い笑みを浮かべた。
ああ、ルドはこの人が怖くて帰ったんだろうね。
「とまあ、ルドのようにすぐ暴力に走ろうとする奴は確かにいる。でもそれって冒険者に限った話ではなく、どの職業ギルドも同じじゃないかな。いい奴もいれば、悪い奴もいる。人間なんだから当然でしょ?」
「確かにそうですね」
「じゃあ、なぜ、冒険者だけ好き勝手言われるのだろう。その答えこそが、ぼくが君を誘った理由とも言える」
ちびりとレッドさんはグラスに口をつけた。
「冒険者組合はもともと不遇職者のために組織したものなんだ」
「え」
僕は驚きを禁じ得なかった。
不遇職者。それは、職業自体が世の中にあふれすぎて働き口がなかなか見つからなかったり、単純にスキルが役立たずなため不遇な扱いを受けている者たちの総称だ。
「不遇職ゆえに行き場を失う人たちは少なくない。でも、それっておかしいと思わないかい? 誰も好き好んで不遇職になってしまったわけじゃない。それなのに世間から白い目を向けられ、迫害を受けてしまう。それって不公平じゃないか……!」
語尾にはレッドさんの怒りが滲み出ていた。
確かに不公平だ。
僕だって無職になった途端、家族の目は一変した。蔑むように見てきた。不公平だと思った。でも受け入れるしかなかった。
それがこの国の理だからだ。
ルールだからだ。
しかし、レッドさんは違ったのだろう。そうは思わなかった。
「だからぼくは冒険者組合を設立したんだ。不遇職者でも普通に生きていける制度を作った。不遇職者たちに冒険者という身分を与えた。不人気な下水掃除や土木工事などの仕事を片っ端から持ってきて、冒険者に依頼という形で仕事を与えた。依頼を達成した者には、ゴミを漁らずとも十分に生活できる額の報酬を渡した。全ては不遇職者の地位向上のためだ」
「それが冒険者の始まりだったんですね」
単純に凄いと思った。
不遇職者のために作られた冒険者組合は、今やフリーユの街ではそれなりの地位を築いている。街の人たちに活動が認められている証拠だ。
「それじゃ、レッドさんの目標は達せられたんですね」
「いいや、足りない」
「これだけでも凄いと思いますけど」
「さっきの話に戻るけど、アレクくんは冒険者のことをどう思っていた?」
「え? ……あ」
野蛮な人たちだ。
正直いえば、レッドさんの話を聞くまで疑っていなかった。
だってそう聞いていたから。みんながそう言っていたから。
レッドさんの足りないという意味が理解できた。
「フリーユの街は、冒険者発祥の地ということもあって理解が得られつつある。でも、アレクくんも言っていた通り、他の街や村では冒険者を悪くいう声は多いんだ。何度も言うように元は不遇職者の集まりだからね。普通に暮らす彼らからすれば、不愉快なんだろう。不遇職なら不遇職らしく地面に這いつくばっていろってね」
「冒険者が好き勝手言われる所以ですね……」
レッドさんの夢は道半ばなのだ。冒険者に理解を示してくれる人がぜんぜん足りないのだ。
「もちろん、前々から改善しようと動いてはいるんだ。冒険者の数も増えてきたし、ここいらで厄災を振り撒く赤龍でも討伐して冒険者の存在を世間に知らしめようという声もあった」
「む、無茶苦茶ですね」
毎年、山から下りてきた赤龍の気まぐれにより焼かれる村々は少なくない。人間にとって赤龍は厄災の何ものでもないのだ。
しかし、ここまで人類に不幸をもたらしているのに昨今まで討伐隊が編成された形跡がないのには理由がある。
赤龍は魔物の部類でもS級に属する最強種。どんなに人が集まろうと討伐不可能なのだ。剣に秀でた者がいようと、魔術に秀でた者がいようと、守りに秀でた者がいようと一瞬で炭となる。それほどまでに赤龍というのは強大な力を持つのだ。
そんな赤龍に手を出そうとするなど、命を溝に捨てるようなものだ。
無謀にも程がある。
「あはは、流石にぼくも止めたよ。けどね、そうでもしないと冒険者が認められる未来はやってこないんだ」
レッドさんの落胆するような声。
すでに色々と手を打ったのだろう。どれもが空振りに終わったからこその赤龍討伐の案なのだ。案を出した人だって、無謀なことくらいわかっていたはずだ。
そのくらい追い詰められているということなんだろうね。
「だからって諦めはしない。冒険者の地位向上のためなら、ぼくに出来ることはなんでもするつもりだ」
「その一つが勧誘なんですね」
「そうだ。アレクくんも薄々気付いているかもしれないけど、君が冒険者に加われば必ず組合の力になると思った。だから勧誘させてもらったんだ。冒険者は常に強者を求めている。是非ともうちに来てくれないかな?」
冒頭に戻るわけだ。
でも一つ引っかかる。
「冒険者は不遇職者しかなれないのでは?」
そんな感じの話じゃなかったっけ。
レッドさんは首を横に振った。
「始まりが不遇職者の救済だっただけで、今では多種多様な職業の人が参入してるんだ。冒険者の活動に理解を示してくれる人なら誰でも、身分も職業も年齢も性別さえも関係なく大歓迎さ」
そういうことなら無職の僕だって冒険者になれるだろう。
それに、冒険者の活動理念は僕も共感するところがある。
出来ればこの人たちの力になりたい。
しかし答えはまだ出せない。
「レッドさん。少し時間をもらってもいいですか?」
「いいけど、何か問題ごとかな」
「妹が病気なんです」
「え」
と、驚いた声を上げたのはレッドさんではなかった。
僕の後ろに立つカレンだ。
ああ、そういえばカレンに、妹がいることは話していなかったな。
「そうか……。では、三日後またここに来よう。その時、答えを聞かせてくれるかい?」
レッドさんは僕の我儘なお願いを許諾してくれた。
三日という期間は正直短いと思ったが、仕方ない。
レッドさんだって暇ではないのだ。
冒険者組合長をしている以上、僕にだけかまけている時間はないのだ。
「わかりました。三日後、また会いましょう」
レッドさんは優しい笑みを浮かべながら頷く。
「長居しすぎたな。ぼくはこの辺でおいとまさせてもらうよ。ーーママ! ぼくは帰るけど、こいつらの飲み代は組合の方に請求しておいて」
厨房の隙間からこちらを覗き見るようにしていたママさんにそう言うと、レッドさんは立ち上がった。冒険者の人たちは奢りとなって喝采だ。
「アレクくん」
店を出る直前。
忘れていた、というようにレッドさんは振り返った。
「勧誘の件とは別に、何か困り事があったら遠慮なく組合においで。ぼくに出来ることがあるなら力を貸すよ。ーーじゃ、またね」
笑顔で手を振ってくる。
パタン、と扉が閉まる音と共にレッドさんは姿を消したのだった。
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