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第一章 無職編
3 旅に出ることにしました
しおりを挟む「ーー申し訳ございませんでした」
あれから立ち直ったアリスは、よほど醜態を晒したのが恥ずかしかったのか、顔を赤面させながら謝ってきた。
「アリスが頑張っていたことを知らなかった僕が悪いんだ。謝るのはむしろ僕の方だよ」
そうだ。つい先ほど、僕はキレイル家で努力を否定される苦しみを味わったばかりだった。それなのに僕はアリスに対して同じことをしてしまったのだ。
妹の頑張りを見抜けないなんて兄として失格だ。
「お兄さまが悪いはずがありません! アリスがもっともっとボンキュボンになればいいのです!」
「う、うん」
とは言ったものの、どうみてもアリスはスレンダー系なんだよね……。
アリスはまだ12歳。
これからに期待しよう。
そういえば聞きたいことがあったのだ。
「アリス、その大きな荷物はなに?」
アリスは背中に大きなバックパックを背負っていた。
何が入ってるのか、パンパンに膨らんでいる。
最初に気がつき気にはなっていたが、アリスが追ってきたときはそれどころじゃなかったので後回しにしていた。
「? もちろん旅の一式ですよ?」
「ひとりの?」
「何言っているんですかお兄さま? 当然、お兄さまと二人の、です!」
「えっとね……まさかとは思うけど、これから僕と旅に出ようとしてる?」
「はい! こんな街さっさとおさらばして、早く行きましょう! そして早く結婚しましょう!」
アリスは満面の笑みで言った。
最後の方は聞かなかったことにして、僕は続けた。
「だめだよ」
「どうしてですか!?」
この世の終わりみたいな顔をしたアリスが理由を聞いてくる。
「理由は三つある。一つ、そもそも僕は旅に出るつもりはない。 二つ、未成人のアリスを危険には晒せない。三つ、これ以上無職の僕に関わってほしくない」
「何をおっしゃっているのか分かりません!」
「なぜ!?」
分かりやすく伝えたつもりだったんだけど。
「お兄さまは街を出ようとしていましたよね? それはなぜですか」
唐突にアリスはそんなことを聞いてきた。
「それは……」
単純に答えるならば、街にいたくなかったということになる。
しかし、アリスが求めてる答えはそういうことではないのだろう。
なぜ街にいたくないのか。
考えてみる。
街にいると、僕が育ったここにいると、色々考えてしまい息が詰まりそうになるからだ。
騎士の道を絶たれ、無職と成り果てた僕には、この街は眩しくてそれでいて生き地獄だ。街を歩けば哨戒中の兵士がいて、貴族がいて、それを護衛する騎士がいる。僕の憧れの存在。そして僕がなるはずだった存在。
今の自分と比べてしまう。どうして自分は選ばれなかったのか。騎士になれなかったのか。無職なのか。
思いが錯綜して自分でも気持ちをどうしていいかわからなくなる。
この街に居れば、自分は壊れてしまう。
確信があった。
だから街を出ようと東門にいた。
「僕が……僕じゃなくなると思ったからだ」
自分で口に出してしっくりきた。
僕は自分を見失うのが怖いのだ。
「お……」
アリスは直立不動となっていた。
どうしたのだろうか、と思っていたら、
(思ったより重い理由でした……。てっきり、アリスとラブラブ新婚旅にいきたくて気持ちが先行するあまり、アリスの存在を忘れてしまったものだと……)
ボソボソ言いはじめた。
「え? なんて?」
「いえなんでもありません! はい!」
「ならいいんだけど」
見るからに動揺しているから何かあったのかと思ったが、大丈夫なようだ。
「おほん……それならお兄さま? 余計に旅に出るのがよろしいかと思います」
「なんで?」
「自分を知るには、まず世界を知らないとですよ、お兄さま。世界は広いのです! 旅をしながら世界を知って、これからやりたいことや行きたい場所を一緒に決めていきましょう! ふたりで! そう二人で!」
やけに二人を強調してくる。
(そしていつしか二人の距離は縮まり……ふふふふデュフ……)
最後変な奇声が聞こえたが、アリスが言うことにも一理ある。
「世界を知る、か」
この街を出たら辺境の村で大人しく生きようと思っていた。
自分にはやりたいこともやれることもどうせないのだから、と。
アリスの言葉を聞いて、少し考えが変わった。
「そうだね。知りたいことが一つできたよ」
「はい! わかりました! アリスのスリーサイズは……えっと」
「それは大丈夫」
「ガーン!?」
知りたいこと。
僕の職業についてだ。
15歳になれば誰しもが平等に職業を得られる。
それがこの世界の理。
子供でも分かる話だ。
それがなぜか、僕は職業を得られなかった。
無職だった。
理由を知りたい。
騎士の道が経たれた理由を知りたい。
僕の将来が奪われた理由を知りたい。
そうしないと納得いかないじゃないか。
僕の人生を奪われたんだ。
理由を知らなければ、死ぬにも死にきれない。
アリスは教えてくれた。
己を知るには、世界を知らなければならないと。
無職。
神官は理由は分からないと言っていた。
けれど、世界中を探し回れば、もしかしたら知っている人がいるかもしれない。
旅をする中で同じような無職の人と出会う可能性もなきにしもあらずだ。
だって、アリスも言っていたじゃないか。
世界は広いんだ。
「アリス、お願いがあるんだ」
撃沈していたアリスが一瞬で元気になった。
「やっぱり気になったんですね! えっとですね……上からーー」
「僕に、その荷物を預けてくれないか。アリスの助言を聞いて決めたんだ。僕は旅に出ようと思う」
「お、お兄さま……! ついにアリスとラブラブ新婚旅を決心されたのですね!」
「そして謝らせてほしい。
ーーーアリスは連れて行けない」
アリスを危険には晒せない。
この気持ちは変わらなかった。
「なぜ!?」
アリス2度目の撃沈である。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
遅筆のため2、3日に一回の更新となりそうです。
これからもどうかよろしくお願いします。
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