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第一章 無職編

1 無職になりました

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「む、無職です」

 屋敷の一室。向かいに座る神官が告げた。

「へ? 無職?」

 思ってもいなかった言葉に僕ーーアレク=キレイルは、素っ頓狂な声を漏らした。

「え、ええ。スキル『鑑定眼」で確認したところ、アレク様の職業クラスは空欄でした。つまり……無職ノージョブということになります」

職業クラスがない? それはどういうことですか」
 意味がわからず僕は質問する。
 
「アレク様は、職業クラスを授かれなかったのです」
 神官はキッパリ断言する。
 
「なぜですか」
「このような事例は初めてで……。申し訳ございません、分かりません。ただ…」
「ただ?」
「今後新しく職業クラスを授かることはないでしょう。アレク様は十五歳になられたわけですから」
「そんな……」
 
「あなたに神の祝福が在らんことを」最後にそう告げて、神官は逃げるように部屋を出て行った。
 お決まりの言葉も、神の祝福を得られなかった今の僕には嫌味にしか聞こえなかった。
 
「ははは……」
 静寂が訪れた部屋に乾いた笑い声が響く。
 
「無職ってなんだよっ……!」
 
 ドンっ!
 神官が座っていた椅子を蹴り飛ばすと、壁にぶつかり木っ端微塵に砕けた。
 僕は確かに強くなった。
 騎士になる準備はできていた。
 でも、騎士にはなれなかった。
 
「今までの努力は無駄だったのか」
 ベットに顔からダイブする。貴族にあるまじき振る舞いだ。
 けれど、そばに使えるメイドも今日は咎めない。
 
 もう何も考えられない。
 考えたくなかった。
 
 窓から見える空は、灰色に染まり始めていた。
 
 。。。
 今日は僕の十五歳の誕生日だ。
 この世界の十五歳は特別な意味を持つ。
 神から信託が降り、【職業】を授かるのだ。
 
 例外はなく誰しもが平等に一つ享受する、一大イベントだ。
 
 職業は人生だ。
 一度降りた信託は覆ることはなく、その人は一生、十五歳に授かった職業で生きていかなければならない。
 
 【木こり】なら木を切り倒す生涯を過ごし、【漁師】なら魚を獲り、【騎士】なら国に仕え、【魔術師】なら魔導を極める。
 
 職業でその後の人生が決まると言っても過言ではない。
 だから十五歳の誕生日は特別だし、みんな覚悟を持ってこの日を迎える。
 
 我がキレイル家は代々王家に仕える『騎士』の家系だ。
 
 父上は『騎士』の中でも最上級の【剣鬼】の職業を持つ。
 母上も【剣鬼】と同等、もしくはそれ以上の【剣聖】。
 祖父も祖母も【騎士】系統の職業だった。
 
 もちろん中には、【騎士】の職業を手にできなかった者もいた。
 その人たちは汚名だ。
 家名を汚すだけの必要のない存在。
 神に君主をお守りする力がないと判断された弱者。弱者は家名を失い家を追い出される。
 二度と敷居を跨ぐことは許されない。
 それが決まりだ。
 
 
 心が弱い者は『騎士』にはなれない。故に愚兄は騎士に選ばれなかった。強者のみに【騎士】の信託は降りる。
 ーー強くなれ
 
 幼い頃から父上に教えられていた僕は、強くなるため努力した。
 毎日血反吐を吐くまで走り、豆が潰れて血だらけになるまで剣を振り、両親の地獄の鍛錬を耐え続けた。
 さらに政治学、軍事学、生物学、医学……とありとあらゆる学問を学び知識を身につけた。
 全ては強い騎士になるため。
 
 自分で言うのもあれだが、才能はあったのだろう。
 僕はどんどん強くなり、同年代には敵なしだった。
 ひとたび大会に参加すれば圧勝。僕の独壇場。
 
 それでも驕ることなく、より強くなるために技を磨き、鍛錬を続けた。
 
 そんな僕を両親は褒めてくれた。妹も応援してくれた。
 
 屋敷のすべての人が称賛する。
 将来は歴史に名を残す偉大な騎士になるだろうと、誰もが噂する。
 その言葉があったから僕は頑張れたのだ。
 
 それなのにーー。
 
 
「出ていけ。お前の居場所は我が家にはない」
 
 メイドに連れられて執務室に行くと、見たこともないような鬼の形相の父上がいた。
 母上は蔑む目で僕を見ている。妹のアリスはよっぽど顔を合わせたくないのか、ここにはいない。
 従者含めて誰一人僕と目を合わせようとしない。
 
「聞こえなかったのか?」
「父上、僕にチャンスをください。僕は今までキレイル家のために努力を惜しみませんでした。騎士にはなれませんでしたが、兵士として、いえ、捨て駒としてでも一緒に居させてはもらえませんか」
 
「去れ」
 果たして、僕の切実な願いは聞き届けられなかった。
 
「理由をお伺いしても?」
「言わぬと分からぬほどお前は馬鹿ではあるまい。それとも【無職】になって脳みそまで無くなったか?」
 
 くすくすく、失笑が耳朶を打つ。
 
 ーーああ
 
 僕の居場所は完全に無くなったんだと否応でも理解する。
 
「はぁ…」
 父上の心底失望したため息。
「あれほど金を注ぎ込み労力を割いたと言うのに、騎士どころか職業さえ授かれないとは。国王様にどう顔向けすればいいのか……。この汚名は、お前が消えようとも無くなることはないのだ。お前の存在がキレイル家を貶めたのだ!」
 
 歯を食いしばる。
 家のために頑張った。勉強して鍛錬して強くなった。
 それなのに、使えないと分かった瞬間この仕打ちだ。
 
 悔しい!
 悔しいっ!
 悔しいっ!!
 
 職業がそんなに偉いのか!? そう問いたかった。
 でも、本当はわかっている。
 
 いくら努力したところで僕は、騎士に選ばれた人間には一生勝てない。
 【騎士】スキルを使われれば、スキルを持たぬ僕なんて瞬殺だ。
 この世界は職業がすべて。
 
 選ばれなかった僕は必要のない存在。
 
「もう一度言う、去れ。我が剣の餌食になりたくないのならな」
 
 父上が見せる本気の目に僕は怯み、使用人に引っ張られるまま手ぶらで屋敷を出た。
 
 外は土砂降りだった。
 
 雨具を忘れたことに今更ながら気づくが、屋敷に戻ることは許されない。
 僕はもうキレイル家の人間ではないから。
 
 雨粒が身体から熱を奪っていく。
 みるみるうちに心が冷めていくのがわかった。
 
「これからどうしよう……」
 
 門を出た僕は当てもなく歩き始めるのだった。
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