冥府の徒花

四葩

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番外編 幕間小話

最終話その後 【瞼の夢】

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──永遠が分かるなら、俺を手放して。どうか、その手で閉じ込めて。
 俺のすべてと引き換えに、その哀しみを置いて行って。
 これでようやく、悲願の花が咲く──

 うとうと、と瞼をまたたかせ、閻魔は薄く目を開く。隣に誰も居ないと、寝台が随分と広く感じるようになった。
 夢を見たのは久し振りだ。夢と言うより、思念の繋がりと言ったほうが近い。以前は帝釈天が仕掛けたものに横入りしたが、今回は直接、繋がっていた。
 そして思い出す。今日は死者の日だったと。

「ハロウィンです!」
「そうですね、丑生うしお
「あー、現世が仮装でお祭り騒ぎのアレか。で、それがどうしたんだ? 閻魔庁うちになんか関係あんの?」
「パレードしましょう!」
「え、なに?」
真砂まさご様はあの時、いらっしゃらなかったんですね。以前、夕立ゆうだち様が冥府式ハロウィンを企画して下さったんですよ」
「へー、あいつがそんな面白いことをねぇ。なんか意外だわ。冥府式ってどんなふうにすんの? 亡者の皮剥いでかぶるとか?」
「怖っ! しませんよ、そんな気持ち悪いこと! 真砂様の発想は猟奇的過ぎます……」
「まぁでも、言われてみれば血糊なんかも亡者を使えば困りませんね。呵責かしゃくしながら連れ回せば、仕事も息抜きもできて一石二鳥かもしれません」
「陀津羅様まで……。それ、パレードじゃなくて見せしめじゃないですか……。子ども泣きますよ」
「あははっ! お二人とも、まさに仕事の鬼ですねー!」

 裁きの間にて、陀津羅、真砂、丑生、月出ひたちがそんな話で盛り上がっているのを、閻魔はぼんやり眺めていた。
 夕立が居なくなったからといって、何かが大きく変わったわけではない。皆、やり切れない想いを抱えながらも、今まで通り業務をこなしている。

「しかし、前回は数日前から周知されていたので簡単でしたが、今日いきなりというのは難しいですね。皆、仕事がありますし」
「うーん、やっぱりそうですよねぇ」
「前やった時ってどんな流れだったんだ?」
「えっとー、何日か前に夕立さまが、ハロウィンって冥府でやったらどうなるんだろーって言って、それを聞いてた獄卒が噂広めて、当日は自然と集まってきた感じですね! あとは夕立さまがお菓子とホオズキ持ってくるように言って、みんなでパレードしました!」
「パレードって言っても、ただ歩いただけなんですけどね。でもなんだか楽しくて、すごく盛り上がりましたよ」
「ほーん。それくらいなら、昼休憩にでもできるんじゃないか? 無理に行列作らなくたって、俺たちだけでも良いワケだし」
「あ、確かに! やりましょうよー、陀津羅さま! ちょっとした気分転換と思って!」
「そうですねぇ……分かりました、良いですよ。ただし、羽目を外しすぎないようにして下さい」
「やったー! わーい! ハロウィンの再来だぁー!」
「ほら丑生、言われたそばからはしゃがない。じゃあ、俺たちはお菓子とホオズキ用意しておきますね」
「おう。んじゃ、また昼休みになー」

 そうして、身内だけのハロウィンが行われることとなった。本人たちにそんな気は無いのだろうが、まるで追悼のように見えて、閻魔はひっそり苦笑を漏らしたのだった。
 そして正午。菓子の詰まった籠とホオズキを手にした陀津羅たちは、前回と同じく太鼓橋から出発した。
 すれ違う鬼たちに菓子を配り、瓢箪ひょうたんに入れてきた酒を飲み、笑い合う。その楽しげな様子に惹かれて、鬼や妖怪たちがぞくぞくと集まってきた。

「ハロウィンですよー! お暇な方は是非ご一緒にー!」
「おお、例の百鬼夜行ですな! ワシも混ぜて頂こう!」
「私もー!」
「俺も俺も! その辺のホオズキ持ってこようぜ!」
「いやぁ、懐かしいですなぁ」

 そうして、あれよあれよと四人の後に行列ができていき、かつてのハロウィン・パレードが蘇る。
 菓子をもらって喜ぶ子鬼たちが、陀津羅の足元を駆け回る。と、子鬼の一人が陀津羅の袖を引いて首をかしげた。

「だつらさまー、ゆーだちさまはどこ?」
「ッ……彼は……」

 言葉に詰まった陀津羅を、真砂が横目に見やる。

「……夕立は、ここには居ないんですよ。地獄でお仕事中です」
「なんだぁ……ハロウィンのありがとうしたかったのになぁ」
「今日のハロウィンは、こちらの真砂さんがしてくれたんですよ。お礼ならこの方になさい」
「そうなの? まさごさま、ありがとう!」

 真砂は無邪気な笑顔を向ける子鬼を抱き上げた。

「どういたしましてー。ちゃんとお礼が言えてえらいなぁ」
「うん! ゆーだちさまがね、うれしいことしてもらったら、ちゃんとありがとうしなきゃダメだぞって、いつもいってたの!」
「そっか、そっか。夕立の言う通りだ。そんじゃ、陀津羅にも有難うしておいで」

 そう言って真砂は子鬼を陀津羅へ寄越す。

「だつらさま、ありがとう!」
「──はい、どういたしまして」

 まるであの日の再現でも見ているような既視感に、陀津羅は泣きそうな顔で笑った。

「だつらさまー、ぼくもだっこ!」
「わたしもー!」
「はいはい、順番ですよ」

 ふと、真砂は衣領樹えりょうじゅの下で煙管をくゆらせ、行列を眺める閻魔を見つけた。子鬼に懐かれている陀津羅を残し、真砂は列を離れて土手を下りる。

「こんな所で何してるんですか、閻魔様。一匹狼ごっこ?」
「くくっ……今度はわしがそれを言われる番か」
「ははぁ、さては夕立に言ったんですね。貴方たちって、変なとこ似てるから」
「それはぬしのほうじゃろう。まったく同じことを言うたりしたり、そら恐ろしいわ」
「そうですかねぇ。全然似てないと思いますけど」

 真砂は懐から煙管を取り出し、閻魔の隣にもたれて火をつけた。しばし並んで紫煙を吐いていると、真砂が漏らすように呟いた。

「今日、久し振りに夕立の夢を見ました」
「……ほう。どのような」
「それがね、いつもの仏頂面で言うんですよ、ちゃんと仕事しろーとか、みんなに迷惑かけんなーとか。せっかくだからヤらしてって言ったら裏拳かまされるし。あいつ、夢の中でも全然変わんなくて。目覚めたとき、思わず笑っちゃいましたよ」

 はは、と声を立て、真砂は視線を落とす。

「……それがみょうに生々しくて、まるで本当にあいつに会ったような気がしてね。陀津羅じゃあるまいし、そんな感傷的なタイプじゃないんだけどなぁ、俺」

 珍しく寂寥せきりょうの滲む声音に、閻魔は黙って煙管を咥えた。同じ日に同じ者の夢を見たということは、やはり何らかのえにしが結ばれていたのだろうか。
 今も地の底で燃え続ける夕立は、確かに死んだわけではないし、理屈上は意識もあるはずだ。もしも夕立が意志を持って接触を試みたのだとすれば、どんなに嬉しいことだろう。
 閻魔はひとつ紫煙を吐き、真砂を見やった。

「わしもうたぞ。夢というより、思念が流れ込んできたようなものじゃったが」
「まじですか!? 夢よりすごいじゃないですか、それ」
「ぬしが見たものも、あながちただの夢とは言えんぞ。以前にも似たようなことがあってな。帝釈天が夕立の夢を介して接触をはかったのじゃ。それも今日と同じ、死者の日じゃった」
「へえー。なんのゆかりも無い異国の風習でも、強い意思があったりすると影響されるものなんですかねぇ」
「さてなぁ。わしにも分からんが、そうであればよいな」

 ふ、と笑った閻魔がいつもより穏やかで、真砂は安堵に似た心持ちになった。

「んじゃ、こんなとこで湿気しっけてないで、閻魔様も行きますよ! 今日は無礼講でしょ?」
「まったく……昼休みが終わったら審理再開じゃ。ほどほどにせよ」

 そうして閻魔も一行に加わり、ますます賑わいを見せる冥府式ハロウィンは、今回も皆に束の間の安息を与えたのだった。
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