44 / 56
第七幕
第42話 【愛待機】※
しおりを挟む「……ふ、ぁ、あっ! っ……あぁ、くそっ……信じらんね……お前、なんでこんな……っ、ぅあッ!」
本格的に行為を始めた夕立は、真砂の巧みな手練に翻弄されていた。
「ははっ、暴言吐くくらい快いのかー? 嬉しいねぇ。恥ずかしがらずに、もっとヨがってくれて良いんだぜ」
「……っるせ……誰がッ、ア゙、ゃ……もォ、それや、めッ……ィっ、あッ! く、う……ッ」
「なぁ、今までで誰が一番上手かった?」
「はァ!? んなの、っ、腰振りながら聞くんじゃねぇよ……下衆野郎……ッ!」
とんでもなく下世話な質問に、夕立はきつく眉を寄せて真砂を睨んだ。
「そう怒るなよ、どーしても聞いてみたくてさ。五方神とヤってんの見たけど、あれに負けるとは思えないんだよなー。だってあいつら、自分の欲求満たすことしか考えてないんだもん」
「ったりめーだろ……っ。あいつらには……ッ、メシと同じ感覚なんだよ……っ」
「ふうん、そういうもんかね。ま、神とはいえ本質は獣だしなぁ。じゃ、閻魔様は?」
「……っ」
夕立はその名を聞くと押し黙り、敷布を握りしめた。その様子に真砂は意地悪く片眉を上げ、せっつくように揺さぶる。
「なあ、どうなんだよ。今更、隠すことないだろ。ぜんぶ知ってるんだぜ。お前ら、毎晩毎晩、精根尽き果てるまでヤりまくってたんだよな? 教えてくれよ、冥府の王の技巧が、どれほどのモンなのか」
「ん゙ん゙ッ──! ぐ、ぅッ……毎晩、は……やっ、てな……ア゙ァっ!」
「そんなことはどーでもいいんだよ。気持ちよかったか? 満足してたか? 俺より巧いか?」
「……っふ、ぅ……やめろッ……! 言いたく、ない……ッ」
いやいやをするように首を振る夕立に、真砂は小さく息をついた。
「やれやれ、まったく……分かっちゃいたけど、やっぱり堪えるねー。念願の初セックス中に失恋なんて。つっても、聞いた俺の自業自得なんだけどさ」
「……は? なに……?」
わけが分からないという顔の夕立に、真砂は苦笑を向ける。
「認めたくないだろうけど、お前は閻魔様のことが好きなのさ。相思相愛なんだよ。多分お前らは、運命の相手ってやつなんだろうな」
「相思、相愛……? そんなわけ……だって俺には、愛なんて……」
「分からんのも無理ないさ。それこそ、あの人が気づかせないように苦心してたんだから」
真砂の指摘に、夕立は自分でも驚くほど動揺していた。この千年間、誰かを愛しているなどと、一度も考えたことはなかった。そもそも、まともな五欲を持っていない自分には、愛がなにかも分からないと思っていたのだ。
夕立はゆるく首を横に振りながら、処理しきれない感情のままに言葉を紡ぐ。
「なんで……有り得ねぇ……。大体、そんな面倒なことする理由がねぇだろ……。それとも、俺が分かんねぇだけなのか……?」
「俺にだって、あの方のお考えすべては分からんよ。ま、お前を混乱させたくなかったのと、陀津羅が関係してることは確かだと思うぜ。あいつの壊れ方、かなり酷いからなぁ」
「混乱……? 陀津羅が壊れてるってなんだよ! どういう──ぁ゙ぐッ!」
真砂は食ってかかる夕立の頭を敷布へ押し付けた。
「はいはい、質問攻めはそこまで。言い出しといてなんだが、話の続きはこれが終わってからだ。今は俺に集中しろ」
「ぐっ、ぅ゙ゔ……。勝手、すぎるだろ……てめぇッ」
「ははっ、そうだな。後でゆっくり話してやるから勘弁してくれ。……そんな時間があれば、だけどな……」
「ん゙ァアっ! やっ、ぁ、ア゙ァ゙──!」
真砂の最後の言葉は、押し寄せる快楽に呑まれた夕立には、届いていないようだった。
閉めた扉の向こうから漏れ聞こえてくる嬌声。数分前から高く、大きくなったそれは、夕立が目を覚まして真砂を受け入れたことを示していた。
初めて夕立のそんな声を聞いたのは、彼に自我が芽生えて少し経った頃だった。
千年前、皆が寝静まった夜更け。ふと、夕立がちゃんと眠っているか気になった陀津羅は、閻魔の部屋を訪れていた。この頃はまだ、閻魔が自室で保護していたのだ。
重厚な部屋の扉を開いて応接間へ入ると、寝室から何か聞こえた気がして耳をそばだてる。
『──アァ! ヒィ、いぁッ──』
それは紛れもなく夕立の声で、ただならぬ様子に寝室へ飛び込んだ。すると、中では薄い天蓋の降りた寝具の上で、閻魔と夕立が絡み合っていた。驚愕して立ち尽くす陀津羅へ、閻魔が顔を向けて問う。
『……陀津羅か、どうした?』
『あ……あの……申し訳ございません……。悲鳴かと、勘違いを……』
『んあァ! あっ、ひア──!』
事態を飲み込んで視線を落とす陀津羅の耳に、夕立の嬌声が大きく響く。
『くくっ……これでは、そう思い違うのも無理はない。大事ないゆえ、下がってよいぞ』
『……はい。大変、失礼致しました……』
まるで別人のように惚け、快楽に呑まれた夕立の姿が、自室へ戻っても脳裏から離れなかった。その日、陀津羅は初めて自慰をした。何度も何度も、夕立の表情や声を思い浮かべながら、繰り返し己の手を白く汚した。
未だ続く真砂と夕立の声を聞きながら、あの日の強烈な衝撃と快感を思い出す。
今でも結局、自分は傍観者のままだ。先ほど、真砂に詰められた一言一句、余すところなくぴたりと当てはまる。確かにすべてを諦め、何もしなかった。
しかし、ひとつだけ真砂の知らないことがある。陀津羅が何もかも諦めたのは、はっきりと夕立に拒絶されたからだ。
閻魔と夕立の密事を知ってからすぐ、陀津羅はその事情を説明された。
夕立の淫欲は自制が効かず、定期的に発散させねば暴走の恐れがあること。並の鬼では交合う前に妖気に当てられ、死に至ること。そして万が一、閻魔の不在時に夕立の淫欲が溢れた場合、陀津羅がそれを発散させること。「その身のすべてでもって夕立を守れ」と閻魔に命じられた。
命に従い、閻魔の公務中は陀津羅が付きっきりで夕立の面倒を見ていた。そんなある日、読み書きの勉強をしていた夕立が突然、筆を取り落として苦しみだした。椅子から崩れ落ちた拍子に散らばった半紙が、うずくまる夕立にはらはらと落ちる。
『っ……う、ぅ……ふッ……』
『夕立様! 大丈夫ですか!?』
慌てて駆けつけた陀津羅が夕立を抱き起こすと、頬を上気させて額に汗を浮かべていた。発熱と見まごう有様だが、事情を知るものならばこれが淫欲の昂りと分かる。
発散させる術なら心得ている。今こそ彼を守らねば、と意気込んで夕立の頬へ手を添えた時、弱々しく体を押し返された。
『──夕立、様?』
『……っ……いい……。何も、しなくていい……』
『し、しかし……貴方は今、欲が高まっておられるでしょう。このまま放置するわけには……』
『やめろ……っ!』
先ほどより強く、夕立は両手で陀津羅の体を押した。反動で陀津羅が後ろ手に床へ手をつくと、散らばった半紙を巻き込みながら夕立が身を引く。がさがさと半紙の擦れる音が、やけに耳障りだった。
『なぜ拒むのですか……? 私はただ、貴方をお守りしたいだけなのですよ……』
『ふーっ……ふーッ……っ、だいじょ、ぶだ……まだ、おさえられる……ッ。閻魔がくるまで……耐えられる、から……』
震える体を抱きしめるようにして背を丸め、荒い息の合間にそんなことを言われた。陀津羅は理解した。これは反射的なものではなく、確固たる意志を持った拒否なのだと。お前では駄目だ、閻魔でなくては、と夕立の赤眼が告げているように見えた。
夕立がそんな行動を取った理由は、友人になりたかったからなのだが、陀津羅にとっては完全な拒絶であった。
その時から、夕立にまつわる感情のことごとくを無視し、押し殺し、閉じ込めることを選んだ。いつか限界が来た時は、この手で彼ごと終わらせてしまおうという狂気を、愛と共に心の底にしまい込む。
そうして陀津羅は、誰かに抱かれる彼を傍観し、ただ微笑むだけの鬼となったのだ。
30
お気に入りに追加
143
あなたにおすすめの小説
虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
腐男子ですが、お気に入りのBL小説に転移してしまいました
くるむ
BL
芹沢真紀(せりざわまさき)は、大の読書好き(ただし読むのはBLのみ)。
特にお気に入りなのは、『男なのに彼氏が出来ました』だ。
毎日毎日それを舐めるように読み、そして必ず寝る前には自分もその小説の中に入り込み妄想を繰り広げるのが日課だった。
そんなある日、朝目覚めたら世界は一変していて……。
無自覚な腐男子が、小説内一番のイケてる男子に溺愛されるお話し♡
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる