冥府の徒花

四葩

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第四幕

第19話【飴ふらし】

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 閻魔殿、裁きの間。今日も相変わらず多くの亡者が訪れ、審理を受けては六道の行き先を下されている。

「くあーぁ……ふぅ。今日も今日とて忙しいのう……」
「そりゃ、今この瞬間にも人や動物は死んでるし、産まれてるからな。しかたねぇだろ」
「閻魔王もお疲れのようですし、少し休廷しましょうか」
「そうじゃな。ちと仮眠させてくれ、眠うてたまらん」
「分かりました。よい頃合いで起こしに伺います」
「うむ、頼んだ。ぬしらもこんを詰めすぎんようにの」
「お気遣い、痛み入ります」

 そうして閻魔は欠伸をしながら席を立った。夕立が唸りながら伸びをしていると、ひょこっと真砂まさごが顔を出した。

「よ、お疲れさん。やっと休憩か?」
「なんだ、じじいかよ」
「お前さー、あからさまに厭な顔する? いくら俺でも傷つくんだぜ。あと、じじいって呼ぶな」
「うるせぇ。たいした用もないくせにノコノコ現れやがって。実は暇人だろ、てめぇ」
「忙しい日々に殺されないよう、美人を見て英気を養ってんの。立派な用事だろ?」
「そりゃ用事じゃねぇ、サボりの言い訳だ」

 まったくもっていつも通りな二人のやり取りを見て、陀津羅が笑う。

「毎週ご苦労さまですね、真砂さん。仲がよろしくて結構なことです」
「やめろ。どう見たらそんな台詞が出てくんだよ」
「あー、喧嘩するほど的な? ケンカップル的な? 良いな、それ」
「もうまじ黙れよ、お前」

 じとりと睨まれるが、真砂はものともせずに夕立の机へ腰掛けた。

「ま、とりあえずお前が元気そうで良かったわ」
「なんだそれ。つか座んな、退け」
「最近、修理依頼がめっきり減ったんで、どうしたのかと思ってな。この俺サマ直々に様子見に来てやったんだ。感謝しろよ、黒闇天」
「頼んでねぇだろ、くそじじい。斬新な嫌がらせ思いついてんじゃねぇぞ」
「いい加減、そのひねくれた性格どうにかなんないの? 流石にこれを嫌がらせと思われるのは悲しいぜ」
「ふふ、お二人とも素直じゃないですねぇ。真砂さんも、意地をはらずに心配だったと言えば良いのに」
「や、やだなぁ、陀津羅ぁー! 心配なんかしてないって! やめてよ、恥ずかしいから」
「きも」

 至って平和で日常的な三人の会話である。と、真砂は夕立が口の中へ放り込んでいる物に目をとめた。

「夕立よぉ、さっきからなに食ってんの?」
「飴」
「まじ? お前に飴とか似合わねー、ウケる。何味? 俺にもちょうだい」
「ったく、いちいちうるせぇな。勝手に取ってんじゃねぇよ」

 真砂は興味津々で卓上から飴の袋を取り上げた。

「〝豊潤な味わい、濃厚ミルクがたっぷり広がる。あなたのおくちに、昇天のひととき──〟……」

 パッケージの謳い文句を読み上げると、真砂は飴と夕立を交互に見やる。夕立は胡乱な顔で首をかたむけた。

「なんだよ」
「えっちだな」
「なに言ってんだ、お前」
「お前これ、ちゃんと見て買った? てか、自分で選んだの?」
「いや、売店の兄ちゃんに勧められた。けっこう美味いぞ、濃くて」
「濃いとか言わないで。よくこんな名前で商品化できたな……。だいぶギリギリっつーかアウトじゃね?」
「アウトってなんだよ、普通だろ」
「だってお前、よく見ろよこの商品名。『白濁甘露、鬼のミルク』って……どう見てもいやらしいだろ! えっちすぎるだろ! こんなもん目の前で転がされたら興奮しちゃうでしょうが!」
「突然でかい声出すなよ。お前の情緒不安定、いよいよ心配になってきたわ」

 飴の袋を握りしめて鼻息を荒くする真砂は、夕立にずいと顔を寄せて更にまくし立てた。

「これは誘ってると取られても文句言えねぇんだぞ、夕立! 大体、こんなもん勧めてくるとか、遠回しなセクハラ受けてるって気づけよ!」
「はは。まぁ、見る人が見れば、そう取れなくもないかもしれませんねぇ」
「陀津羅まで……まったく意味わかんねぇ。セクハラってなんだよ、ただの飴だぞ」
「だからこその卑猥さがあるの! わっかんねーかなぁ。例えるなら、ちらっと着物の裾から見える足首からふくらはぎ的な? 絶対領域的な?」
「もういい、やめろ。お前が残念なのはよく分かってる」
「発想が思春期ですねぇ、真砂さんらしい」
「これで三日はヌける……! お前の身の安全のためにもこれは頂いてくぞ。んじゃ、俺は大事な用ができたから行くわ。またなー!」

 呆れ返る二人をよそに、真砂は飴の袋を持ったまま立ち上がり、嵐のごとく走り去っていった。

「あ、おい……って、もう居ねぇし……。なんだったんだ、あいつ」
「ふふ……ポジティブにこじらせるとああなるんですねぇ。他にも目の色変えてる方が複数人いらっしゃいますし。たかが飴、されど飴……侮れません」
「お前もなに言ってっか分かんねぇぞ、陀津羅」

 貴重な休憩を邪魔された挙句、おやつの飴を奪い取られた夕立と、黒い笑みを浮かべる陀津羅。それを遠巻きに見ていた丑生うしお月出ひたちは、揃って苦笑を漏らしていた。

「……なんか、夕立様って無駄に気苦労が耐えないよね……。いや、本人が気付いてないから苦労とは言わないのかな……」
「んー、あれもカリスマ性のひとつなのかなぁ。変人ホイホイだよねー」
「はぁ……。後で代わりの飴でも差し上げよう」

 それからしばらく、夕立の菓子からミルク味の物が殲滅されたという。
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